2002年のカンヌ映画祭でパルムドールを受賞した前作「戦場のピアニスト」以来、 三年ぶりとなるロマン・ポランスキー監督の新作だ。前作で自身の過去と向き合ったポランスキーが、ディケンズの「オリバー・ツイスト」 を次作の題材に選んだと聞いた人の中には不審を抱く向きも少なくないだろう。しかし、よくよく考えてみるとポランスキーという人は、 「異邦人」や「孤独」といったモティーフをこよなく愛してきた監督であった。その意味では、天涯孤独な少年オリバーを主人公にした本作 「オリバー・ツイスト」も、ポランスキー的なモティーフが溢れた作品となっていると言ってよいだろう。
本作は産業革命による貧富の格差が目立ち始めた頃のイギリスを舞台に、 孤児であるオリバーの姿を描いた作品――と思われがちだが、これは本作に対する大きな誤解の一つである。 本作におけるオリバーの位置付けはあくまでも狂言回しに近いものであって、彼を取り巻く社会の姿を映し出す、ある種の装置でしかない。 つまり、オリバーの目を通して、彼が育てられた救貧院の劣悪な環境や奉公先でのイジメなど、 当時のイギリス社会が抱え込んでいた様々な矛盾を暴きだしていくのである。
オリバーが不条理な酷い仕打ちを受ければ受けるほど、それらと対比的に彼の純真さが強調されるわけだが、 この原作の特徴を忠実に踏襲した構図の効果は、奉公先から逃げ出して辿り着いたロンドンにおいて遺憾なく発揮される。それまで「社会悪」 「社会矛盾」を告発するのと同様に、当時のロンドン社会の底辺で必死に生き延びようとする人々の姿をも抜かりなく切り取っていくのである。 本作には犯罪者や売春婦など様々な「悪人」が登場するが、突き詰めれば彼らは皆、 過酷な社会を彼らなりの仕方で生き抜いてきたサバイバーに他ならない。そんな彼らを、 ポランスキーが非常な愛着をもって描き出しているのが実に印象深い。
だが、どこにいっても他者から施しを与えてもらえるのを待ち続けているだけのオリバーは、 狂言回しとしては最高でも、こと主人公という点では余りにも印象が薄いと言わざるをえない。 特に状況に対してひたすら受動的であるという点では、前作の「ピアニスト」の人物像と重なる部分が大きいが、前作のように当時の状況を 「見せること」に積極的な意味を見出しがたい本作では、彼の存在意義はますます霞んでしまう。また、前作の「ピアニスト」 における音楽のような人物造形の核をなすものが、オリバーに見出しにくいことも作品をより微妙なものにしている一因だろう。
そもそもオリバーは何を求めてロンドンに出てきたのだろうか?単に漠然とした幸福だろうか?
孤児である生い立ちから家族を求めていたのだろうか?そうした彼の行動原理が全くと言っていいほど見えてこないのは、
やはり物語としては致命的と言わねばなるまい。
悲惨な境遇にも挫けないオリバーを描いた本作は、恐らくは「希望」を描いた物語なのかもしれない。だが、「希望」
とは本来自ら主体的に求めるものであって、誰かから与えられるのをじっと待つようなものではないように思うのだ。
ディケンズは偽善的な社会を風刺したが、
清く正しい心根さえ持っていればタナボタ的にいつか報われる(極めてディケンズ的ではあるが)と取れかねないこの物語自体が、
十分偽善的であるように見えるのは筆者だけだろうか。
19世紀ロンドンの街並みをリアルに再現したオープンセットを筆頭にした映像美やベン・
キングスレーの熱演しか観るべきところがないのでは、作品として余りにも勿体ない。
(2006.1.30)
主なキャスト / スタッフ
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