特集

『ポルトガル映画祭2010』開催によせて

特別寄稿:七里圭 (映画監督・脚本家)

『春の劇』
マノエル・ド・オリヴェイラ監督『春の劇』
今夏は、実在しない百歳以上の話題が世間をにぎわしましたが、ポルトガルには百歳を超えてなお現役の映画監督がいます。マノエル・デ・オリヴェイラ。その初期の重要作品が、間もなく開催するポルトガル映画祭2010で多数上映されるのを、僕は心待ちにしています。

オリヴェイラは、破格の映画作家です。彼が歩んできた道のりは、他に例を見ません。史上最高齢の監督が生まれたのは、今年生誕百年を迎えた黒沢明の二年前。そのキャリアはサイレント時代に始まります。弱冠23歳にして短編『ドウロ河』(31)で監督デビューするのですが、しかし、長編一作目『アニキ・ボボ』(42)を撮るまでに十年を要し、さらに二作目『春の劇』(63)を発表したのは、二十年後の55歳です。常識的な人生であれば晩年と言える、60歳を過ぎて創作のペースが上がり、80歳を超えてからは、ほぼ毎年コンスタントに新作を発表して、現在に至ります。

まるで老いに反比例する如く、加速していく作品歴は、すでに常軌を逸しています。この奇蹟のようなフィルモグラフィーに、刻まれた映画それぞれが、やはり破格なのです。僕は、凄いものに接したときの最大賛辞として、つい、「狂っている」と評してしまうのですが、オリヴェイラの作品と出会ったときが、まさにそうでした。初めて観たのは、『アブラハム渓谷』(93)。その静謐かつ濃厚な官能性に酔いしれた後に、これが85歳の老人のまなざしが生んだものだと気づいて、日比谷シャンテの階段を降りながら、くらくらしてしまったのを覚えています。「ああ、狂っている」と。
『ブロンド少女は過激に美しく』
10月公開 『ブロンド少女は過激に美しく』
そして賛辞を超えて、オリヴェイラの映画は狂っているのだと、僕は思います。そこに感じる狂気について、何と説明すればいいのでしょう。例えば、作家の古井由吉が、確かムージルについての文章で、こんなことを書いています。「本当に凄まじい狂気とは、日向の縁側に座って、静かに庭を眺めながらお茶でも啜っている、老人の頭の中にあるのではないか」。百年の熟成を経たオリヴェイラの狂気は、洗練を極めて風格を築き、もはや狂っているとは誰も指摘できぬ、高みに達しているのです。

10月に公開されるオリヴェイラ100歳時の監督作『ブロンド少女は過激に美しく』(09)が、やはりそうでした。白いカーテンが風にそよぐ窓。同じフレームで切り取られるポルトの町の夕暮れ、夜、早朝。何もかも完璧で無駄のないショットによって、極上の皮肉とユーモアがつづられていくのですが、圧倒的に異様。破格なのです。
こうしたオリヴェイラの破格ぶり。それがまだ初々しかった時代の諸作品が、今度のポルトガル映画祭で上映されます。これは見逃すわけにはいきません。中でも注目は、日本初公開の『春の劇』でしょう。二十年のブランクを経て監督復帰した、この長編第二作から、おそらくオリヴェイラの異様さは、覚醒したのだろうから。
そして、この作品の助監督に、ポルトガル現代詩を代表する詩人アントニオ・レイスの名がクレジットされているのも、気になるところです。彼が共同監督した『トラス・オス・モンテス』(76)は、ペドロ・コスタにも影響を与えたという伝説的な映像詩。今回上映されるので、必見です。

『トラス・オス・モンテス』
『トラス・オス・モンテス』
さて。そのペドロ・コスタは、ポルトガル映画史におけるオリヴェイラの突出した存在感について、こんな風に語っています。「もし日本映画の巨匠が、溝口健二しかいなかったとしたら、と考えてみて下さい……」。つまり、ポルトガル映画にはオリヴェイラしか、偉大な父親はいなかった、と。このラジカルな映画史観に連なる兄貴分が、ジョアン・セーザル・モンテイロです。実は、不勉強ながら、僕はまだモンテイロの作品を観たことがなく、今回のプログラムに3本、彼の映画が入ってるのが、かなり嬉しいのです。
というわけで、オリヴェイラから数珠つなぎで知るポルトガル映画を楽しみに、いよいよ来週から、フィルムセンターへ日参してしまうことになりそうです。

(2010.9.12)

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2010年9月17日(金)~10月3日(日)まで、
東京国立近代美術館フィルムセンターにて開催!

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2010/09/13/21:09 | トラックバック (0)
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