クリーブランドの病院で書類係をしながら、自分を取り巻く日常を脚本にしたため、『アメリカン・スプレンダー』
というコミックに仕立て上げたハービー・ピーカー。作画を担当したのが、サブカル界の重鎮ロバート・クラム
(一昨年公開されて話題になったドキュメンタリー映画『クラム』(02)の主人公その人だ)ということもあり、
ハービーの漫画は一大ブームを巻き起こす。TVのトークショーにも出演して人気を博すハービーだが、慎ましい病院勤務を辞めようとはしない。
ウソのない言葉や感情を発信していくためには、クリーブランドの片隅での陰鬱な暮らしが必要だからだ――。
そんなオルタナティブな創作活動に半生を捧げた男の、えもいわれぬ情感の漂う個人史映画である。
「アメリカの輝き」というタイトルが、アメリカの暗い現実を皮肉ったものであろうことは容易に察しがつく。
主舞台となるクリーブランドはいつも寒々しく荒涼としているし、冴えない風貌の主人公は、誇大妄想で皮肉屋で神経質と、
さながらブルーカラーのウディ・アレンといった風情。そんな彼の日常がハッピーなわけもない。
友人といえば「自閉症すれすれ」のオタクとその他のオタクだけ。元ファンのブサイクで気まぐれな嫁は、
恵まれない子供たちの救済にのめり込んでいる。夫婦は犬も食わぬ仲たがいを繰り返しては、すぐに元の鞘に戻る。
うんざりするほど卑近な人物が満載の個人史なのだが、その幕切れは意外にもしみじみと温かい。「人生まんざら捨てたもんじゃない」――
こう形容すると陳腐だが、確かにそんな気分にさせてくれる映画なのだ。
映画そのものはずいぶん風変わりな方法論をとっている。ハービー本人のインタビューが大幅にフィーチャーされ、
ナレーション的な役割を果たすのだが、それに留まらず、本作品を撮影しているスタジオや現場、
スタッフまでもが当たり前のようにキャメラに映し出されるし(それらはもちろん、"当たり前"に見せかけているだけなのだが)、
時にはハービーを演じる役者とハービー本人とが、スタジオの中でぼんやり休息をとっていたりする。この趣向を凝らした演出、
意外にも抵抗なく受け入れられるだけの滑らかさがある。ハービーは虚構への懐疑を創作の起点とした作家である。
そんな人物を被写体にする上では、これがもっとも誠実で的確な方法だったということなのかもしれない。
確かに純粋なフィクションの主人公として扱うには、彼の半生はそれほどドラマティックではない。
多くの人々の人生がドラマティックではない程度に。
出っ張った腹、ハゲ、神経質そうなギョロ目、という悲惨な風貌の俳優がポスターに出ている時点で、見る気が失せる人も多いことと思う。
おまけに本作の主人公である漫画原作者・ハービー・ピーカーの名前は日本ではほとんど知られておらず、映画の原作となった『アメリカン・
スプンレダー』自体、いまだに出版されていない有様だ。したがって、何やら胡散臭い実験映画を見せられるのではないか、
という杞憂を持つ方も多いだろう。
だが、人物同士の情愛が細やかに描かれる終盤において、作品のメッセージは明確になる。予想されたシニシズムとはまるで無縁の場所で、
全ての人の人生に宿っているであろう、ささやかな「輝き」を称美すること――。それがこの映画の狙いであり、
狙いどおり成功させたことだと言っていいと思う。映画によって、人生や自分の周囲の人々を慈しむ気持ちを喚起させられる経験。
それが悪かろうはずもない。弱気になっている人こそ必見の映画かもしれない。寂寥感漂うキャラメル色の画面と、
全編に流れる趣味の良いブルースやジャズも心地よい。
(2004.6.20)
主なキャスト / スタッフ
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