(2004 / アルゼンチン / カルロス・ソリン)
ささやかながら、わらしべ長者

鮫島 サメ子

 地の果て。なんて言われたほうは怒るかもしれないが、日本から見れば正しく地球の裏側。 アルゼンチン南部はパタゴニア地方のお話。滅法風が強い。雨が少ない。辺境の地である。ゆえに埃っぽい。とても埃っぽい。不況である。 とても不況である。ドゴ・アルヘンティーノという種類の猟犬がいる。

 以上に尽きる映画なのだが、これではあんまりすか。以下続けます。ロードムービーである。んでもって、 冴えない中年失業者である主人公・ビジェガスの「青い鳥」となるのが、マスティフとブルドッグとブルテリアの交配種…… と聞いただけで容易に想像できる、そしてまんま想像どおりの(主人公の10倍は)威風堂々たる犬である。
 ラテン版「わらしべ長者」という惹句ほどご陽気な雰囲気はないものの、ダメダメ生活を余儀無くされていた男が、 ふとしたことで犬をもらった(というか押し付けられた)ことから、その人生が少しずつイイほうに転がり始めていくのを見るのは、 ほんとにホッとする。ただ、ゴージャスなハリウッド映画なんかとは違って、その「わらしべ」 具合がほんの少しずつなところが泣けるというか分相応というか。地味といえば地味。ヨーロッパで大ヒットした作品らしいが、ホント?

 主人公を見れば、100人が100人思うに違いない。――いいやつだ。とてもいいやつだ。でも、 引きの弱い人生を送るに違いない、と。
 観客の期待どおり、この好人物は52歳にして失業の憂き目に遭い、再就職も副業も何一つうまくいかず、 娘一家のもとに身を寄せているものの居場所はなく、解雇手当を切り崩している毎日である。痛いな。絵に描いたようなワーキング・ プアの筆者だが、職があるだけマシなのかと溜め息。また溜め息。ヨーロッパのヒットって、しみじみ身につまされたオッサン達の共感の輪、 なのだろうか。

 いや、それにしても荒涼とした風景である。生きる力を試される地である。 どうせリストラされるなら日本がいいな。この気候風土で失業はキツイ。ビンボはキツイ。涙も出ないほどキツイ。ああ、 日本に生まれてよかったかもオレ――と、スクリーンを眺めつつ思考はどんどん脇道&後ろ向き。
 登場人物のほとんどがアマチュアで固められた本作。しかも、現実の自分に限りなく近い設定を演じているだけに「らしく」 見えるのは当然なのだが、やはり監督にスカウトされ、主人公を演じたビジェガス(本名=役名)の、 52歳にしては純朴すぎるビー玉のような瞳はヘン。やっぱりヘン。本作のような容貌どおりのキャラクターも悪くはないが、 この特異な無邪気さを活かすなら、ミスマッチがすげえ効果的な鬼畜系を薦めたい。ハンニバルな彼は、アンソニー・ ホプキンスの10倍は怖いに違いない。

 ともあれ、右往左往している人類を尻目に完璧な犬格を漂わせる猟犬の意外な弱点や、己に降りかかる 「運命」をすべて受け入れる(というか、何も考えてない)主人公の軽~いフットワーク、 誰も悪いヤツはいないのにささやかな幸福の実現すら容易ではない浮き世の不思議等々、たしかに男性諸氏、 とりわけ人生の辛酸をそれなりに嘗めてきた世代の琴線に触れる要素には事欠かない。本作は世界中のそんなオッサン達に捧げるほろ苦いお伽噺、 なのだろう。

(2007.4.25)

ボンボン 2004年 アルゼンチン
監督:カルロス・ソリン
脚本:サンティアゴ・カロリ,サルヴァドール・ロセリ,カルロス・ソリン
撮影:ウーゴ・コラス
出演:フアン・ビジェガス,ワルテル・ドナード 他
公式サイト

2007/04/30/10:14 | トラックバック (0)
鮫島サメ子 ,今週の一本 ,「ほ」行作品
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