話題作チェック
(2004 / アメリカ / レニー・ハーリン)
P・シュレイダーの墓の上に建てられた、ありがたみのない聖堂

膳場 岳人

 私淑するポール・シュレイダーが、『エクソシスト』 シリーズの最新作を撮ると聞いた時は頬が緩んだものだった。禁欲主義と予定説で知られる厳格なカルヴァン派の家庭に生まれ、 映画を見ることすら禁じられた不自由な環境に育った彼は、その反動からか、大人になってから憑かれたように映画にのめりこみ、 やがて人間の罪業を根こそぎ抉り出すような荒々しい脚本を書き、撮り、批評する、高名な脚本家/映画監督/映画評論家になった。 『ローリング・サンダー』『タクシー・ドライバー』『ハードコアの夜』(兼監督)『レイジング・ブル』『最後の誘惑』etc…… 軒並み傑作である。

 彼が描く業の深い罪人たちの物語には、当然ながら「神」の問題があらゆる形をとって現われる。誰からも見捨てられ、 ぶくぶく太っていくジェイク・ラモッタを凝視するキャメラは、最後まで彼を見捨てない、神の慈愛のまなざしというべきだし(『レイジング・ ブル』)、ポルノ映画に出演していた娘をギャングの魔窟から救出した熱心なクリスチャンの男は、 彼のために力を貸してくれた娼婦を魔窟へ置いてきぼりにするしかない(『ハードコアの夜』)。生きていることそれ自体が罪だ、 といいたげなその鬱屈した物言いは、根強い原罪意識に囚われるポール・シュレイダーの内面を反映しているように思える。しかしまあ、 そうした"高尚な"主題が、安っぽく劇画的な状況設定と、猥褻で下品なセックス&バイオレンス描写によってしか立ち顕れないところに、 彼のB級グルメ的な個性と持ち味があるのだった。

 そんな彼が、あの『エクソシスト』を撮る! 「2」のことはあまりよく覚えていないので言及は避けるが、「3」という、 背筋がぞくぞくするような(怖いというよりは面白すぎて)不可思議な傑作が存在する以上、聖と俗が矛盾なく共存するシュレイダー先生も、 安楽な雇われ監督に徹するわけにもいくまい。悪魔の誘惑によろめきながらも、射精まがいに聖水をまき散らす、 脳の血管が何本かぶち切れた狂気の神父の物語を撮るにちがいない……『エクソシスト~ザ・ローリング・サンダー』という副題の映画を…… と思ってわくわくしていたら、試写を見た映画会社の重役に「血が足りない」 という理由であっさり降板させられたという仰天ニュースが飛び込んできた。しかも、後任は偉大なまでに空疎なぼんくら監督、レニー・ ハーリンだという。これがジョークでなくてなんであろうか。ああ重役よ、あなたはなぜポールをお見捨てになったのですか……。いや、 例によって地味で暗くて語り方の下手糞な退屈な映画だったんだろうけどさ。

 それでも冒頭、荒野を埋め尽くす十字軍の死屍累々がスクリーンに映し出され、「逆十字架」の列がずらりと画面に姿を現わした時は興奮した。 逆十字架といえば、12使徒のリーダー格であり、初期キリスト教の布教に大きな役割を担ったペテロが磔にされた十字架だ。 なんとも不吉なビジュアルであり、一説によると悪魔崇拝の象徴でもあるらしいが、実際には、殉教の場に臨んだペテロが 「イエスさまと同じ十字架など恐れ多い」と自ら望んだこととされている。周知のとおり、「エクソシズム=悪魔祓い」 はカトリック特有の秘儀であり、カトリックの総本山がバチカンだ。バチカンのサン・ピエトロ大聖堂は、 逆十字架で磔になったペテロの墓の上に建てられている。映画史的には、マーヴィン・ルロイ監督の超大作『クオ・ヴァディス』に、 その強烈な殉教場面が出てくる。そんなこんなで、『エクソシスト』シリーズの劈頭を飾る場面としては、 これ以上ないインパクトを放つ導入部だったわけである。

 ……がしかし。面白いのは冒頭五分まで。メリン神父の棄教と信仰の復活を主軸にしているにもかかわらず、 彼の存在は記号的にしか捉えられておらず、"いかにして見せ場を連続させるか"という命題だけに注意が払われている、 お手軽なハリウッド製ホラーなのだった。撮り方によってはいくらでも「人間の愚かしさ=悪魔の思う壺」と描けたはずの、 イギリス軍と現地人との戦争場面も、『ダイ・ハード2』や『ロング・キス・グッドナイト』での、雪原での撃ち合いとたいして変わらない。 中盤判明する教会の裏工作など、考えれば考えるほど間が抜けている。「1500年前に砂に埋もれた建築物が、 今もまったく風化していないのはなぜ?」「村人全員が疫病で全滅した。では、その墓を建てたのは誰?」という謎が提示され、 まるで面白みのない回答が導きだされる。しかし、そもそもナゾナゾとしての魅力がないではないか。

 やがて、主人公と「堕天使」との類似点が明らかにされるわけだが、存在すら怪しいルシファーだかなんだかより、 主人公に棄教を決心させるほどの強烈なトラウマを植え付けた、ナチスのほうが圧倒的に恐ろしい。ハイエナやら蛆やら子供やらに乗り移って、 ケニアの小村を殲滅(自滅)に追い込むのがせいぜいのルシファーにひきかえ、神に仕えるメリン神父に、 信じ難い選択を迫るナチスの悪知恵にこそ、悪魔は宿っている。それが何かはここでは述べないが、 主人公のトラウマがあまりにショッキングなものであるがために、ルシファーの所業すべてを矮小化するというミスは致命的だ。さすがに 「まずい!」と思ったのか、音響と編集で「工夫を加えた」程度の"驚かし"がちょこまかと映画を彩っている。 幼い子供がハイエナに食い散らかされる場面や、蛆まみれの赤子が誕生する場面などはかなりえぐい。しかし、時すでに遅し。名匠・ ヴィットリオ・ストラーロのキャメラをもってしても、この映画を救うことはできなかった。

 故・ジョン・フランケンハイマー監督が撮る予定だったこの映画は、代打で呼ばれたポール・シュレイダーの監督生命をも奪った。 その墓の上に北欧出身のレニー兄ちゃんが建てた『ビギニング』という聖堂は、目を覆うほど悲惨な建築ではないものの、 ありがたみを感じさせるものは何もない。ポール・シュレイダー版『エクソシスト・ビギニング』の公開を切望する!

(2004.10.20)

2005/04/30/06:51 | トラックバック (0)
膳場岳人 ,話題作チェック
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