韓国映画界からまた、恐るべき才能が放たれた――

『チェイサー』のナ・ホンジン監督、『息もできない』のヤン・イクチュン監督に続き、今また韓国映画界から恐るべき才能が放たれた。その名は、チャン・チョルス。鬼才キム・ギドク監督のもとで助監督として修行を積み、2008年韓国映画シナリオマーケットで最優秀作品賞を獲得したシナリオを得て、満を持して彼が放った長編監督デビュー作が、この『ビー・デビル』だ。ある美しい孤島で、ひとりの若い女性“キム・ボンナム”に対して日常的に行われていた悲惨な虐待と、容赦なき蹂躙。それは、たった1日で島民たちを惨劇に陥れた未曾有の虐殺事件へと発展する。その日、島では一体何が起こったのか？
カンヌ国際映画祭出品他、多数の映画祭で受賞。韓国では30館スタートだったにも関わらず、口コミにより100館にまで拡大。このジャンルとしては異例の大ヒットを記録した話題作が、ついに日本上陸を果たす。

有名女優たちが恐れをなして断ったという逸話。

閉鎖的な村のスケープゴートとして生きる悲運の女性キム・ボンナムを演じたのは、実力派女優ソ・ヨンヒ。『チェイサー』では猟奇殺人犯の毒牙にかかるヒロインを儚げな美しさで演じた彼女が、今回はガラリとイメージを変え、田舎育ちの野性味と少女のようなイノセンスを備えたボンナム役を全身全霊で熱演。何人もの有名女優が恐れをなして断ったという本作の主演に自ら志願し、過激なシーンの数々にも体当たりでチャレンジしている。その圧倒的演技によって、第14回プチョン国際ファンタスティック映画祭、第30回韓国映画評論家協会賞、第8回大韓民国映画大賞、第13回ディレクターズ・カット・アワードと、国内の主演女優賞を立て続けに獲得。現在も韓国のみならず世界中から称賛の声を集めており、本作は名実共に彼女の代表作となった。そして、ボンナムの幼馴染みである都会的女性ヘウォン役を、『ハーモニー　心をつなぐ歌』のチ・ソンウォンが力演。クールな美貌の内側に脆さを抱えた複雑なキャラクターを見事に演じきり、鮮やかな印象を刻みつける。また、本作が16年ぶりの女優復帰作となったペク・スリョンをはじめ、強烈な個性に溢れた島民たちを演じる「イイ顔」揃いのキャスティングも本作の大きな見どころだ。

本当の悪魔は誰なのか？

あまりに惨たらしく、あまりにも哀しい殺人事件の顛末を通して、チャン・チョルス監督はどこまでも残酷になれる人間の醜さをパワフルにえぐり出し、凄惨なバイオレンスが爆発する瞬間を痛快なまでのカタルシスをもって描きのめす。そして、事件を食い止められたはずなのに何もしなかった人々の姿を通して、ただの「傍観者」であることの罪をも容赦なく突きつけるのだ。あなたはこの映画を観た後、はたして自分が罪なき者であると言い切れるだろうか？

チャン・チョルス (監督)

1974年生まれ。弘益大学美術学部の視覚デザインを専攻。2000年初め、日本での語学研修中にキム・ギドク監督の『魚と寝る女』（00）を観て直ちに帰国。その後、ひたすらキム・ギドクのもとを訪ね、『コースト・ガード』(01)に演出部スタッフとして参加。同監督の『春夏秋冬そして春』(03)と『サマリア』(04) で助監督を務め、クォン・サンウ主演の『恋する神父』(04)の製作現場にも参加。短編『天国のエスカレーター(原題)』(06)を監督した後、2010年に『ビー・デビル』で念願の長編監督デビューを果たす。初長編にしてカンヌ国際映画祭批評家週間に招待され、観客を熱狂の渦に巻き込み、第8回大韓民国映画大賞・第47回韓国アカデミー賞の新人監督賞他、多数の新人監督賞を獲得するという快挙を成し遂げた。

監督のことば『ビー・デビル』によせて

たったひとつの思いがけない出来事が、数千年間続いてきた人間の価値と尊厳に疑いの気持ちを起こさせることがある。

1992年1月、21歳の大学生キム・ボウンは、恋人キム・ジングァンに別れを告げる。ジングァンが理由を問いただした時、彼女はある犯罪行為を告白する。彼女は9歳の時から義理の父親キム・ヨンホから性的虐待を受けてきた。妹や母親が見ている前で、父親はポルノビデオを見せながら、彼女にそのテープと同じ行為をするよう強要していたのだ。それを知ったジングァンは義父・キム・ヨンホのところに向かい、チュンジュ市の検事局総務部部長を務めていた彼に恋人・ボウンを自由にしてくれるよう懇願する。しかし、ヨンホは、「ふたりを逮捕することもできる」と傲慢に豪語した。それに激怒したジングァンは、彼を殺害してしまう。これは人間の中に潜む悪魔がなせる業だったのか？こんなことはもう二度と起こらないと、あなたには言えるだろうか？

2004年、2週間後にクリスマスをひかえたある日、密陽市の10代の少女に対する性的暴行事件が韓国内に衝撃をもたらした。女子中学生パクが、別の中学生から1年以上にわたって性的暴行を受けていたのだ。

不愉快な世の中だ。なぜならキム・ヨンホのような人間がいるからだ。だがもっと恐ろしいのは、キム・ヨンホのひどい犯罪行為とボウンの苦しみをただじっと座って見ていただけの親戚や、隣人や、同僚たちが、30人から40人いたという事実である。

醜い世の中だ。なぜならパクは1年以上性的暴行を受けていたからだ。だが公聴会では、その戦慄の事件について100人以上の人間や、大半の密陽市の市民たちが、パク自身の責任として彼女を責めたてた。

丘が怖いのはヘビがいるからではない。ヘビを隠す草や木があるからだ。草原にいるワニは怖くない。沼地に潜んでいるワニが怖いのだ。悪魔が隠れているのは、壁でも、木でも、倫理でも、法律でもない。我々自身であり、我々の隣人なのだ。

この映画で暗闇から逃げようとする女性の物語を通して、僕は心から問い掛けたいと思った。「あなたは思いやりのある人間ですか？それとも思いやりをもたない人間ですか？」

チャン・チョルス監督