今週の一本
(2006 / 日本 / 小林政広)
他者との繋がりを求めてあがく、孤独な女の物語

膳場 岳人

 中東で誘拐事件に巻き込まれたボランティアの女性が、無事帰国を果たしたものの、故郷の人々から手痛いバッシングを被る――。 というあらすじは、04年にイラクで起きた「日本人質事件」をやすやすと想起させる。というより、はっきりモデルにしている。事件当時、 やたらと居丈高に使われた「自己責任」という言葉は、匿名のいやがらせ電話としてヒロインを悩ませるし、職場を不当解雇される際には、 ネット上での誹謗中傷のことも触れられる。字幕版では「キッドナップ」「アンマン」といった言葉もはっきり出てくる。

 しかしながら、本作は事件の被害者である人物に取材を重ねて作り上げたものではない。あくまで事件を象徴するエピソードを「借用」 して、まったくちがった物語を導き出したフィクションである。それを「作り手の無責任」ととるか、「これは映画にすぎない」ととるかで、 本作の評価は大きく分かれるところだろう。

 「国辱映画」と罵りたくて『バッシング』に接する人は、振り上げた拳をおろす場所に困るだろうし、 村八分にあう哀れな女性の悲劇を期待して見に行く人は、ヒロインの造形がなまなましすぎて嫌悪感を催すだろう。筆者は「映画は映画である」 と言い切ることに欺瞞を感じるものの、映画を映画として見ることのできない客は最低だと思う。 映画表現の愉楽を味わわせてくれた小林監督の前作『フリック』をこよなく愛する者にとっては、本作もまた「映画に過ぎない」。 そして映画として単純に楽しめた。

 正直に言って、この映画を見てあの事件に思いを馳せることは一切なかったし、 日本人の閉鎖性やゆがみについて考えさせられることもほとんどなかった。描かれるいささか紋切り型のバッシング行為――嫌がらせ電話、 職場の不当解雇、町なかで襲ってくる少年たち等々――よりも、あの事件以降も続く、 被害者に対するインターネット上でのバッシングのほうがはるかに深刻に思えるからだ。

 ではこの映画は何を描こうとしたのか。これは、人とつながろうと懸命にあがく孤独な女性の物語なのだ。ヒロインは友達もできず、 大学受験に失敗し、デザイン関係の仕事に就きたいという夢も叶わず、貧しい国でのボランティア活動で人々から「必要とされてる」 と実感されることによってのみ、生き甲斐を見出すことのできる人間だ。自分でそう語るのだから間違いはない(もちろん、 作り手はボランティアに生き甲斐を見出す人間がみなそうだと言っているわけではない。 ヒロインがたまたまそういう人間だと言っているに過ぎない)。多くの困難を突きつけられたヒロインは、最後の最後に、 ある人物と心の底から触れ合うことができる。筆者はそこに胸を打たれたし、それ以上のことをこの映画からは読み取れなかった。しかし、 それで充分ではなかろうか。

 先に「映画として楽しめた」と書いたが、それはヒロインを演じた占部房子が映画女優としてきわだった存在感を見せつけていたからだ。 海を見つめる彼女の顔のアップが、映画の「顔」となっている。その髪型、瞳、鼻、体つきにいたるまで、見ていてドキドキした。 こんな風に女優が魅力的に撮られた日本映画は、一部のピンク映画を除いてあまりない。それから彼女の不運な父親を演じる田中隆三。 職場に辞表を提出し、寒々しい工場の前の通りをとぼとぼとやってきて、妻(大塚寧々)にクビになった旨を伝える。 その延々と続く力強い顔のアップなどは素直に胸に迫った。

(2006.6.5)

2006/06/05/16:18 | トラックバック (3)
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