連載第0回 前説
映画について文章を書く機会がだんだん継続的になってきた2年前の初夏。都内の地下鉄に揺られている時だったか、乗換のホームに立ってなま温かい通気風に吹かれている時だったかは忘れたのですが、とにかく突然に、やり始めたからにはしっかりやらないといけないんだ、だからいずれオレはイデ隊員のことを書こう、と思い立ったのです。
イデ隊員についてしっかりと書く。……え? 我ながら、藪から棒でした。
多くの人はなんとなくでもご存じでしょう、イデ隊員は、1966年7月から放送された空想特撮シリーズ第2弾『ウルトラマン』、いわゆる「初代ウルトラマン」の登場人物です。ウルトラマンをサポートしながら怪獣対策にあたる科学特捜隊の一員。ヒーローはあくまでウルトラマンに変身するハヤタ隊員のほうで、イデ隊員は三枚目の、コミックリリーフ専門といっていい役柄です。明らかに引き立て役の部類。
でも、僕はなぜか昔から好きなのです。以前に友人知人が集まった席で「映画のなかで一番自分と似ているキャラクター」を答え合うちょっと面白い心理ゲームになり、僕は「C-3PO!」と即答したものですが(見た目はどちらかといえばR2-D2)。あの銀河大戦のさなか、「ルークさまァ~」と常にウロウロオロオロしていたおしゃべりドロイドへの妙に懐かしい仲間意識をよくよく覗いてみると、子どもの頃に見ていたイデ隊員への親近感に行きあたるのでした。
全国にあまたいらっしゃる「ウルトラ」ファン、特撮ファンにとっては、イデ隊員が魅力的なのは自明のことでしょう。全シリーズのなかでも屈指の名篇と言われる「故郷は地球」(第23話)のように、実質イデ隊員が主役で内容の濃い話があります。「ウルトラマンさえいれば(怪獣と戦う)我々は必要ない気がするんだ」と、怪獣番組の設定そのものをメタフィジカルに批評してみせる伝説的名セリフの持ち主でもあります。イデ隊員=通好みのキャラクターという認識は、サブカルチャー方面においては既に確立されているはずです。
で、僕はそのイデ隊員の存在を今回の連載で改めて、正面から検証及び顕彰してみたいと思うのです。
実はイデ隊員こそ「ウルトラ」シリーズを40年以上に渡って愛される、20世紀日本が生んだ最大のポップ・アイコン(のひとつ)にすることに貢献したキーパーソンではないか。そしてイデ隊員こそ、我々が目指し、お手本にすべき〈男のなかの男〉なのではないか、と。
イデ隊員は、怪獣退治の新兵器を独力で発明してみせる科学特捜隊随一の優秀な科学者なのに、それを全く自慢しない男です。なおかつ組織のありかた、さらにはウルトラマンの存在にまで疑問を踏み込ませる知性と感受性の持ち主です。また、それにも関わらず、ふだんはボンヤリ、ノンキな言動でストーリーの潤滑油役に徹する男でもあります。主人公が清廉でフラットであることがヒーロー物語のルールだった時代、ミスや失敗、つまり視聴者に笑われるパートはほとんど1人で引き受け、時にはデクノボウに見えないこともないハヤタ隊員をしっかり立ててみせる、チームプレーを実によく呑み込んでいる男です。
これほど幅の広い、便利なキャラクターは、古今東西の物語を見まわしてもそうはいません。それでもイデ隊員はあくまで三枚目で通っていますし(ここではキャラクターを人格として扱って言いますが)、本人もそれで納得しています。いや正確には、人からは軽く見られ、とても主人公はつとまらないと見做されているぐらいのほうが活き活きと動き回れていいのだ、と内心は冷徹に判断している節すら見受けられる。イデ隊員をよく研究することは、男の生きざまなるものについて考えることになり、ひいては現実社会において役立つ人材論、ドラマツルギーにおける脇役論にもなっていくのではないか、と僕は考えます。
と、大きく出てはみたものの、どんなゴールが待っているかは、実は全く見えていません。なにしろ僕は、これから「ウルトラマン」全エピソードを生まれて初めて通して見てみようとしているのです。再放送やビデオで(再編集の劇場版も含めて)、もう100回近くは見てるンじゃないかと思われる回もあれば、まだ1度も見たことが無い(かもしれない)回もあります。いずれは全部きちんと順番に見たい、という少年時代からの夢をですね、イデ隊員チェックを軸にしつつ実現させよう! これが正味なところです。
こんなリトルな、いつでも達成可能なマイ・ドリームをなんで40過ぎるまで放置していたかは、1968年生まれの僕の育った環境と関係があります。
実家の家業は、小売の玩具店です。現在(2010年)も北海道の道南地方で「ワカキ玩具店」という店が、細々ながらシャッターを開けております。要するに僕、おもちゃ屋の息子なんです。
生まれて初めて世の無常を感じたのは、怪獣ソフビのメーカー・ブルマァクが倒産したと父から聞かされた時でしたし(現在は新生ブルマァクがあり)、業界紙「日本玩具新聞」には小学生の頃から目を通していました。改築する前の店と家は手狭でしたから、“超合金「マジンガーZ」”も“裸足の初代ミクロマン”も発売日前に問屋から仕入れるたび兄と僕の部屋に積まれました。マニアの価値観からすれば、ちょっと申し訳ないぐらいサラブレッドな環境でした。
しかしですね、そんな家庭で育つと、かえって怪獣番組を無邪気に楽しめないものなのですよ。
「扱う品に惚れるな」が商訓として有効だった、現在のセレクトショップとは考え方が真逆の時代です。両親は、アレはおもちゃを売るためのPR映像だと極めてドライに捉えて働いていますから、怪獣番組に夢中になる実子に対してはよその親御さんよりもキビシイ。テレビに齧りついていると「またそんなものを見て、幼稚くさい!」と実に容赦ない言葉を浴びせてきます。小学生にもなってまだ空想の世界に浸って、大丈夫だろうか……? ついそんな心配をしてしまう親心もあったろうこと、今ではよく理解できるのですが。
こちらはこちらで、急速に芽生えていた“裏側”への興味-怪獣の中にはホントは人が入っている! という総毛立つような秘密を知ってしまった-を説明できるボキャブラリーがありません。平日の夕方、夏休みの午前中と、のべつやっていた「ウルトラ」シリーズの再放送は、年を重ねるごとに見ることが後ろめたくなりました。両親が店に出ている間にそっと覗き、居間に戻って来る気配がしたら慌ててチャンネルを変えるのが普通でした。
小学校高学年の頃にはすでに、『ウルトラマン』の前に『WOO』という企画があったとか、『帰ってきたウルトラマン』の坂田アキが途中で死んでしまうのは榊原るみが別のドラマとの掛け持ちで忙しくなったからだとか、必要以上の情報をやたらと詰め込んでしまっていたので、余計に悲惨です。現物(番組)をまともに見られないもどかしい思い、焦げ付くようでした。『ウルトラマン』の1話分をアタマからオワリまで心おきなく、ゆっくりと見ることができたのは、幼少期を別にすれば、上京して1人暮らしをしてからが初めてじゃないかなあ……。
さらに加えて、田舎の町でおもちゃ屋の息子ってのは、相当イロが付く存在です。いつもおもちゃに囲まれて暮らすズルイやつ、イヤな子と認識されるハンディが常に付きまといます。身体の大きい上級生から、思いもかけない角度の嫉みの言葉をぶつけられたりします。売り物で遊んだら怒られるんだ、といくら言っても分かってもらえません。
そんなボーイズ・ライフのサバイバルのため次第に掴んだのが、ひょうきん者になって、やっかんでも仕方のない存在だとアピールする術でした。まさに、イデ隊員のように!
イデ隊員と「ウルトラマン」への愛着(「ゴジラ」やアニメ諸々も含め)が僕にとって内緒にすべきものになっていった心理的経緯が、みなさんに理解してもらえるかは分かりません。そんなジャンルへの精通がやがて市民権を得る時代が来るとは思いもよらず、思春期以降はますますメンドくさい形で思いを屈折させてきましたからね。ただ後年、「親が休憩施設(つまりラブホテル)を経営してたから、中学高校の頃はほとんど男子と口をきけなかった。ヤなこと言う子はいなかったけど、なんかやっぱりね……」と、そっと打ち明けてくれる子がいました。こういう気持ちに関しては僕はもう、ものすっごく! よく分かるのです。
そういうわけで今回から始まる連載は、『地球はイデ隊員の星』のタイトル通り、イデ隊員を軸にした「初代ウルトラマン」の全エピソード見直しがテーマでありつつ、通底には、自分の「ウルトラマン」好きをしっかりカミングアウトして、原点とちゃんと向き合ってみる狙いがあります。冒頭で、イデ隊員について書こうと思い立ったのは自分でも唐突だったと書きましたが、必然として、発酵は十分にされていました。なんだかんだ言っても、おもちゃ屋の息子に生まれたことが僕の精神的インフラの基礎。両親には感謝しております。
エピソードは全39話。連載1回で1話ぶんを書き、毎週更新できたとしても9ヶ月以上はかかる長丁場ですが、どうぞお手すきの時、お付き合いください。この連載が、読者のみなさんそれぞれが自分の映画好きの原点を振り返るヒントになれますように。ピース。
『ウルトラマン』の放送は記録によると、1966年7月10日、「ウルトラマン誕生・前夜祭」と題された公開録画(設定を説明するアトラクション劇)からスタートしています。それに倣ってこの連載も、前説から始めました。いよいよ次回から、イデ隊員の言動・行動を各話ずつ追いかけていき、〈男のなかの男〉の魅力に迫っていきますよ。第1話はタイトルもズバリ、「ウルトラ作戦第一号」。
……さて、どんな風に始まるんだったっけ!
(つづく)
( 2010.8.6 更新 )
(注)本連載の内容は著者個人の見解に基づいたものであり、円谷プロダクションの公式見解とは異なる場合があります。
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- 監督:円谷 一;飯島敏宏;野長瀬三摩地
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