映画祭情報&レポート
第22回東京国際映画祭(10/17~25)
アジアの風部門――追悼ヤスミン・アフマド

夏目 深雪

坂プログラミング・ディレクター(以下PD)のアジアの風は、東アジア・東南アジアだけでなく、西アジアや中東までも含むプログラミングが特徴である。東アジア・東南アジアの作品にも『旅人』(韓国、ウニー・ルコント監督、最優秀アジア映画賞受賞)、『青い館』(シンガポール、グレン・ゴーイ監督)、『チャンスをつかめ』(インド、ゾーヤー・アクタル監督)などの佳作があったものの、なかなか日本で観る機会がないトルコやイスラエルの映画にも収穫があった。『イスラエル映画史(第1部・第2部)』(イスラエル=フランス、ラファエル=ナジャル監督)は、若干慌しいものの「トラウマ社会である」イスラエルの映画が、「夢想主義である」という言葉が印象に残り、体系的に過去のイスラエル映画を観たくなった。クルド難民を描いた『私は太陽を見た』(トルコ、マフスン・クルムズギュル監督、スペシャル・メンション受賞)は、日本人がなかなか思考に及びにくい「移民する側」、「受け入れる側」双方の苦労を過不足なく描き込み、エモーショナルかつ緊密なタッチで戦争の愚かさ、いまだ根強いゲイへの偏見、家族や故郷への愛など多くのことを真摯に語りかける力作となっていた。

追悼ヤスミン・アフマド特集

今年度TIFFアジアの風では、残念ながら7月に亡くなったヤスミン・アフマド監督の追悼特集が組まれた。ヤスミン監督は2005年に『細い目』がTIFF最優秀アジア賞を受賞、2006年にはアジアの風のマレーシア映画新潮特集の中でオーキッド4部作が上映されるなど、TIFFとは馴染みが深い監督であった。祖母が日本人であるヤスミン監督は、『ワスレナグサ』という日本を舞台にした作品の製作に取り掛かっていた矢先の出来事であった。今回は、ヤスミン監督の遺作にして最高傑作ともいわれる『タレンタイム』とCM作品集、そして昨年度のTIFFアジアの風でスペシャル・メンションを受賞した『ムアラフ—改心』、そして盟友ホー・ユーハン監督作でヤスミン出演作の『Rain Dogs』が上映された。

『タレンタイム』

「タレンタイム」とは高校生たちが音楽の才能を競い合う祭典のこと。最終選考の一人に選ばれたマレー系の女子生徒メルーは、インド系の聾唖者である男子生徒、マヘシュと恋に落ちる。入院する母を毎日のように見舞うハフィスは、自作の弾き語りで予選では喝采を浴びた。そんなハフィスを敵対視するカホーは二胡の演奏でチャレンジする。メルーとマヘシュの交際に気付いたマヘシュの母親は、民族や宗教が異なるメルーとの交際を認めない。三者三様の事情を抱えたまま、ついにタレンタイムの幕が上がるが……。多様な民族、多様な宗教が混在するマレーシアの中で、常にその間の軋轢と共生を描いてきたヤスミン監督であるが、ピート・テオの音楽という素晴らしい「音」とマヘシュという「言葉と音を解さない人」という相反する素材を手に入れたことにより、ドラマツルギーは劇的に濃度を増し、抽象度の高まりは映画としてのダイナミズムの増幅に寄与したように思われる。何故なら、「使う言葉が違ったって人間はみな同じ。わかり合えるはず」というメッセージを「言葉」で伝えることは、一種の矛盾も感じさせてしまうからだ(その「言葉」はとりあえずは翻訳しないと異人種には伝わらない)。「言葉でないもの」で伝えた方がより説得力を増し、万人の心に染みわたることであろう。

実際、メルーが本番、演奏しているのを心配そうに袖から見ているマヘシュにその音が聞こえていないことに思い当たる時、母親を亡くしたハフィスのギターの音に寄り添うようにカホーの二胡の音色がかぶさる時、私たちは落涙せずにはいられない。私たちが大人になり色々と身に付ける前には全てだったようなもの、「単純に他人を思いやる」ことができ、「無私」であった「あの時」、「青春」と呼んでしまうには純粋すぎる、みなが持っていたはずの一瞬の煌きを映画は焼き付けることに成功している。

ヤスミン・アフマド監督
ヤスミン・アフマド監督
ヤスミンCM監督作品が上映された後、ミュージシャンで『タレンタイム』の音楽監督を務めたピート・テオ氏のミニライブが開催された。その後、ヤスミン監督の妹オーキッド・アフマドさん、新作『心の魔』で映画祭にも参加していて、ヤスミン監督とは友人関係にあったホー・ユーハン監督が加わってトークショーが行われた。オーキッドさんが涙ながらに「監督が誰かということはいいので、映画のメッセージだけは覚えていてください」と訴え、「姉は1日の終わりに必ず、自分の気持ちを傷つけた人を赦す、ということを自分に課していました」 と思い出を語ると、会場からも啜り泣きが漏れていた。ホー・ユーハン監督、ピート・テオ氏それぞれにヤスミン監督との出逢いと思い出などを語ると、司会の石坂PDだけでなく、通訳の方まで啜り泣きが止まらなくなっていた。最後の石坂PDの「日本にはヤスミン監督の長編映画の全てのプリントが保管されているので、今後も彼女の作品が上映される機会は多いでしょう」という言葉で会場がほっと和らいだようであった。

『ムアラフ―改心』

昨年度TIFFアジアの風で上映され、スペシャル・メンションを受賞したヤスミン5作目の長編作品。マレー人の姉妹ロハニとロハナは、虐待する父と義母のもとから逃げ出し、小さな町で2人で暮らしていた。偶然から2人と親しくなったロハナの通うカトリック学校の教師ブライアンは、自身が親から受けたトラウマに対峙していくようになる。ロハニとロハナの仲睦まじい姿は見ているだけで心がほっこりとするようで、それを優しく見守っているブライアンの風情も観客に暖かいものを残す。子供たちが親から受けた仕打ちを赦せるかという、「赦し」の物語であるが居丈高さは微塵もなく、自然な、内から滲み出るような優しさが印象深い映画。

Q&Aには妹のオーキッド・アフマドさんが登場。ロハニが父親から受けた髪を剃られるという虐待と、ブライアンが父親から受けた裸で置き去りにされるという仕打ちが生々しく、映画の中で重要な要素となっているのだが、なんと前者はヤスミン監督が父親に実際に、後者はヤスミン監督の友人の男性が実際に体験したことだという。ヤスミン監督は人種の違う人と付き合っていることで父親の怒りを買い、そのような仕打ちを受けたという。だがヤスミンはその友人男性が、両親が彼にしたことを赦せるようになってほしいという願をこめてこの映画を作ったとのこと。
マレーシアは検閲が厳しく、この映画は今までマレーシアでは上映が許可されていなかった。ロハニが頭を剃られるシーンとブライアンが裸で置き去りにされるシーンのカットを求められたが、ヤスミン監督は決して妥協しなかった。ヤスミンの死後、やっとカットなしで上映される許可が出たとのこと。

アーカイヴや特集上映

カルロス・レイガダス監督
カルロス・レイガダス監督
年恒例のアーカイヴでは昨年に引き続きキム・ギヨン監督の『玄界灘は知っている』、今年亡くなったユ・ヒョンモク監督を追悼して『誤発弾』、あと30年代上海の映画界をリードした馬徐維邦の作品などが上映され、好評を博していた。
今年は他にもワールドシネマ部門でメキシコの鬼才といわれ長編3本のうち2本がカンヌ映画祭のコンペティション部門に選ばれているカルロス・レイガダス監督の特集が組まれ、『ハポン』『バトル・イン・ヘブン』『静かな光』の3本が上映され、レイガダス監督が来日した。昨年度コンペ部門に出品した『アンナと過ごした4日間』が好評だったイエジー・スコリモフスキ監督の60年代の作品も4本上映された。
ただせっかく貴重なフィルムが上映され、トークショーやQ&Aが催されても、専門家や研究者のゲストがなく、あってもあまり縁のない監督であったりする場合が多く、「もっと突っ込んだ話が聞きたかった」とコアなファンからは不満の声が聞こえた。コアなファンだけでなく一般的な映画ファンまでを含む層の厚さがTIFFの良さであるとは思うのだが、アーカイヴや特集上映はコアなファンの喜びどころなのではないかとも思う。方向性としても一般的な映画ファンを牽引し、啓蒙する方向の方が長い目で見ると映画祭のためになるのではないか。

不況の影響で配給会社は苦戦していて、今までなら日本で公開されていたような作品が公開されなくなっている現状、映画祭の果たす役割は前にも増して高くなっていると思う。コンペ部門でも述べたが、年に一度のお祭りではない、「観せて、終わり」ではない継続的な努力がいまや求められているのではないか。各国から来た映画人たちの真摯な態度を見るにつけ、そのように実感した。
印象に残る映画は多くあったが、奇しくも筆者が今年のTIFFで最も感銘を受けた作品は、『マニラ・スカイ』と『タレンタイム』、フィリピンとマレーシアという、決して豊かさや寛容さが際立っているわけではない国からの出品作であった。厳しい状況の中でも一縷の希望を失わないような、そんな人間本来の強さに心打たれた筆者には、どうしても映画業界の現在と重なって見えた。

(2009.10.31)

コンペティション部門レポートアジアの風部門レポート

第22回東京国際映画祭 (10/17~25) 公式
追悼ヤスミン・アフマド特集
『タレンタイム』( 2009年/マレーシア/監督:ヤスミン・アフマド )
『ムアラフ―改心』( 2007年/マレーシア/監督:ヤスミン・アフマド )

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2009/11/02/00:24 | トラックバック (0)
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