今週の一本
(2005 / イギリス / ジョー・ライト)
抑制の官能美学!

鮫島 サメ子

 思わず、鑑賞中「うっひゃー」と叫んだわたくし。いやもちろん、心の中で、ですけどね。見事に女性客のツボを心得たツクリが素晴らしい。ジェーン・オースティンの原作を持ち出すまでもなく、絵に描いたようなハーレクイン(ただし地味。そして上品)は陳腐といえばすげえ陳腐なのだが、すべての按配が絶妙なのだ。

 舞台は18世紀末のイギリス。田舎町に住むソコソコの地主・ベネット家には五人の姉妹がいる。親は彼女たちの身の振り方に頭が痛い。そこへ朗報が。近所の豪邸の借り主が決まったという。金持ちの独身男性・ビングリー氏である。おまけに大金持ちのお友達・ダーシー卿まで連れてきた。ただ、このダーシーは何とも無愛想でプライドが高く……。

 お約束のキャスティング、お約束の展開が実に気持ちよい。美人だが内気で平凡な姉娘の相手は、明るくて善良なビングリー。聡明で自分の意見をハッキリ述べ、どんな時も「他人のせいにしない」潔さを持つ次女、エリザベス(キーラ・ナイトレイ)には、高慢というより不器用で言葉足らずなダーシー。また、ビングリーの妹キャロラインの小姑根性に、娘たちの従兄弟コリンズ牧師の小心で計算高く、妙に律儀な俗物根性など、脇役もなかなか。アーパーな妹娘リディアと札付きのジゴロ、ウィッカムは、ベストカップルと言うべきだろう。

 最初は、貴族とは思えない無骨さが何だか牛みたいで、ダーシーというよりヒースクリフとかメラーズじゃねえかと思ったマシュー・マクファディンだが、だんだん味が出てきて、「いい男」感が増してくる(このあたりの感覚もエリザベスと同目線か?)。クライマックス、早朝のプロポーズシーンでは胸元を微妙にはだけた野性味もなかなかよろしく、ハンサムじゃない分、静かな迫力に充ちた雄の魅力全開である。

 このように、同時進行する二組のカップル(当然、対照的なキャラ設定)と敵役、道化役、進行をひっかきまわす役と、それぞれの分担がきっちり決まったお気楽な恋愛ドラマは、ほんの少し匙加減を誤ると、底の浅さ、デフォルメされた人物造形のあざとさばかりが鼻につく、退屈な作品になりかねない。本作が良質のエンターテインメントに踏みとどまったのは、共感性の高いキャラクターもさることながら、時にスレスレのはしゃぎっぷり(ベネット夫人やアーパーな妹たち)が散見するとはいえ、「寸どめ」を心得たスタッフの趣味の良さと二人の名優に拠るところが大きいのではないか。

 まず、女たちに押されて少々分が悪いものの、実はたいしたタヌキであるベネット家の大黒柱、ドナルド・サザーランド。愚かだが可愛い古女房を掌で転がし、娘たちの資質をちゃんと見抜いてそれぞれに心を砕き、現実主義者ではあるが人生の優先順位を間違えるようなことはなく、何より並優れて聡明な次女に深い愛情を注ぐ父親の姿を味わい深く演じている。「下品な」家族の一人としてこの父ちゃんをあげつらったのは、ダーシーの浅慮であろう。
 二人目は、ジュディ・デンチ御大。いっそ小気味良いほどのクソババア、キャサリン夫人を存在感たっぷりに演じている。たしか「赤毛のアン」シリーズにも、並外れた個性で娘の人生を呑み込んでしまうクソババアがいたっけなと余計なことまで思い出したのは、この妖怪じみた老貴婦人にも薄幸そうな娘が控えていたからだ(こんな母親を持つほど不幸なことはないだろう)。世の中で、クソババアほど恐ろしいものはない。クソジジイというものもあるのだが、イケズさ加減と迫力においては、前者に遠く及ばないのである。

 この他にも、英国の美しい田園風景とか、どう見ても寝巻きにしか思えないエンパイアドレスとか、香水と体臭で気分が悪くなること間違いなしの人口密度にたまげた垢抜けない舞踏会とか、見どころは尽きない。
特に、エリザベスの幼馴染で不器量なシャーロットがコリンズ牧師と結婚するくだりなど、結構胸を突かれる。自身の状況を的確に把握している「もう27歳」の彼女は、手が届く範囲での最大限の幸福を求め、あの妙ちくりんな男で手を打つのだ。愛情ではなく計算ずくだが、自分の意思で未来を切り開き、居場所を勝ち取ったシャーロットはゆとりの笑みに充ちた新婚生活を送っている。これからもきっと幸せであるに違いない。

 さて。もっともらしいことをつらつら述べてきたが、そしてそれは満更ウソでもないのだが、本作一番の美質は全篇に通底する、とんでもないいやらしさではないだろうか。ずばり、すげえエロいのである。冒頭で「うひゃあ」と叫んだのも、もちろんそれ。そしてその功績は(イギリスらしいと言えばそれまでなのだが)、何だかんだ言っても最後まで綺麗事に終始しているからだ。

 時代とはいえ、恋愛ドラマでありながら、本編には歯が浮くような愛の言葉も、キスシーンも存在しない。プロポーズを容れた時でさえ、額と額をコツンと合わせただけだ。さすがに手は握ってましたけどね。苦しそうだったなあ、おい。何たって、「あなたが欲しい」の代わりに「手を乞う」だもんな。上流階級はツラいぜ。しかも、脳天気なビングリーならともかく、精力絶倫と顔に書いてあるような非常に男くさいダーシーが、滅茶苦茶好きになった女性を前にして、手も足も出していないのだ。彼の仏頂面はそのせいか。と邪推したくなるくらいの過酷な禁欲性。おまけに、ぬぼっとでかくてゴツいマシュー・マクファディンに対して、思いきり華奢でチャーミングなキーラ・ナイトレイ。この絵面からして、すでに立派なSMではないか。こっちの気も知らないで、気の強い子猫みたいな魅力を振りまく目の前のニンジンに触れることもできない男の心中やいかに。

 頼みもしないのにもれなくベッドシーンが付いてくる昨今の恋愛ドラマなど足元にも及ばない、抑制の官能美学。「嘘つき」は泥棒ではなく、オトナの始まりである。オトナの綺麗事ほどエロいものはないということが気持ちよく実感できる一本。アカデミー賞は到底無理だと思うけど、個人的には大いに褒めてあげたい上質のハーレクインでした。

(2006.2.5)

2006/02/06/18:13 | トラックバック (3)
鮫島サメ子 ,今週の一本
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