地球はイデ隊員の星

連載第23回 放送第14話『真珠貝防衛指令』(後)

 戦後の国産ヒーローはあくまで立派な「おじさん」がつとめる大任であり、「おにいさん」では貫禄的にも役不足で認められなかった慣習が、「若いってすばらしい」時代に入って変わってきた。この話を続けます。
 ウルトラマンに変身するハヤタ隊員は、もう人格的にはしっかり出来上がった存在で、なおかつ若くてハンサムです。ヒーローは若くてもよいのだ、というコンセンサスが固まる以前はどうだったか?日本映画におけるヒーロー史を大まとめに概観すれば、鞍馬天狗は嵐寛寿郎の、多羅尾伴内は片岡千恵蔵の、それぞれ当たり役だった時代がまずありますよね。市川右太衛門の旗本退屈男も、それほど超人/非現実性を帯びたキャラクターではないけれど、ここに含まれます。そこでは戦前からの大スターこそがヒーローであり、中村錦之助や東千代之介などといった戦後の新進俳優が演じるのは、例えどんなに婦女子の人気が高かろうが、まだ経験の浅い若者の役です。むしろ大御所の厳しい指導と庇護、すなわち大きな父性のもとで成長する姿こそが、母性本能をくすぐるアイドル的魅力を放ちました。そこをガラッと変えたのは、やはり、石原裕次郎の登場なのだと思います。
 もちろん裕次郎が何かの超人ヒーローに扮したわけではありません。親の世代への不満は堂々と表明し、新しい価値観を求めて主張する。そんな若者が映画の主人公になってもよい、戦後は既にそういう時代に入ったのだと最も鮮やかに体現したのが裕次郎なのでした。そこではナイーヴな感受性とはもはや頼りなさの象徴ではなく、共感を誘う、甘くしなやかな魅力です。異性との親しい交際を望む心情もそれまではあんまり正直に訴えるのは、はしたない、とても軟派なことだったのが、率直で大いによろしい、と逆に奨励されることになります(また、そうなったほうがオシャレな衣服や商品が売れて経済が活気づきます)。戦後の映画黄金期を支えた時代劇が退潮し、その代わり現代劇における「青春映画」のジャンルが確立された1960年代の日本映画界の動きは、そのまま、オトナという建前が機能を果たしにくくなり、大量消費社会へと進んだ世相の合わせ鏡でした。

『地球はイデ隊員の星』シューティング・イデ隊員 ウルトラマンは、宇宙から来ました。宇宙人なので当然ながら、家父長制の影響からは離れた存在です(実は彼の上にはウルトラの父やウルトラマンキングがいた、という話は後のことですからね)。変身するのはハヤタ隊員のような若者であることは必然ですし、大体、科学特捜隊のメンバーはみんな青年。唯一の大人側であるムラマツ・キャップでさえ、第2話で見られるように防衛会議に出席して防衛軍のお歴々と対する時は若い現場人の立場です。
 やっとここで第14話に戻ります。ハヤタ隊員は主人公として若くてハンサムであってよいし、そうあるべきな位だけれど、女性隊員のお買いものにまで付き合う姿まではまだ憚られる。『ウルトラマン』はそんな価値観の端境期に製作されたのだと念を押して確認すれば、初代ウルトラマンの活動する姿自体に実はブレがあることが、より魅力を持って迫ってきます。圧倒的な力で怪獣を倒す超人のウルトラマンが、時には必殺技が効かなくて焦ったり、怪獣相手に妙に若々しくパワーを誇示したり、その怪獣が絶命した後に粛然とした立ち姿を見せたりしてきたのは、今までに見てきた通りです。案外パーフェクトな存在ではないウルトラマンは、戦後映画・テレビ史においては家父長制からの脱却ヒーローの典型でありつつ、本人そのものが「宇宙人が地球の平和を守る」という新しい価値観を手探りで模索する、まさに青春的な存在。そうか、だから『ウルトラマン』は古びないんだな、という気がすごくします。
 第14話の大きなトピックである、初代ウルトラマンのマスクとスーツが変わった点についても、ウルトラマン自身の内面の問題とつなげておきたい。皺が寄り、面長で神経質そうだった第13話までのアバタ状のマスク(いわゆるAタイプ)がスッキリとしてやや目が丸くなり、胸板も厚くなりました。ウルトラマン自身が、地球で少しずつ学び、成長しているのです。

 ハヤタ隊員が「おじさん」と呼ばれたところから始まった考察は、10年ほど前に読んだ橋本治「完本・チャンバラ時代劇講座」(徳間書店)に確か書いてあった内容から大きな示唆を得ています。確か、というのもひどい言い草ですが、僕にとっては大きな存在の本なので、読み返すのが怖いのです。チャンバラ映画を飄々と気まぐれに語る世間話の振りをした、羊の皮を被った狼のような本です。通俗娯楽の典型から融通無碍に近現代日本人の精神と欲望と願いを読み砕いて、明治以降の教養主義的常識を次々とひっくり返していく。そんな怪物的な質量の中身を、ですます調で誰でもスイスイ理解できるように書いてしまえている橋本治が、おそろしい。もともと佐藤忠男や小林信彦にあこがれていたところでこれに当たってショックを受けて以後、そんなにひねりのない論旨を高尚な語彙と引用で塗装するタイプの文章は信用できなくなりました。
 白状しておきますと本連載は、ですます調を含めて「完本・チャンバラ時代劇講座」の影響下にあります。それに、いずれ誰かに見抜かれるだろうと覚悟し、半分は楽しみにしていたらそんなことは無かったのでもう自分からネタばらししちゃうと、コンセプトのヒントにしたもう1冊は筒井康隆「ベティ・ブープ伝」(中央公論社)。2冊のようなアプローチに、なぞる程度でも一度倣ってみたかったという無謀な思いです。ただ、影響を受け過ぎて怖いから読まない、「イデ隊員」を続ける自信がゼッタイ萎える、なんていつまでも逃げてられませんから。どこかで再チャレンジしなくてはいけません。

ウルトラマン Vol.4/DVD つまるところ、フジ隊員の荷物持ちだなんてつまらないことをハヤタ隊員にさせてはいけない、三枚目役のイデ隊員に任せておけばよい。作り手がそう考えたら、実は女の子のショッピングのお供は、主人公がやっとかないと不自然に見えるぐらい、現実の世の中の若者的には楽しい部類のことになっていたわけです。それだけ魅力的で、インパクトをもたらすイデ隊員とフジ隊員の同僚デートの場面です。
 冒頭では女の子のエスコート役としてはなっちゃいないイデ隊員ですが、ガマクジラの一件が解決、晴れて真珠が正統な市場価格となった後、フジ隊員に再び街に連れ出されます。
 ここでまたイデ隊員が、暴走するのなんの。真珠のネックレスや指輪、イヤリングを付けてウットリするフジ隊員を、
 「いい加減にしてくださいよ、フジ隊員。は~あ。馬子にも衣装っちゅうけど、こりゃまるで豚に真珠ですね。へえ~、そんなに真珠をたくさん付けちゃって。まるで自分のほうがガマクジラみたい。フフフ、ひゃあ~」
 と、実にしつっこくからかいます。女の子という生き物はなべて敵だと確信して過剰に罵倒していたマーク・トウェインのトム・ソーヤーくんそっくり。しかしその他愛ない邪気は、フジ隊員に大量の荷物を持たされて「ひとつぐらい持ってくださいよ、ホント、さっき言ったことホントごめんなさい、謝りますから……」とボヤくオチにつながるのでした。
 エンディングのフジ隊員は、初公開のシックな私服。イデ隊員は照れてたんだなあ、とつくづく思います。フジ隊員が急に女らしい姿になって慌てたイデ隊員の気持ち、僕も少し分かるもんね。いつだったか、ある友人女性と夕食の約束をして気軽に待ち合わせしたら、その人がワンピースに二連の真珠のネックレス姿で現れて。「仕事で海外からのお客さんと会う日だったから」なんですが、「スカートなんてもう何年も履いてないもん」タイプの女性以外になかなかご縁のない身としては、それだけでけっこうドキマギしてしまったものでした。

 イデ隊員のおとこ語録:第14話 「ちょっとそんな、早く歩かないで。ちょっと待ってくださいよ……」

 ラストのイデ隊員の、ボヤきの続き。「豚に真珠」なんて言ったあと、こんなにへり下ってみせる照れ隠しのなかに、彼のフェミニンな優しさ、マチズモとは逆の意味での男らしさが光ります。おすまし顔でハンドバッグを持ち、スタスタと街を歩くフジ隊員と、その後ろを荷物の山を落っことしそうになりながらヨタヨタ付いていくイデ隊員。この2人を望遠レンズで捉えた40秒弱のラストカットは、深呼吸するように何度も反芻したい、青春のワンショットです。
 男の子はみんな、イデ隊員のようにいくら「俺はこれからメシ食って、アイスクリーム食って、映画を見てナイターを見て」とうそぶこうが、(ホントは)気になる女の子から誘われたら、メンドくさいと分かっていてもショッピングの荷物持ちになってしまう生き物なのです。

(つづく)

( 2011.12.31 更新 )

(注)本連載の内容は著者個人の見解に基づいたものであり、円谷プロダクションの公式見解とは異なる場合があります。

『円谷プロダクション公式Webサイト: 円谷ステーション』 2012年3月24日(土)公開「ウルトラマンサーガ」

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2011/12/31/13:18 | トラックバック (2)
若木康輔 ,地球はイデ隊員の星
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