今週の一本
( 2009 / アメリカ / ケニー・オルテガ )
マイケルにもう一度会いたい!ファンの願いを叶えてくれた至福の映画

富田 優子

『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』1『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』2年6月のマイケル・ジャクソン急逝のニュースには全世界に衝撃が走った。未だに彼が亡くなったことは信じられない思いでいるのだが、こうして今、7月に予定されていたロンドン公演に向けてのリハーサルの様子などを収録した『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』を観てしまうと、ああ、やっぱりもうこの世にマイケルはいないんだな……と改めて実感してしまう。筆者自身はマイケルにさほど思い入れがあるわけではないにも関わらず、心に空洞ができたような寂しさを感じて目頭が熱くなったのに、大ファンの人にとってはさぞかし涙、涙のドキュメンタリー映画になったことは容易に推測できる。

“King of Pop”と讃えられたマイケルだが、その一方で数々のスキャンダルが勃発し、本来のアーティストとしての面よりもワイドショーのネタとして取り上げられることが多かった。特に近年はその傾向が顕著化し、マイケルをまるでモンスターかのように、彼の顔の整形疑惑や2度の結婚・離婚、3人の子供に関することなど、ことに私生活に関しておもしろおかしく報道していたように感じる。

だが、そんなことがいかに馬鹿げたことであったかということが、本作を観ていると理解できる。確かにマイケルが、自分の意思に反して数々のゴシップネタを提供してしまったのは事実だが、それだけで彼を評価するのは大きな誤りなのだ。
本作で映し出されているのは、アーティストとしてファンに「非日常」を提供しようと完璧を追求するマイケルの姿だ。より良いものを生み出そうと舞台監督をはじめ美術や照明のスタッフと議論したり、ダンサーやバックミュージシャン達にアドバイスする表情は真剣そのもの。そんなマイケルについて、スタッフ達も異口同音に、彼のアーティストとしてのたぐいまれな才能や謙虚な人柄を大絶賛し、そんな彼と一緒に仕事ができることが嬉しくて誇らしくてたまらないことが伝わってくる。表面的な出来事をなぞるだけのゴシップネタからでは、ほとんど伝わらないような内容ばかりだ。
それにしても、マイケルの言う「非日常」という言葉には、筆者は激しく同意した。ミュージシャンのコンサートに行く最大の醍醐味は、大好きなミュージシャンを生で見て一緒に盛り上がることだと思うのだが、そのことで現実を逃避できるというか、熱に浮かされて夢のなかにいるような感覚に包まれる。これこそが「非日常」だ。マイケルは自分を愛してくれるファンのために最高の「非日常」を演出しようと、そしてそのためには一切の妥協を排除して、努力を惜しまない姿勢を見せている。体のキレや機敏な動きにはこれまでのブランクなどを一切感じさせなかったのには、正直なところ、とても驚いた。恐らく表舞台に出てこなかった時期でも、秘かに努力を怠らなかったのだろう。そんな姿に圧倒され、頭を下げたくなるほど畏怖の念を感じ、改めてマイケルの偉大さを思い知らされた。

『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』3本作はこれでもか!とばかりにマイケルへの愛に満ち溢れているが、それは当然かもしれない。ロンドン公演の舞台監督でもあったケニー・オルテガが本作の監督だ。多くのドキュメンタリーに見受けられるような、部外者である撮影クルーが取材対象者に密着したということではなく、本作の場合は、オルテガ監督自身がまず「チーム・マイケル」の一員であって、マイケルを外側から眺めているのではなく、「チーム・マイケル」の内側からチームの核であるマイケルを捉えている。リハーサルの時点ではまさかマイケルが急に亡くなるなんて誰もが想像しなかったことだし、ドキュメンタリー映画をつくる目的で撮影されたものではないからとても自然体に捉えつつも、チームの熱気がきちんとカメラに収められている。
そのためもあり、マイケルがリラックスしてスタッフと談笑したり、彼らに的確な指示を与えているシーンにも、まるで自分自身も「チーム・マイケル」の一員となって、スクリーンのなかに入り込んだかのように錯覚してしまう。特にマイケルのファンというわけでもない筆者ですら、その錯覚に否応にも気持ちが高ぶるのだから、ファンにとっては陶酔ものの時間だったことだろう。

このリハーサルの様子はゲネプロではないので、「ビリー・ジーン」のために用意していたスワロフスキーのクリスタルを散りばめた衣装を着けたマイケルや、「スリラー」のために3Dで撮影し直した映像をバックにして、彼が歌い踊る姿というような、完成型のものを観ることはできない。(もしかしたら実際にはゲネプロに近い形の映像も残されているのかもしれないが。)彼の熱の入れようを考えれば、完成したコンサートを観てみたかった思いは募っていく。ただ、前述したようにスタッフと議論しながらリハーサルを重ねるマイケルの様子から、彼のコンサートのつくり方を通して、ファンを「非日常」の世界にいざなうためなら努力を惜しまない人ということがよく分かる。(仮にゲネプロの映像があったとして)ゲネプロの様子をそのまま映画として流すことよりも、マイケルのパフォーマンスに対する努力が並々ならぬものだったということを伝えるためには、本作で納得するまで何度もリハーサルを重ねていく姿のほうにフォーカスしたのは、正しい選択だったと思う。

『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』4『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』5もう一つ、残しておきたいマイケルの姿がある。それは人種差別、貧困、戦争、環境破壊等に心を痛め、地球上のあらゆる人間が悩みや苦しみから解放されて、幸せに生きてほしいという思いを抱いていたことだ。それを象徴するかのように「HEAL THE WORLD」をエンディングに使用することで、マイケルのそんな願いをより強調することに成功している。「世界を癒して、あらゆる人のためにより良い世界をつくりたい」という思いを、マイケルは歌詞だけにとどまらず、本気でそう考えていた。彼が語る言葉の端々から音楽というツールを通してより良い世界をつくりたい、という彼の熱意が手に取るように分かる。

だが結果的に、マイケルがそういう世界を見ることなく亡くなってしまったことが、つくづく残念でならないのだけど、その一方で、ゴシップネタに目を奪われて彼の真実の思いに気づいたのが、こうして彼の死後になってしまったということにも、悔しい思いで胸がいっぱいになる。そんな自分のこともイヤになるが、マイケルの私生活を興味本位で取り上げて、ヒートアップした報道を繰り返してきたマスコミに対しても腹立たしく感じる。恐らくマイケルも自身の中傷記事について、自分の真意が理解されない怒りや悔しさや悲しさを感じていたのではないだろうか。そして普通の人間ならば、そのような状況に追い込んだ者に、いつかはリベンジしてやると考えると思う。

だが、本作ではマイケルを叩いていたマスコミや世間に対して、非難めいた発言やナレーションなどは一切ない。恐らくマイケルとて彼らを見返したい思いは抱えていただろうが、それによって他者を傷つけることは、彼自身が望むことではなったのだろう。マイケルは「愛」をとても大事にしていたから。オルテガ監督はそこに配慮して、ネガティブ・キャンペーン的なことはせずに、マイケルのありのままの姿をスクリーンに蘇らせたものと思われる。マイケルを非難してきた人達をここぞとばかりに攻撃しなくても、本作を見てもらえれば、マイケルの素晴らしさを人々は理解してくれるという自信もあったかと思う。そして、その狙いは十二分に達成された。

マイケル・ジャクソン&ケニー・オルテガ監督『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』6また本作でのスタッフのマイケルへの賛辞は、彼の死後に改めて撮影された追悼コメントなどではなく、リハーサルの合間に撮影されたものである。人間たるもの、死者にムチ打つようなことは好まないから、カメラの前ではとにかく褒めちぎる……というような打算的な性格のものではない。つまり、彼らの賛辞はリハーサル中における現在進行形のそれであり、「生きているマイケル」を深く理解する重要な要素となっている。もしマイケルの死後、本作を編集するために後追いで撮影されたような追悼コメントが映画のなかに挿入されていたら、これまでの高揚感は一気に冷めてしまい、白々しく感じたと思う。本作は、もちろんマイケルへの追悼の思いも込められているが、観客は「生きているマイケル」に会いたいのだ。その願いもまた十二分に叶えてくれて、本作をつくってくれたオルテガ監督はじめ、製作陣には心から感謝したいくらいだ。

不世出のアーティスト、マイケル・ジャクソン。彼のファンや音楽や社会問題に対する誠実な思いは、皮肉なことに彼の死によって人々に知られることとなってしまった。本作を見て、マイケルをどう評価するかは観客次第だが、彼の真摯な思いに心を打たれない人がいたら、逆にお目にかかりたいくらいだ。2時間弱の映画ではあるが、マイケルの思いがぎゅっと凝縮されていて、濃密なひとときをマイケルと過ごすことができる。まさに至福の映画だ。

(2009.10.31)

マイケル・ジャクソン THIS IS IT 2009 アメリカ
監督:ケニー・オルテガ 振り付け:トラビス・ペイン 音楽監督:マイケル・ビアーデン
プロデューサー:ランディ・フィリップス
出演:マイケル・ジャクソン
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

10月28日(水)丸の内ピカデリーほか全世界同時公開

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2009/11/03/09:44 | BBS | トラックバック (13)
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