地球はイデ隊員の星

連載第21回 放送第14話『真珠貝防衛指令』(前)

 ウルトラシリーズ史上屈指の人気と評価を誇る、佐々木守脚本・実相寺昭雄演出のコンビ作品が、放送が2クール目に入ったところでついに登場です。
 順番に見るのを続けた自然の結果なのですが、『ウルトラマン』=初代ウルトラマンについてここまでの分量を費やして、実相寺の名前がまだ1度しか(しかも本の著者として)出てこなかった文章は、おそらくあまり無いだろうと思います。それだけのスター監督です。

 かつて「実相寺演出」という言葉がどれだけ輝いていたか。年下の人にすぐに分かってくれと言うのは、もう強引だよなあ。ちょっとした説明が必要だと思います。
 ええと、こう想像してみてください。あなたが子どものころに見ていたドラマやアニメのなかに、やたらと画面に凝り主人公たちの行動も変わっていて、妙に忘れ難い余韻を残すものがありました。大きくなって交際が広がると、それを見た驚きを未だによく覚えている人が他にもいたと分かります。これ、なんか嬉しいですよね。先輩や物知りの友達と共通体験の話題を交換するうち、演出した人の名前(例えば岩井俊二、堤幸彦、庵野秀明、幾原邦彦)を教えてもらって、さらに情報が知りたくなります。再放送とか色々してほしくて、ムズムズが止まりません。ちょうどそのタイミングで、劇場版が公開の運びとなります。こっそり盛り上がっていたのは自分たちだけじゃなかった、全国に同好の士がいたんだね! というワクワクと欲求のピークが重なって、もうタイヘン。いわゆるブームの到来です。
『地球はイデ隊員の星』イデ隊員 ウルトラシリーズにおける実相寺作品は、以上のような評価のプロセスを踏んだケースの国内での先駆例なんです。しかも1970年代はビデオやインターネットなんて夢のまた夢の時代ですから、今より何倍も時間がかかって、そのぶん秘教的な濃密さが高まりました。海の向こうでも同様の経過があって『スーパーマン』や『スター・トレック』が相次いで映画化。日本では『ルパン三世』もオリジナル劇場版で復活。ヤングアダルト層をターゲットにしたなつかしヒーローのリバイバル/リニューアルが70年代後半の映画のトレンドとなりました。その流れに応じて1979年、佐々木脚本とのコンビで手掛けた『ウルトラマン』15・22・23・34・35話をオムニバス再編集した劇場版が、満を持して公開されたのです。題名は『実相寺昭雄監督作品 ウルトラマン』。名前がタイトルに入る、ヒッチコックやフェリーニ並の破格の扱いに当時の熱気が刻印されています。

 ここまで書いて、なつかしさに目がくらみそう。ただ、実は僕は1979年にはまだ小学6年でしたから、このブームの際は追いつききれず、実相寺評価がもろにリアルタイムだった、とは言い切れないのです。そろばん塾の月謝をごまかしてこっそり買った朝日ソノラマのムック本、「ファンタスティック・コレクション/空想特撮のすばらしき世界・ウルトラマンPARTⅡ」をしゃぶるように読みながら、早く自分の小遣いでひとりで映画館に行けるようになりたい! 親兄弟に遠慮せず心ゆくまで浸りたい! と居ても立ってもいられない焦りで狂いそうだったのは、未だに心の底の焼け焦げです。本連載を書いたり映画評を書いたりしているのには、当時の飢餓感への復讐という面が確かにあると思います。

 とにかくこの第14話、オープニングから驚きますよ。銀座を歩くフジ隊員とイデ隊員。ショッピングへやってきたのです。
 月給日に休みをもらってお買い物という、科学特捜隊員のオフの初描写。『ウルトラマン』では和風の家はロケセットに使わないなど、近未来的世界のイメージを保つ演出の取り決めがあったといいますから、隊員が銀ブラをたのしむ姿はかなり逸脱に近い。そろそろ安定してきた番組内のストーリー・イメージの目先を変える、遊び心が満点なんです。しかしセンスのいい演出によって(具体的には、ビルの看板や当時の服装などが目立たないようにしている)、もろに1966年の銀座でロケしたと分かる現実の接近はすり抜けています。順番に見てこの第14話に辿り着くと、サーッと爽やかな風が部屋に吹き込んできたような新鮮さに、心が躍ります。
 イデ隊員が、フジ隊員とデートしている。……これは本連載的にはとんでもない大事件です。とてもサラッと書けることではないので、後で粘ります。

 佐々木=実相寺コンビの遊び心の仕掛けは、全編で続きます。ポイントを抽出します。

  • まず、冒頭とラストで隊員のオフの姿を描き、キャラクターを膨らませている。
  • 真珠貝のエッセンス=宝石となるバイオミネラルの部分を食べる怪獣(ガマクジラ)が現れて養殖場を襲う。真珠の値が高騰して「女性の敵」となる。ウランや油など資源を求めるタイプの怪獣のパロディ。
  • フジ隊員が初めてフィーチャーされる。真珠の宝石を高価にしたガマクジラに敵意を燃やす。科学特捜隊の怪獣対策に私情が入り込むユーモア。
  • ウルトラマン Vol.4/DVD真珠貝を運ぶトラックが、ガマクジラに襲われる。若い運転手2人が方言を話すのは珍しく、また襲われた後、死んだ2人の顔にカメラが寄るのも異例。明るいタッチのなかのひんやりしたアクセント。
  • ガマクジラが背中から吹く熱線でビートルは故障、本部からの救援を待つ隊員一同は、焚火を囲んで夜を明かす。その間、満腹になったガマクジラも伊勢湾沖の岩に乗り、ゆっくり真珠を反芻。怪獣との戦いのあいだの、エアポケットのような時間が醸し出す不思議な味わい。
  • ガマクジラは、「天才バカボン」のおまわりさんのようなギョロッとした目玉が印象的。おそろしさよりユーモラスな雰囲気のほうが勝る、現時点ではやはり珍しいタイプの怪獣。ストーリーがユニークなため他の怪獣よりも生態描写が目立ち、岩をゆっくり這い下りて海へ出るまでの姿は見応え充分。
  • ビートルと小型ビートルの連携で、ガマクジラを網で捉えて運び電気ショックを与える→真珠のようにコーティングした爆弾を呑み込ませる→小型ジェット弾をガマクジラの臀部に突き刺して宇宙へ運ぶ、と科学特捜隊らしく次々とアイデアを投入。同時に、失敗のたびにナンセンス度が高まる作戦を一同が大真面目に遂行する展開に、スラップスティック喜劇的な諧謔(科学文明の蕩尽の途方も無さ)が滲んでくる。
  • 怪獣が現れて逃げ惑う一般市民が、みんなカラフルな水着のきれいな女の子たち、という浮世離れしたおかしさ。
  • ウルトラマンが登場するも格闘はせず、空中激突でガマクジラをバラバラにしてすぐに立ち去る。この数話分では、地上での活動限界である3分間を意識する前に怪獣を倒すことが目立ってきたが、特に第14話は早い。

 全体に、『ウルトラマン』の基本設定を揺さぶる強いアプローチがあるわけではありません。むしろメイン作家の金城哲夫のほうが、ウルトラマンの先祖も地球に現れていたと示唆したりして(第7話)アイデアは過激でしょう。しかし、ポイントを列記したように少しずつズラした「実相寺演出」の、多分に批評的な工夫が重ねられた結果、シリーズの基本に則りつつ違うタッチに。脚本家や監督によって異なるカラーの違いは、こうして『ウルトラマン』シリーズでは全体の幅を広げる前向性に作用しています。逆に作用して散漫な印象になる場合も多いなかで、さすがに古典となるものは違うなあ。 映画監督・実相寺昭雄の個性として後に広く知られることになる大胆なアップやロングショット、鋭角的なアングルはまだ全面展開ではないものの、あちこちに顕著です。なかでも、鏡貼りのビル(昔の銀座リコービルか)やトラックのサイドミラーなど、鏡を使ったカットの多さは第14話の特長。自動車のホイールにイデ隊員とフジ隊員が映り込むカットは、ハッとなります。当時は先端的な映像センスをこんな風に率直に出しているところが新鮮なんだ。鏡の演出は、光という現象を通じて、ガマクジラが真珠を求めて現れる設定とつながります。また、我々の現実と、ウルトラマンと怪獣が現れる作品のなかはほとんど同じ地平に見えて確実に違う(鏡の世界/パラレルワールド)ことを絶妙に象徴していると捉えることができます。画面の情報から精神的なものを解釈する西洋美術鑑賞的な読み取り方は、映画批評のスタイルとしてはやや古いかもしれませんが。

 初登場なもんで、今回は「実相寺演出」に拘りました。イデ隊員とフジ隊員のデートというドキドキな大事件は、この新風のタッチと切っても切り離せないのです。

(つづく)

( 2011.12.12 更新 )

(注)本連載の内容は著者個人の見解に基づいたものであり、円谷プロダクションの公式見解とは異なる場合があります。

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2011/12/12/18:09 | トラックバック (3)
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