公開前から話題のこと欠かなかった本作は、噂に違わずプロパガンダとして傑出した出来の作品である。
誹謗、揶揄、非難――とにかくブッシュという人間の愚鈍さや無能さ、脳天気さを、あらゆる手段を用いて描き出し、
大統領の器のないブッシュが大統領に納まっているという現状の阿呆さかげんを笑い倒す。その「笑鋒」は留まるところを知らず、
ブッシュ政権の要人達をなで切りにしていくが、当初はブッシュをコケにしまくっているだけだった語りが、
気がつけば反戦と社会構造批判へと収斂される構成となっている。その手並みは実に鮮やかで、殆どムーア・
マジックと呼びたくなるほど絶妙だ。アメリカのメディアは勿論、
日本なら全面モザイクのような愚にもつかない手法を用いなければ放映できない(しない)、極めてショッキングな映像も含まれるなど、
一見の価値があることは間違いない。
ただ、個々のテーマはどれも中途半端で、情けなくなるほど掘り下げが甘い。ブッシュ一族とラディン一族との癒着など、
余り知られていない事実ですら、ろくに検証せずただ情報を垂れ流しているようにしか見えない。更に踏み込むかと思いきや、
直ぐさまブッシュを揶揄した映像にすり替わってしまう始末なのである。結局のところ、本作でムーアのしていることはこういう事なのだ。
『ねえ、君達、ブッシュ一族はラディン一族とこんなコネを持ってやがるんだぜ!知ってたか?何、知らない?そうか、でも、
これ以上言わなくてももう分かるだろ、奴らの本性がさ!で、ぶっちゃけ君達はこのことをどう思う?』
本作は大衆を啓蒙する作品ではなく、大衆をムーア自身の主観に誘導する作品でしかない。確かに本作では、
イラク戦争の大義の無さと不毛さが明言されてはいる。恐らく、政府が当時喧伝した「人道的空爆」の欺瞞を、
初めて目の当たりにしたアメリカ人が少なくないことを鑑みれば、それだけでも十分価値があると言っていいのかもしれない。それは逆に言えば、
前回の大統領選、911後の反テロル団結、イラク戦争容認と、
悉く右肩並びの追従報道に終始してきたアメリカのジャーナリズムに対する痛烈な批判でもあるだろう。
ムーアが言わんとしていることは概ね正当なことだと思うし、はっきり認めれば、ムーアの主張は実はよく分かるのだ。けれども、
どうしても筆者はこの作品を評価する気にはなれない。それは、素材の扱いが雑とか突っ込みが浅いとか、そういった作品の「質」
以前の問題なのだ。
この作品を評価する人は気がついているのだろうか?本作の用いた手法――曖昧な情報で危機感を煽り、
一定のムードを醸成することで自説を認めさせるという手法――が、まさにブッシュ政権が用いた手法と同じであるということを。
敵と同じやり方をして、一体どうして敵を非難できるのか?情報操作を批判するのに情報操作を積極利用する?これは明らかな矛盾であり、
ムーアはこの矛盾に対して回答すべき義務があると思う。それが出来ず、単に言いたいことを手段を問わずに言っただけなのであれば、
これほど大衆を馬鹿にした作品はないということになるし、ただのネガティブキャンペーンと大差ない代物にすぎないということになるだろう。
(2004.8.24)
主なキャスト / スタッフ
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