(2004 / アメリカ / トニー・スコット )
また一つ、孤独な深夜に寄り添う映画が生まれた

膳場 岳人

 トニー・スコットである。『トップガン』で大ヒットを飛ばし、トム・クルーズをハリウッドのスターダムに据えた実力者だ。 『ビバリーヒルズ・コップ2』でお洒落な映像美に執着して、前作の泥臭さを愛していたファンをガッカリさせた"映像派"だ。 どうしようもなく薄味な『デイズ・オブ・サンダー』で、堂々と『トップガン』の二番煎じをやらかした商売人だ。大味だが、 何度観ても飽きない復讐劇『リベンジ』(『マイ・ボディガード』はこの映画に良く似ている)を撮って、タランティーノを喜ばせた才人だ。 そのタランティーノが脚本を書いた、若々しい『トゥルー・ロマンス』で、幅広いファンを獲得した八方美人だ。 80年代後半から90年代のアクション映画を牽引したシェーン・ブラックの脚本を、最高の相性で調理した『ラスト・ボーイスカウト』 の職人だ。クラシカルな臭気の脚本を、今ひとつ活かしきれなかった『クリムゾン・タイド』で、(デンゼル・ ワシントンの正義漢役って退屈だなあ)と思わせた罪作りな人だ。デ・ニーロにストーカーを演じさせるという爆笑モノの着想の『ザ・ファン』 で、地味な話をせいいっぱい底上げし、あたかも超大作であるかのように振舞った大ボラ吹きだ。痛快な結末を用意した『エネミー・オブ・ アメリカ』で、B級映画ファンを狂喜させた気のいいオッサンだ。ブラッド・ピットとロバート・ レッドフォードという夢のような共演を実現させ、『スパイ・ゲーム』という快作をモノにした映画監督だ。

 このところ質的に上り調子だった彼が、ハリウッドで最高の脚本家、ブライアン・ヘルゲランドと手を組み、クリストファー・ ウォーケンやジャンカルロ・ジャンニーニらが出演するハードボイルド映画を撮る! 個人的には、胸騒ぎを抑えきれない企画だったわけだが、 原作の『燃える男』(A・J・クイネル著)ファンには、すでにこの「結果」は見えていたのだろうな……。幸か不幸か、 筆者はこの原作を読んでいない。なので、これがどういった物語なのかよく知らないまま映画に接することになった。確かにこれは『マイ・ ボディガード』などではなく、『燃える男』だ。いや、前半は確かに『あたしのボディガード』でいい。でも後半は『ぶち切れる男』だ。 『猪突猛進の男』だ。そして、あまりこういう揶揄はしたくないが、……『うっかり八兵衛』だ。見た人には分かってもらえると思うが。

 米軍で対テロ活動に明け暮れていたせいで心を病み、酒びたりになったデンゼル・ワシントンが、護衛を務めることになったダコタ・ ファニングとの交流で、人間らしい心を取り戻す……というのが前半のお話。そこまでの描写にたっぷり一時間が経過。これはダコタ・ ファニングの愛らしさを求めて映画を見に来た人に対するサービスみたいなものだろう。 確かにこの娘のあどけない瞳と歯並びは本当に可愛らしい。でも、ケビン・コスナーの『ボディガード』みたいな映画を求めて劇場に来た人は、 デンゼルとダコタが力をあわせて挑んだ「水泳大会」の優勝場面あたりで、劇場を出て行くことをお勧めします。後半、映画は一転、 凄惨な復讐劇に転じていく。ダコタ・ファニングが闇組織に誘拐され、身代金の受け渡しに失敗したことから、ぶっ殺されてしまうのだ。

 ダコタ・ファニング虐殺、という展開のもたらす衝撃は計り知れない。それがいかなるカラクリの為すものかは大体想像がつくにせよ、 そういう前提で物語を進めていくということ自体が掟破りだろう。さあ、デンゼル、ぶち切れです。「君がくれた新しい命を、君のために捧げる」 とか何とか言って、銃を手に取る! 元殺人兵器としての経験と技術を生かし、メキシコ・シティのならず者たちを恐怖のどん底に叩き落す!  主人公を良く知る友人役のクリストファー・ウォーケン(好演!)によれば、彼は「殺しのマスターピースによる生涯の名作」 を完成させようとしているらしい。そういうわけで、見るも無惨な殺害方法が次から次へと続出。デンゼルは「事件に関わった人間は皆殺し」 というルールを自らに課したため、登場人物の実に半数近くが地獄行きという、胸のすくような展開を見せてくれます。 殺しのバリエーションも豊かで、ロケット砲で車ごと吹っ飛ばしたり、ケツに爆弾突っ込んで爆殺したり、指を一本一本切り取った挙句、 崖の上から突き落としたり、その容赦ない殺戮のオデッセイには、呆然としながら拍手を送るしかない。できれば、前半部分を二十分程度に収め、 残り七十分をこの調子で飛ばし切って欲しかった。二時間二十六分という上映時間は、端的に言って長すぎる。

 総体としては肩透かしを食らうほどシンプルな復讐劇であり、誘拐劇そのものの仕組みに多少の巧緻さはあるにせよ、「ひねり」 といったものは皆無だ。ブライアン・ヘルゲランドとトニー・スコットとの相性は総じて良くないと思う。 派手な映像とMTV風の若作り編集で鳴らすスコット監督のケレンは、 カッチリした構成の行間に人間味を滲ませるヘルゲランドの味わいを完全に殺している。しかし、 聖書からの一節が会話の中に巧みに引用されたり、デンゼルがダコタに聖ユダ(「裏切り者」の彼とは別人)のペンダントをプレゼントされたり、 誘拐犯の一人が聖母像の前で罪を"告白"してから果てたり、ヘルゲランドらしい宗教的な記号の配置は相変わらずで面白い。中でも、主人公が 「犠牲」のような役割を担う重々しい終盤には素直に驚かされた。身の毛がよだつほどダーティで厳粛な雰囲気が立ち込め、 この映画が実は傑作になりえたかもしれない可能性を露呈する。しかし、「傑作になったかもしれない活劇」というものは、 往々にして土曜日の深夜に民放で繰り返し垂れ流され、孤独な男の夜を安らかに満たしてくれるものだ。そう、これまでトニー・ スコットが手がけてきたすべての映画がそうであるように。そういう意味で、 この映画がこの世に生まれたこと自体は祝福したいという気分である。

(2004.12.20)

2005/04/30/19:52 | トラックバック (0)
膳場岳人
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