アニメを原作にした実写映画としては、『CASSHERN』と『キューティーハニー』は、陰と陽のような関係にある。
陰気なパラレルワールドで、真の敵すら定かでない戦いを繰り広げる血みどろ新造人間キャシャーンと、ファミリーマートのおにぎりが大好きで、
万年係長の松尾スズキを上司に持つ派遣社員で、ロリータフェイス&ナイスバディで、底抜けに明るいアンドロイド、ハニー。どちらの主人公も、
人為的に作り出された「正義の味方」ながら、キャシャーンは世界征服を企む悪党を倒すために戦い、
ハニーは誘拐されたオジサマや友情を育んだ女友達のために戦う。
『CASSHERN』がアニメーションの手法をあくまで「援用」する形で、世界平和を訴えた深刻な戦争映画とするならば、
『キューティーハニー』は、アニメーション特有のキャラクター設定、物語展開、台詞、それから画面構図、カット割、テンポ、
音楽にいたるまで、すべてを忠実に「実写」に移し替えながら、イノセントなエネルギーで客を楽しませようと腐心した痛快な娯楽映画である。
アニメーションにも庵野秀明監督にもあまり思い入れのない筆者だが、この映画は面白かった。
サトエリ・ハニーに対して苛立ちを覚える客も中にはいると思う。コスプレして「不思議系キャラ」になりきった、
ややトウのたった女の子にしか見えないからだ。実際、こんな女子が身近にいたら敬遠したくなるだろう。露出度の高い恰好をして、
何かというと小鳥のように首を傾げたり、「んじゃ!」とまっすぐ手を伸ばして別れを言ったり、始終きゃぴきゃぴして生きねばならないとは、
なんと痛ましいことだろう。冒頭、風呂に入ったハニーの目線でサトエリのお湯に濡れた太ももが映し出される。その太ももを仔細に眺めると、
産毛の毛穴が見えるのだ。それは、バドガールの生足を間近で見てどきまぎしてしまうような劣情をこちらに催させる。
成熟した女性のエロティックな肉体を持ちながら、非現実的なアニメキャラになりきる――。やはりその違和感は強烈なのである。
しかし女優・佐藤江梨子は「なりきること」に対する一切の迷いを捨て去ることで、あるいはどぎつく漂ったかもしれない「お色気」
を相殺することに成功している。この映画のような世界を成立させるには、演出家の手腕だけではなく、
役者の潔い覚悟が必要だったのではないかと思う。これはかなりの難役だったのではなかろうか。佐藤江梨子、お見事と言うほかない。
プライドが極度に高い女警部を演じる市川実日子のなりきりぶりも見所のひとつだ。強い上昇志向を持ちながら、
本当は人のぬくもりに飢えているキャリア女性、という類型的な設定を説得力豊かに演じきっている。彼女のきっぱりとした佇まいと、
ハニーの柔らかな存在感が好対照をなし、愛らしい映画の表層を盤石に固める。迎え撃つのは篠井英介、手塚とおる、
新谷真弓といった名だたる演劇人たちなのだが、舞台上での大仰な芝居に慣れている彼らは、戯画的な世界の中でこそ、
そのメソッドを存分に活用できるのだろう。特撮番組のような画面にぴたりと収まった巧みな演技を披露している。『CASSHERN』
でも重要な役で出ていた及川光博がここにも顔を出しているのだが、この人は凄い。何が凄いかは見てのお楽しみだが、あまりの唐突さに、
個人的には爆笑させられた。
東京タワーをモチーフにした、決戦の舞台となるビジュアルは、『エヴァンゲリオン』で天空からまっさかさまにぶら下がる都市、
という驚異の映像を考案した庵野監督にしてはダサすぎる。しかし、そのくらいのダサさが、
臆面もない友愛を謳い上げる涙々のクライマックスにはうってつけなのだろう。アニメ映画特有の、
恥ずかしいけれどもストレートで力強い感動が、このクライマックスには漲っている。ここは泣けます。それからラスト、
ハニーの表情に漂う一抹の寂寥――。アニメの美少女キャラの命運を思って胸が苦しくなるというこの気持ちは、
筆者にとってあまりに意外なものだった。そのせいか、この映画に対しては、なんだか甘く甘く接したいという気がするのだ。
そういう感情を喚起させるスウィート&ラブリーな映画なのである。
すべての場面に横溢するアイデアの奔流は、天才アニメーターの面目躍如だ。最初の十五分間の怒涛の展開を見るだけでも十分元は取れる。
元となったTVアニメが好きな人にとっては、何箇所か欣喜雀躍する場面があるだろう。老若男女とわず、
騙されたと思って劇場へ駆けつけることをお勧めしたい。
(2004.5.9)
主なキャスト / スタッフ
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