プルートで朝食を

（2005 / アイルランド・イギリス / ニール・ジョーダン）

愛の革命天使が街を行く！

　言っちゃあ何だが、温厚かつ事なかれ主義のわたくしには、あまりヒトの好き嫌いがない。しかし、幼稚で無神経な人種だけは苦手である。どういう輩かと言うと、自らの正義を毛ほども疑わない人々、自分の正義以外を認めない人々、自身の常識や倫理を無邪気な善意で押し売りする人々である（何だか、まんま某国の悪口みたいだなあ）。

　「かくあるべき」暗黙のルールを拒否して生きることは、まことにツラい。しかし、アイルランドの片田舎に生み捨てられた、男性の身体に女性の心を持つ主人公・キトゥン（キリアン・マーフィ）は、自身に対する周囲の目も激化する一方のＩＲＡの活動も知ったこっちゃなく、文字通り「自分らしく生きる」ことを貫き通す。何も隠さず、何も恥じることなく、誇り高く勇敢に、しかも彼（彼女と言うべきか）が忌み嫌う「暴力」や「真剣」（この２点が男性社会の愚かさの象徴ざんす）とは無縁の、愛とユーモアとエレガントな饒舌さを武器に。

　やっと得た恋人とも破局し、まだ見ぬ母を探してロンドンにやってきたキトゥンを待ち構えていたのは、それまで以上にロクでもない試練の数々である。そのトホホさ加減たるや、とんでもなく深刻な話になってもおかしくないところだが、ニール・ジョーダンは脱力系の笑いをちりばめながら、この現代のお伽噺が綴られた絵本のページを次々と軽やかにめくっていく。「母恋いモノ」の形をなぞりつつ自らのアイデンティティを求めて大都会を彷徨う主人公は、どれほど苛酷な現実に直面しても、決して八つ当たりもしなければ、人生を放棄したりもしない。真の革命家であるキトゥンのプライド。この潔さ。この強さ。この美しさ。「他人とは違う自分」を曲げずに生きていくことがどれほど大変で、どれほどの覚悟を必要とするものなのか、「らしく生きてえんだよ」と口だけはご立派ですぐ逆上してキレまくる方々にこそ、よおおく見てほしい。

　不器用で非生産的な男たちは怒鳴り合い、殺し合い、革命ごっこに陶酔して自滅していく。しかし、キトゥンの親友・チャーリーや、やっと見つけた「瞼の母」は、そんな男たちを尻目に次代の命を育んでいく。彼女たちが愛と勇気と純情とで勝ち取っていく小さな革命こそが、世の中を穏やかに楽しく変革していくのではないか。原作とは異なるテイストのハッピーエンドは、いかなる意味でも決して「逃げなかった」キトゥンの健気さ、優しさ、その無垢な魂へのご褒美と思いたい。テロリストのヤル気を削ぎ、誤認逮捕したうえ容赦ない取調べを行った警察官の心をも結局は捉えたこのファンタジーのヒロインはまさしく「愛の革命家」であり、それは天使そのものの姿である。「性的両義性」ってのも、ほら、天使の属性だし。21世紀の天使は、最早ティファニーの前でパンなんか齧っていられないのだ。

　多少文句を言わせてもらえば、ブライアン・フェリー（すげえ怪演）を始めやたらとオヤジ共が跋扈しており、美形がゼンゼン登場しないもんで画面が重いけど、しょうがないよな、アイルランド／イギリス映画だし。ニール・ジョーダンだし。のっけから往年のヒットポップスが効果的にジャンジャカ使われており、そりゃもう懐かしくも愉しかったざんす。そしてそして、レディース・デイなので半額だったうえ、入場プレゼントで紅茶を貰い、上映直前にはタイ・アップしているという永昌源から茘枝酒を貰うわで、これでもうモトは取れたようなもの。仕事をサボッて見にいってよかった！何ていい映画館なんだー、シネ・スイッチ。

(2006.6.24)

2006/06/26/10:31 | トラックバック (13)
鮫島サメ子 ,今週の一本