「悪趣味」で良識を挑発する反=映画

「ピンク・フラミンゴ」――恐らくある程度映画を観ている人間なら誰もが一度は必ず目に(耳に)するタイトルではないだろうか。その下品さで観る人間の顔をしかめさせずにはおかない最低映画のリーサル・ウェポン。これほど悪趣味な映画はこれ以前にはなかったし、これ以降にも決してありえないであろう、まさに唯一無二の絶対的な映画である。
かく言う筆者も随分昔にビデオを観て以来、その「ピンク・フラミンゴ体験」は殆どトラウマと化していたのだが、今回ノーカット無修正版(一部修正あり)のDVDが発売されるにあたって再見したところ、思いの外冷静に――なぜなら今回は無修正だし！内心ビクビクだったのだ！――観ることができて驚かされた。そして、今更ながらこの作品の「悪趣味」という印象だけが、随分一人歩きしていたことに気がつかされた。

だからと言って、本作の悪趣味さや下品さ、下劣さが薄まったというわけではもちろんない。相変わらず顔をしかめたくなるド変態描写のオンパレードなわけだが、今回再見してみてよくわかったのは、この作品が「反＝演劇」、いわゆる「アンチ・テアトル」と呼ばれる方法を映画に持ち込んだ「反＝映画」そのものである、ということだ。

「アンチ・テアトル」と聞くと、「ゴドー待ち」で有名なベケットなどの「不条理劇」を真っ先に想起される向きも多いかと思うが、これは文字通り「演劇らしくない演劇」のことで、演劇における前提を否定する演劇のことを指す。その歴史はかなり古く、娯楽が劇場や大道芸的な見世物しかなかった中世ヨーロッパの道化師達にまで遡ることができる。彼ら道化師達は、大衆受けする下ネタで「姦淫」を禁じる教会という権威をコケにしたのである。

そしてこのアンチ・テアトルという方法を更に推し進めると、演劇を支える前提＝日常や常識の否定へと辿り着く。現代の道化師であるジョン・ウォーターズの狙いもまさにここにあり、彼は本作で下品、最低、最悪、グロといった神経を逆なでする映像を意図的に露出させることで、観る者の常識や意識を揺さぶろうと試みているのだ。中でも注目すべきは、彼の「戦略的な悪趣味さ」の対象がエスタブリッシュメントだけでなく、カウンター・エスタブリッシュメントにも向けられていたことだろう。
本作は、「世界で最も下品な人間」 (The filthiest person in the world)を自認するディヴァイン(とその家族)と、彼らに対抗するマーブル夫妻のお下劣対決という本当に死ぬほどくだらない(褒め言葉)内容だが、ヒッピーのクソであるディヴァイン一家とヤッピーのクソであるマーブル夫妻というまさにクソ同士の争い通じて、公開当時のアメリカで衰退し始めていたヒッピー文化にトドメの冷や水をぶっかけ、返す刀でヒッピー文化の対極であるヤッピー文化をもなで切りにしてみせているのである。

尤もジョン・ウォーターズの矛先の一つが「ヒッピー文化」という過去のムーブメントに向けられているために、本作の持っていた毒気は現在では随分と薄まって見えるのも事実ではある。それでも、里子の斡旋という慈善事業を生業にして大邸宅に住むマーブル夫婦が、実は露出狂の変態だったり、若い女を拉致監禁して子種を仕込んで「商品」を生産していたりという、エスタブリッシュメント／ヤッピーに対する痛烈な風刺や、ディヴァインの行為を嬉々として取材する俗悪なメディアに対するシニシズムなど、現在でも通じる毒気は十分残されている。
むしろ、35年という時間を経て適度に毒気が抜かれた今だからこそ、冷静に本作の本質的な価値と意義が再確認できると言えるのかもしれない。

( 仙道 勇人 )