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生きる伝説と化した狂気の天才ミュージシャンのブッ飛び人生ドキュメンタリー!
悪魔とダニエル・ジョンストン

悪魔とダニエル・ジョンストン
THE DEVIL AND DANIEL JOHNSTON

2005年サンダンス映画祭 監督賞受賞
2005年サンフランシスコ・インディペンデント映画祭
 観客賞受賞(ドキュメンタリー部門)

恍惚とさせられるシンガー・ソングライターの人生。思いがけない多くの勝利や悲劇。 真実はサイケデリックなフォークロアのように奏でられる。――スティーヴン・ギャレット/ IndieWIRE

ジョンストンの音楽や芸術に対する知識がないとしてもこのストーリーは心から感動させられる。―― Film Lovers Are Sick People

心の内から胸が痛むような作品。私の中では生涯ベストのドキュメンタリーだ。 ――トッド・ブース/ SF Indie Festival

深刻な精神障害に苦しむ偉大なインディーズ・ミュージシャンの痛ましい人生を見事に感動的に描き出している。 ――マイケル・ボナー/UNCUT

トム・ウェイツ、カート・コバーン、デヴィッド・ボウイ、ジョニー・デップ、そしてソニック・ユース。皆、ダニエル・ ジョンストンの音楽を愛している。次は君の番だ。 ――スコット・ドゥヴェイニー/The Wave Magazine

9月30日、ライズXにてロードショー!!

シネマライズHP(ライズX):http://www.cinemarise.com/
INTRODUCTION

「悪魔は僕の名前を知ってる」――ダニエル・ジョンストン

悪魔とダニエル・ジョンストン2ジョニー・デップ、デヴィッド・ ボウイ、カート・コバーン、トム・ウェイツといったアーティストたちを魅了する、天才シンガー・ ソングライター兼アーティスト、ダニエル・ジョンストン。『悪魔とダニエル・ジョンストン』は、 その繊細さ故に躁うつ病に苦しむダニエルの狂気、創造性、そして愛を描いた傑作ドキュメンタリーだ。

1961年、カリフォルニア州サクラメントで生まれ、ヴァージニア州ニュー・ カンバーランドで育った内気な少年、ダニエル・ジョンストンは、幼少の頃から特異な芸術的才能を見せていた。 定期的に自らの思想やストーリーをカセットテープに録音したり、スーパー8mmで監督&主演したり、 アイディアに富んだマンガやアニメーションを描いたりして、ダニエルは少年時代を過ごした。しかし、 キリスト教原理主義者の両親の目には、そんな息子の姿は反社会的にしか映らない。そこでダニエルは家を出て、ヒューストンの兄の家へ。 そこで手に入れたコード・オルガンと兄の家のガレージが、彼の音楽キャリアのさらに広げることになる。 だがダニエルはそこに落ち着くことなく、カーニバルの一座に加わり各地を回り、無一文でテキサス州オースティンへと辿り着く。 そこでようやく彼は、居場所を見つけることになる。

80年代はじめ、自家製のカセットテープに様々なフォーク・ソングを録音した彼は、ファン、 友人やジャーナリストたちに無料でテープを配り始めた。ちょうどその頃、オースティンの音楽シーンの活況に、 マスコミも注目しはじめていた。意図せずその流れに乗ってしまったダニエルは、 MTVでセレブとしてスポットライトを浴びることになる。だが、まさに名声を得ようとしていたその瞬間、 彼の内に潜んでいた悪魔が浮上。以後、持続的に躁うつ病に苦しむようになる。そしてその病の兆候は、 彼が紡ぎだす歌や絵にますます顕著に現れていくのだった。

本作は、ダニエルの過去~現在の貴重な映像、演奏シーン、自身によるホーム・ムーヴィーやオーディオ・ テープに録音された音声などが巧妙に織り交ぜられ、友人や献身的な家族の証言が、彼のパーソナルな歴史に更に深みを与えている。 それはダニエル・ジョンストンというひとりの人間の歴史を語ると共に、彼を取り巻く人々、土地、地域社会の歴史をも語りはじめる。 さらに、ダニエルの詩的な歌の数々がそれらを豊かに色づけ、情熱的で深く記憶に刻まれるストーリーがそこに誕生する。

そして、今や40代半ばとなったダニエルは、多作なビジュアル・アーティストに成長。彼の表現は、 批評家からも賞賛され世界的に注目を浴びるようになる。国際的な展示会も開催され、 その鮮明で奥深いスケッチは今でもコンスタントに売れ続けている。
また、ミュージシャン仲間やアーティストたちからの支持も篤い。ライヴでもダニエルのTシャツを着用し、「現存する偉大なソングライターだ」 と惜しみない賞賛を送ったカート・コバーンをはじめ、『シンプソンズ』のマット・グローニング、バットホール・サーファーズ、ソニック・ ユース、デヴィッド・ボウイ、トム・ウェイツ、ベック、ザ・フレーミング・リップス、ジョニー・デップといった多数アーティストが、 彼の作品の虜となっている。

本作の監督ジェフ・フォイヤージーグは、ダニエル・ジョンストンという謎多き"生ける伝説"を題材に、 才気と狂気との密接な関係を完璧なまでに描写した。躁うつ病と誇大妄想に苦しむアーティスト、ダニエル・ ジョンストンの原点から現在までの浮き沈みの激しいドラマティックな人生、破天荒なエピソード、様々な禁断症状、 挫折や痛ましいまでの贖罪の数々……。それらが109分間のフィルムのなかに、濃密に詰め込まれている。そして、 豊かなユーモアと苦しみとインスピレーション、心に残る感動的なシーン満載の、傑作伝記映画がここに誕生した。
2000年にニューヨークで行われたダニエル・ジョンストンのライヴを見たフォイヤージーグは、以下のように語っている。 「ダニエルは預言者のようだった。たくさんの新曲を歌い、まるで火がついたかのようだった。客は笑ったり、泣いたり。ダニエルの、 間違いようのないあの声、しゃがれ、泡を吹くような破裂音。過去10年の音楽はただの空騒ぎ――そんな風に思えた」

Production Note

●ダニエル・ジョンストン伝説

悪魔とダニエル・ジョンストン3監督のジェフ・フォイヤージーグは80年代の後半からダニエル・ ジョンストンの伝説に魅了されていたという。以降、10年間を、彼はダニエルのあらゆるマスコミ記事の収集に費やした。 「あれは1988年だったかな。ウエスト・ ヴァージニアのチェスターから出てきたとんでもない奴がいるっていう噂があっという間に広まっていた。 葬儀屋と結婚したローリーっていう女の子への片思いの歌を何百も書き、曲はすべて地下室でカセットに録音したっていう話だった。 最初に曲を聴いたとき、私はダニエルのアートのざらついた感情にさらされて、いや、それは本当に分子レベルまで届いた感じだった」

●ラジオ出演

1990年、ダニエルはFMラジオ、WFMUに出演する。
「ダニエルは1時間の特別番組のために、ウエスト・ヴァージニアの精神病院からニューヨーク/ ニュージャージーのWFMUの視聴者に電話で語りかけるため、2台のカセットデッキを準備していた。その放送の中でダニエルは、 皮肉たっぷりの鋭いコメディーを繰り広げた。マルチ・ヴォイスで少年、少女を演じ、さらに自分自身へのインタビュー……。そして、 「1990」と題された彼の新しいゴスペル・アルバムのプロモーションとして、電話越しにヨ・ラ・テンゴと一緒に「Speeding Motorcycle」を歌い、さらに視聴者からの電話にまで受け答えしてみせたんだ」
その電話をかけた視聴者のひとりが、ジェフ・フォイヤージーグだった。「ダニエルに、彼の「Funeral Home」という曲はブルース・ スプリングスティーンの「Cadillac Ranch」からのパクリじゃないかと質問したら、彼はそのとおりだと言ったんだ。 14年前の彼との最初のやりとりは、ダニエルの芸術の解読だったわけだ」
この放送がダニエル・ジョンストンへの手がかりとなり、映画のアイディアが形成された。

●初対面

フォイヤージーグは、長年の友人で、ダニエル・ジョンストンの信奉者でもあるプロデューサーのヘンリー・S・ ローゼンタールに電話しこう尋ねた、「ダニエル・ジョンストンはスペース・シャトルに乗りたがるだろうか」。そして、ふたりは、ダニエル・ ジョンストンに連絡を取るというハイ・リスクな行為に出ることに合意した。フォイヤージーグはオースティンからダニエルの元マネージャー、 ジェフ・タルタコフに電話をかけた。運のいいことに、次の日の夜、オースティンではダニエルのショウがあることがわかり、 タルタコフは彼をダニエルに紹介すると約束。そして、翌日、フォイヤージーグはダニエルと楽屋で初めて顔を合わせ、 ダニエルを主人公としたドキュメンタリーを作りたいということを彼に告げた。フォイヤージーグが、ダニエルの長きにわたる協力者、 友人であるジャド・フェアー/ハーフ・ジャパニーズの映画『ハーフ・ジャパニーズ』を監督したこともあり、ダニエルはその場で了承した。

●モノローグ

フォイヤージーグは、映画におけるモノローグにも関心があった。このテクニックは、『地獄の逃避行』『時計仕掛けのオレンジ』、 『カメレオンマン』『タクシードライバー』などで効果的に使われており、観客はそれによって主人公の頭の中に入り込み、 主人公からダイレクトに話しかけられたような気分になる。
「新しい方法でモノローグを使うことを考えなければならなかった。ダニエルが録音してきたカセットが何百時間もあると知り、 これが現実になった」とフォイヤージーグは言う。「子どもの頃の母親との口論、ハイスクールの廊下でのさまざまな録音、 カレッジ時代の苦いロマンスの隠し録り、秘密の電話、そして、何年も続く親友とのオーディオ・レター。ダニエル・ ジョンストンの生活のすべてのキー、彼の感じたすべての瞬間が、まさに私の前に存在していた。その発見の旅は、 狂気と天才というもろい絶壁に立ち向かうことであり、ダニエルはそのためのツールを差し出してくれた。 こんなに激しく燃える炎に近づけるのは実に名誉なことだった」

●2001年5月

悪魔とダニエル・ジョンストン4フォイヤージーグとクルーは2001年5月にダニエルの自宅があるテキサスのWallerで撮影を開始した。ダニエルと彼の両親、 メイベルとビルへのインタビューが3週間かけて撮影される。ガレージ兼スタジオ、寝室、裏庭、教会、街中でのダニエルの姿のほか、The Nightmaresとの演奏も収められた。ダニエルの父親、ビルは現在80歳になるが、マネージャーとして、インディー・ ロックのマネージメントのあれこれと日々格闘している。クルーは、彼の家族の羅生門風のパースペクティブと共に、ダニエル・ジョンストン・ ストーリーの決定的場面を捉えていた。このテキサスでの3週間の撮影の間、彼らはさらに深く、激しく対象に迫り、 これまで誰も成し得なかった忠実さで、美しい音を録音した。この撮影シーンはプロジェクトの基盤を形成している。

●2001年7月、12月

次の撮影は2001年7月。ロサンゼルスでのふたつの重要なイヴェントの撮影である。ひとつは、伝説のゼロ・ワン・ギャラリーでの個展。 もうひとつは、サンセット・ストリップの中心にあるキー・クラブでのパフォーマンスである。これらのイヴェントはハリウッドの権威、マット・ グローニングやワイルドマン・フィッシャーをも引き付けた。個展はドアが開く前にソールド・アウトとなった。キー・ クラブでのコンサートはダニエルの精神的指導者、ボブ・ディランのドキュメンタリー『ドント・ルック・バック』へのオマージュとして、ハイ・ コントラストの白黒で撮影された。
そして2001年12月。ニューヨークでの撮影が始まる。ベルヴュー病院、自由の女神、CBGB、バワリー・ボールルーム、サンシャイン・ ホテル、港湾管理委員会など、かつてダニエルが逆上し2週間行方不明になった(彼はその間、バワリーに滞在していた)、 その当時の彼の足取りを追う。

●2002年10月~

2002年10月。プロダクションはオースティンに移動し、ダニエル・ ジョンストンの物語で重要な役割を果たす人物へのインタビューの撮影に入った。音楽ジャーナリストのケン・リークと「オースティン・ クロニクル」誌の編集者、ルイス・ブラック、それからダニエルの生涯の親友、デイヴィッド・ソーンベリーとその妻、キャシー・マッカーティ。 そして、ミュージシャンでありプロデューサーでもあるブライアン・ビーティがスタジオにいるところも撮影、 彼はダニエルと伝説のセッションを行っている。3日間という超特急撮影の最後のシークエンスは、歯医者の椅子で治療中のバットホール・ サーファーズのギビー・ヘインズへのインタビューだ。ギビーは、1986年9月11日、アシッド・トリップ真っ最中のダニエルが、 バットホール・サーファーズのコンサートにやってきたその夜の話を始める。その話の最中も、周期的に、 歯の削りカスがギビーの口から飛び出す。おそらく映画史上最も奇怪なインタビューに違いない。
一行は、そのほか、ウエスト・ヴァージニア、メリーランド、オハイオ、ペンシルヴァニアと撮影を重ね、再びオースティンに戻り、ダニエル・ ジョンストン・ストーリーの最重要人物、ジェフ・タルタコフにインタビューを行った。そして世界中からダニエルの記録を集め、 彼がスウェーデンのフェスティバルで歌うシーンをフィーチャーした。海外でも大きなリアクションを得るダニエルを見せるこのシーンは、 この作品を視野を広げている。

●16ミリ・フィルム

映画は当初からスーパー16ミリ・フィルムで撮影されることが約束されていた。このフィルムは映画のクオリティを保証するばかりでなく、 記録物には最も安定したメディアである。オリジナルのネガからは、最高品質のフィルムプリントとヴィデオ・マスターが作られる。 プロダクションはダニエルの生活とパフォーマンスの記録の場面を合体させ、多層的で奥行きのある物語となった。
フォイヤージーグはこの映画についてこんな風に語っている。「もしダニエルが行ったラジオ・ショウみたいに、 視覚的にも音楽的にもこれまでにないような、そんな映画を作れたら、それはダニエル・ジョンストンと私自身の真実の投影になるだろう」

■ 登 場 人 物 紹 介 ■

●ジョンストン・ファミリー
ダニエル・ジョンストン Daniel Dale Johnston
言わずと知れた本映画の主人公。コンポーザーとしてビートルズの4人に匹敵する才とボブ・ディランに類する斬新かつシンプルなリリック・ センス、エルヴィス・プレスリーを超えるステージ・マナー、そして彼にしか編みだし得ない至上の歌声で知られるシンガー・ソングライター。 しかし、その歌声がビートルズやディラン、エルヴィスと同様に世界中の人々の心を奪うのには、あと何十年の時間を要すればいいのだろうか?
ビル・ジョンストン Bill Johnston
かつてアメリカ空軍のエンジニアとして働き、退役後はその余生のほとんどの時間をダニエルのマネージャー/世話役に費やしているダニエル・ ジョンストンの父親。音楽やアートへの知識はほとんど持ち得ておらず、ダニエルの創作に関してはまったく無頓着。しかし、 ダニエルの幼少時は非常に厳格な父親であったが、本映画撮影時(2001~3年)の時点で既に80歳を越えており、日々、 彼を暖かく見守っている。

イベル・ジョンストン Mabel Johnston
仕事に忙殺され家を空けがちだったビルに代わって、3人の娘と2人の息子を育てあげた、厳しく教育熱心な肝っ玉母さん。 若き日のダニエルを厳しく叱責する様子は、ダニエルが隠し撮りしていたカセット・テープに細かく記されている。 毎週日曜日教会への礼拝を欠かすことがない敬虔なるキリスト教原理主義者であり、その影響が、 いい意味でも悪い意味でもダニエルの人生に色濃く影を落としているのは間違いない。

ディック・ジョンストン Dick Johnston
若き日、映画制作に夢中だったダニエルの理解者でもあった実兄。ダニエル大学在学中に、彼のその後の人生を気遣って、 ヒューストンの自宅に彼を招き入れ遊園地での仕事を見つけてくるが、諸事情によりダニエルは逃亡。一時期ダニエルとの不仲も伝えられたが、 現在はビルと共にダニエルをサポートしている様子。

マージ・ジョンストン Margie Johnston
現在テキサス州サンマルコス在住の実姉。幼い頃、彼女がピアノを弾く姿を見て、独学でダニエルはピアノの演奏を学んだ。若き日、 ディックの家を追われたダニエルを家に招き入れ、テキサス州ウォルターにジョンストン家が戻ってくるまでダニエルを住まわせていた。

サリー・ジョンストン Sally Johnston
ダニエルのもうひとりの実姉(もうひとり姉がいる様子)。映画の中にもある通り、1986年のクリスマス・ パーティでダニエルを警察に通報している。

●友人たちその他
ブライアン・ビーティ Brian Beattie
テキサス州オースティンで80年代活動していたバンド、グラス・アイの音楽的支柱。ダニエルの音楽性を最初に見いだしたひとりであり、 近年のベスト・アルバムとの誉れも高き『Rejected Unknown』や最新作『Lost & Found』 のプロデュースも行なっている。ダニエルを手掛けた他のプロデューサーのようなカラーはないが、ダニエルとの友好関係が、 その瑞々しい音に繋がっているようだ。

デイヴ・ソーンベリー Dave Thornberry
オーク・グレン高校時代、引っ越してきたダニエルのアートワークと音楽の才能にいち早く注目、気付くと親友となり早30年近く。その後、 事ある毎にダニエルからのテープ・レターを受け取り、今回の映画を制作する上でキー・マンとなる。幾つかの詩集もリリースしており、 それが縁で後にキャシー・マッカーティと結婚。

ギビー・ヘインズ Gibby Haynes
テキサスが生んだ数多くの異能たちのひとつ、バットフォール・サーファーズのヴォーカリストであり、ダニエルの才能に敬意を表する1人。 現在は、ギビー・ヘインズ&ヒズ・プロブレムズ(バットフォールのポールがサポート)や、DJブースで歌を奏でるDJとしても活動している。

ジャド&デイヴィッド・フェア(ハーフ・ジャパニーズ) Jad and David Fair (Half Japanese)
現代USインディ・シーンにおける最大のスマイル・アイコン。ダニエルと数度のコラボレートを行ない、数々の優れた作品を完成。 その特異なる音楽性は元より、ダニエルと同様にプリミティヴなアートワークも世界的に高い評価を得ており、画集『Blue Skies And Monsters』(map刊)もこの春リリースした。

ジェイソン&ブリジット・ナイトメア Jason and Bridget Nightmare
現在ダニエルが暮らすテキサス州ウォーラーに移り住んだ地元ミュージシャンであり、 ダニエルが犬に襲われているところを助けたことから親交を深める。ダニエルをヴォーカリストとして、バンドDanny and the Nightmareとして、数枚のアルバムもリリースしている。

ジェフ・タルタコフ Jeff Tartakov
今もなお生産/流通され続けているダニエルの名作カセット集をリリースしているStress Recordsの主宰者。 行きがかり上ダニエルのマネージャーと称した時期もあるが、精神的に調子が良くなかった時期のダニエルから一方的に解雇。しかし、 現在もダニエルを陰日向なく支え続ける"ダニエル愛"の人物。

ジョン・ポチュナ John Pochna
ロサンゼルスに位置するオルタナティヴ・アート・ギャラリーZero One Galleryのオーナー。

キャシー・マッカーティ Kathy McCarty
80年代、場所はテキサス州オースティンにて、ブライアン・ビーティと共にグラス・アイとしてバンドをスタート。一時期、 ダニエルと交際したが離別、現在はデイヴ・ソーンベリーの妻。ダニエルの過去の名曲を自らのヴォーカルで記したアルバム『Dead Dog's Eyeball: Songs Of Daniel Johnston』をリリース、その歌声も含め、 各方面で高い評価を得ている。

ケン・リーク Ken Lieck
地元の新聞『オースティン・クロニクル』の編集者であり音楽評論家。若き日のダニエルが『オースティン・クロニクル』 にテープを持ち込んだことで知り合う。ダニエルの天才性を最も早く見抜いた男。

ローリー・アレン Laurie Allen
ケント州立のアート・スクール同級生として知り合ったダニエル永遠の憧れの人であり、音楽的想像の源(ミューズ)。本編内にもある通り、 大学卒業と同時に葬儀屋と結婚するが、近年離婚。現在も時折ダニエルと電話で話すこともあるという。

ルイス・ブラック Louis Black
『オースティン・クロニクル』の編集者でダニエルの長年の友人。テキサス大学キャンパス内の沼からダニエルを助けた思い出を語る。

マット・グローニング Matt Groening
そのポップな絵柄ながら、現在アメリカの影を投影するアニメ『シンプソンズ』の原作/製作者で、ダニエルと相思相愛のファン。 アンダーグラウンド・ミュージックに対する造詣も深く、世界的な音楽イベントオール・トゥモローズ・ パーティの2003年ロサンゼルスのキュレーションも務め、もちろんダニエルも出演。また、自身のロック・ボトム・ リマインダーズも率いている。

スティーヴ・シェリー Steve Shelley
ソニック・ユースのドラマーであり、1988年、初めてダニエルをニューヨークに招待。ソニック・ユース内でも最も歌モノに思い入れを持ち、 キャットパワー等優れたシンガーの紹介者でもある。ダニエルをニューヨークに招いた時の最悪の顛末は、 この映画にしっかりと記録されているが(なぜ、ここまで映像が残っているか不明)、現在もダニエルの音楽を愛しているという。

C R E D I T
STAFF
Director JEFF FEUERZEIG
Producer HENRY S. ROSENTHAL
Executive Producer TED HOPE
Director of Photography FORTUNATO PROCOPIO
Editor TYLER HUBBY
Music DANIEL JOHNSTON


監督:ジェフ・フォイヤージーグ
脚本:ジェフ・フォイヤージーグ
製作:ヘンリー・S・ローゼンタール
製作総指揮:テッド・ホープ
撮影:フォルトゥナート・プロコッピオ
編集:タイラー・ハビー
音楽:ダニエル・ジョンストン

CAST
Daniel Dale Johnston 
Bill Johnston 
Mabel Johnston 
Dick Johnston 
Margie Johnston 
Sally Johnston 
Brian Beattie 
Dave Thornberry
Gibby Haynes
Jad and David Fair (Half Japanese) 
Jason and Bridget Nightmare 
Jeff Tartakov 
John Pochna 
Kathy McCarty 
Ken Lieck 
Laurie Allen
Louis Black 
Matt Groening 
Steve Shelley

ダニエル・ジョンストン
ビル・ジョンストン
メイベル・ジョンストン
ディック・ジョンストン
マージ・ジョンストン
サリー・ジョンストン
ブライアン・ビーティ
デイヴ・ソーンベリー
ギビー・ヘインズ
ジャド&デイヴィッド・フェア(ハーフ・ジャパニーズ)
ジェイソン&ブリジット・ナイトメア
ジェフ・タルタコフ
ジョン・ポチュナ
キャシー・マッカーティ
ケン・リーク
ローリー・アレン
ルイス・ブラック
マット・グローニング
スティーヴ・シェリー

2005年/アメリカ/モノクロ及びカラー/110分/英語
(c) 2005 Yip! Jump, L.L.C., All Rights Reserved.

提供:キングレコード、トルネード・フィルム
配給:トルネード・フィルム

編集:boid(樋口泰人+中根理英)、map(小田晶房+福田教雄)
協力:P-VINE RECORDS

http://www.akuma-daniel.com/

9月30日、ライズXにてロードショー!!
シネマライズHP(ライズX):http://www.cinemarise.com/

2006/09/10/11:34 | トラックバック (0)
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