映画祭情報&レポート
アジアフォーカス・福岡国際映画祭2009(9/18-9/27)
福岡発、アジアを極める地域密着型映画祭【2日目】

古川 徹

画祭の最大の魅力と言えば、やはりゲストとの対話ではないだろうか。才能あるフィルム・メーカーや先程までスクリーンの中にいた役者が目の前にいるだけで興奮を覚えるが、作品を観て感じた疑問を直接質問できるのは、正に映画祭の醍醐味である。
今回のゲスト情報を見る限り、名前を見た瞬間、思わず、おおっ!と唸るようなビックネームこそないが、侮るなかれ!
昨年上映されたフィリピン映画『どん底』のゲストとして来場したブリリャンテ・メンドーサ監督は、今年のカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞、更に先頃開催されたヴェネチア国際映画祭のコンペティションにも新作を出展という快挙を遂げている。
今年のゲストの中にも、明日のアジア映画を牽引する逸材がいるかもしれない。そんな期待を抱きながら、2日目も苦渋の選択が続く……。

『タレンタイム』(マレーシア)10:20~ エルガーラホール

タレンタイム東京国際映画祭(以下、TIFF)における「細い目」の上映は、日本の映画ファンにマレーシア映画の娯楽性と多様性を強く印象付けた。その後TIFFではヤスミン・アフマド監督の特集上映も組まれ、マレーシア映画を牽引し、独自の視線で民族間の寛容性を説く監督として期待を寄せていただけに、今年7月の早すぎる死が大いに惜しまれる。
筆者は「細い目」とその続編に当る『グブラ』の2本しか観ていないが、他の作品を鑑賞する機会を探っていた矢先のことである。

『タレンタイム』は残念ながら、アフマド監督最後の長編映画である。タイトルの“タレンタイム”とは、高校生がパフォーマンスを披露して才能を競い合う音楽の祭典であり、“タレンタイム”をめぐる高校生たちの友情と恋愛、家族愛が瑞々しく描かれる。筆者は甘酸っぱいだけの青春映画に素直に感動できる歳ではないが、本作はマレーシア映画であり、アフマド監督作品である。決して生ぬるい感動作には留まらない。
ピアノの弾き語りでエントリーするマレー系の少女ムルー、彼女は誤解を乗り越えてインド系の少年マヘシと恋に落ちるが、民族と宗教の壁に阻まれる。
脳腫瘍で入院する母を励ますマレー系の少年ハフィスは、オリジナル曲でギターの弾き語りを披露する。
二胡を演奏する中華系の少年カホーは、厳格な父に常にトップの成績を義務付けられているが、ハフィスにトップの座を奪われ、逆恨みしている。
ムルー、マヘシ、ハフィス、カホーの4人の高校生を軸に、それぞれの家族のエピソードを交えて映画は展開する。

マレーシアの人口は大まかに、マレー系6割、中華系3割、インド系1割と言われ、マレー系を中心に社会が構成されているが、単に民族だけの問題ではなく、マイノリティのインド系同士でもヒンドゥーとイスラムによる諍いが起こる複雑な状況を本作は提示する。
高校生たちが奏でる不協和音はやがて調和に転じる。その過程に特筆する程の意外性はなく、冷静に見れば予定調和である。多少無理な展開も散見される。しかし、観客にそれを許容させ、心を揺さぶる“何か”を本作は持っている。
それは「細い目」にも通じるものであり、アフマド監督が映画作家として探求し続けたものかもしれない。強いてそれを言葉にするなら、多民族国家マレーシアで不寛容という現状をしっかり見据えつつ、民族、宗教、言語に囚われず、美しいものを無条件に受け入れる柔軟性であり、そして寛容性ではないだろうか。

生前、アフマド監督は『ワスレナグサ』という日本を舞台にした新作の準備を進めていた。この作品を観ることができないのは残念至極であり、彼女の遺志を継ぐ映画作家がマレーシアから現れることを願いたい。 本年のTIFFにおいて、『タレンタイム』を含むアフマド監督の特集上映が予定されている。私自身も観逃していた作品を追い掛けるつもりである。

『崖っぷちの女たち』(香港)13:30~ エルガーラホール

崖っぷちの女たちご参考までに、本作の原題は「性工作者2 我不賣身・我賣子宮」。文字通り“性工作者”とは性的なサービス業の従事者であり、以下省略するが、猥雑さは伝わるであろう。
香港の街角で客を取り、体を売る女ライ、既に39歳。そろそろ現役引退を考えている。
香港での“玉の輿”を夢見るも、辛うじて日雇い労働者と結婚し、未亡人となったリンファ。お腹には二人目の子供を身ごもり、香港で暮らす当てはないが、大陸に帰りたくはない。
“崖っぷちの女たち”とはライとリンファであり、保険外交員ラウを演じるアンソニー・ウォンがしっかり脇を固める。

1997年、香港は中国に返還され、豊かさを求めて大陸から香港に渡る者が後を絶たない。ライとリンファも“お上りさん”だが、香港に来たからと言って、簡単に夢が買えるわけではない。ささやかな夢を買うために誇りを売り渡さなければならない、社会の底辺の悲哀と、歪んだ拝金主義を笑い飛ばすおおらかさが実に心地よい。
ライを演じたプルーデンス・ラウの捨て身の演技には好感を持った。鏡を見て「酷い顔」とつぶやく場面がある。大抵の場合、女優が自らを「酷い顔」と嘆いたところで嫌味にしか聞こえないが、本作では思わず納得してしまった。(失礼。)
39歳の売春婦という“崖っぷち”の役である。これくらい女を捨てる度胸は必要だ。

アンソニー・ウォン演じるラウも一筋縄ではいかないユニークな人物である。人を見れば瞬時に保険料に換算する、香港の拝金主義を象徴する金の亡者であり、他人と接する動機は常に保険の勧誘という世知辛い男だ。しかし、実は情に深く、彼の善意によってライとリンファの人生は好転する。アンソニー・ウォンと言えばハード・ボイルドなイメージが強いが、コメディで見せる人間臭い演技も実に味がある。本作でも香港の臭気を身にまとったような、世俗の垢にまみれたオヤジを好演している。

香港のゴミゴミした街角で、大切なものを売り渡して、なりふり構わず生きる女たちを温かい視線で捉えたコテコテのコメディであり、いかがわしくもサービス精神旺盛な香港映画の面目躍如の快作である。

左側:プルーデンス・ラウ 右側:ハーマン・ヤウ監督
左側:プルーデンス・ラウ 右側:ハーマン・ヤウ監督
9/21@エルガーラホール
上映後、監督のハーマン・ヤウとライを演じた女優プルーデンス・ラウを迎えてQ&Aが行われた。
プルーデンス・ラウは、劇中で「酷い顔」と嘆いたライとはまるで別人、なかなかの美人である。目の下に隈を描くなど、敢えて醜くなるメイクを施してライを演じた役者根性には頭が下がる。汚れ役を演じることに抵抗はまったくなかったという。
ハーマン・ヤウ監督は、既に40本以上の映画を撮っている香港映画界の重鎮だが、性をテーマにした本作に対してはバッシングもあり、なかなか理解が得られない現状を語った。
また、香港と中国本土の格差、香港における“大陸人”と“性工作者”への偏見にハーマン・ヤウ監督が言及すれば、プルーデンス・ラウはアメリカで15年暮らし香港に戻った自らの経験から、その風当たりの強さを振り返った。

ベタなコメディ映画ではあるが、中国に返還後の香港の澱んだ空気を感じさせる作品である。

『イリ』(韓国)16:10~ エルガーラホール

イリ1977年、韓国の地方都市イリで、大量のダイナマイトを積んだ列車が爆発し、多数の死傷者を出す大惨事が起きた。その後、町はイクサンと名前と変え、事故は忘れ去られようとしていた。
当時、母親のお腹の中にしたジンソは、爆発の衝撃による早産の影響で、知的障害を抱えて生きている。事故から30年後、ジンソはタクシー・ドライバーの兄テウンと二人でイクサンに暮らしてした。

本作は人間の罪についての映画である。
ジンソは出生の時に、人間の罪を背負うことを運命付けられてしまった。爆発事故という人災により知性を奪われたジンソは、無知のためか怒りという感情を持たない。男たちはジンソの無防備に乗じて若い体をむさぼり醜い欲望を満たす。それでも彼女は誰も憎まず、誰も疑わない。下働きをしている中国語教室の給料が滞っても不平一つ言わず、自殺した老人の姿に胸を痛め、救えなかった自分を責める。

一方、兄のテウンは怒りに満ちている。中国語教室に乗り込み、ジンソに代わって給料の支払いを求め、妹が傷付けられれば暴力で応戦する。なりふり構わずジンソを守ろうとするテウンだが、守り切れないことを悟ると、これ以上妹を傷付けないための唯一の手段を選ぶ。しかし、それは最大の罪を背負わせる行為でもあった。善行と悪行は紙一重だ。

古い地名イリは人間の罪の象徴である。罪を忘れて生きようとする人間のエゴと、無知故の打算のない気高さ、魂の清らかさを対比させることで人間の本質に迫ろうと試みる大胆な作品であり、モノトーンの映像で長廻しを駆使して人間の生態をを俯瞰するかのようなカメラが冴えを見せる。
今回の映画祭で鑑賞した作品の中では、最も映像表現に重きが置かれた映像詩であった。

左側:チャン・リュル監督
左側:チャン・リュル監督 9/21@エルガーラホール
上映前のチャン・リュル監督の舞台挨拶は、観客へのお詫びから始まった。監督曰く「前作に続き、皆さんを絶望的な気分にさせる映画を撮ってしまい申し訳ない。」
作風に似合わず、なかなか茶目っ気のある監督である。上映後のQ&Aで、男優のオム・テウンを目当てに観に来たという女性の観客に対しては「嫉妬してます。」と素直に応じ、会場の笑いを誘う。

かつて“反韓流”を掲げる「韓国アートフィルム・ショーケース」のプログラムの1本として上映された『キムチを売る女』に続き、チャン・リュル監督の作品を観るのは二度目である。どちらの作品もユーモアの要素はほぼ皆無だが、監督自身のキャラは作風に反して実にユーモラスだ。
ユン・ジンソの劇中の役名がジンソ、オム・テウンの役名がテウンであることを観客から指摘されると、役名を考えるのが面倒だったと身も蓋もない回答……。続けて、当の本人たちは初めこそ喜んでいたが、(救いのない役のせいか)今では嫌がっているというオチがつく。

朝鮮系中国人であるチャン・リュル監督は活動の拠点を中国に置いていたが、本作は初めて韓国で撮影された作品であり、今後の動向が注目される。作品もさることながら監督のキャラのユニークさが印象に残った。

『ようこそサッジャンプルへ』(インド)18:50~ 西鉄ホール

ようこそサッジャンプルへ映画祭を盛り上げるには、インド映画の屈託のない明るさは最高の特効薬である。アジア映画の祭典であれば尚更だ。
本映画祭では、昨年(『オーム・シャンティ・オーム』)、一昨年(『ドン』)と、インドの大スター、シャー・ルク・カーンの主演作が上映され、大いに盛り上がっただけに、今回もインドの娯楽映画をどうしても1本は観たい。
生憎、3年連続でシャー・ルク・カーン主演作の上映とはいかなかったが、今年唯一のインド映画『ようこそサッジャンプルへ』も理屈抜きに楽しめる上質なエンターテイメントだ。

舞台となる村は、かつて悪人村と呼ばれていたが、この地を訪れたインド首相の意向により、善人村(サッジャンプル)と改名し、その後悪人が増えたという皮肉に満ちた主人公マハーデーウの語りで映画は幕を開ける。

インドの娯楽映画と言えば、勧善懲悪がお約束である。本作もタフなヒーローが歌い踊りながら村に蔓延する悪と闘うという図式を想像したが、映画が始まるとどうやら様子が違う。
主演のアムリター・ラーオは、今一つ華に欠ける地味な役者であり、演じる役柄は体育会系ではなく、どう見ても文科系である。彼の強みは腕っ節の強さではなく、文才なのだ。村で唯一の大卒であるマハーデーウだが、職に就くこともできず、かと言って家業の農業にも向かず、未だ識字率が高くないインドで彼が最も才能を発揮できる職業は手紙の代筆業だった。
情報を伝えるだけでなく、類稀な文才で読む人の心を打つマハーデーウの書く手紙は村中の評判となり、様々な事情を抱えた村人が代筆を頼みに彼を訪れる。
ある日、彼は小学校の同級生カムラーと思いがけず再会する。既に結婚し、出稼ぎの夫と離れて暮らす彼女は、4年も会っていない夫への思いを伝えるため、マハーデーウに代筆を依頼するが、彼はこともあろうにカムラーに恋してしまう。やがてマハーデーウは代筆業という立場を悪用して、カムラーを夫と別れさせようと画策する……。

インドの娯楽映画と言えば、唐突に始まる歌と踊りがお約束である。1時間半ほどの内容に浮世離れしたダンスシーンを加えて3時間かけて描くのが当り前と覚悟しているが、本作は上映時間が136分とコンパクトにまとめられている。
少なくともシャー・ルク・カーンのダンスシーンのような派手さはなく、踊りに関しては控え目な印象を受ける。かと言って、娯楽性が乏しいかと言えば、さにあらず。
ラジニカーントに代表される肉体的なアクションを最大の売りにした体育会系エンターテイメントとは明らかにジャンルが異なる文科系エンターテイメントである。主人公にラジニのような原始的なヒロイズムはなく、恋に対しても臆病で、俗な言い方をすれば草食系男子といったところか……。
主人公の不器用な恋の駆け引きをコミカルに描いた牧歌的なラブ・コメディであるが、その背景にあるインドにおける差別や貧困といった問題もさりげなく提示する。

インドの娯楽映画と言えば、ハッピーエンドがお約束である。本作のラストも実にさわやかで心地よい。お陰で今夜も美味い生ビールが飲めそうだ。

(2009.9.28)

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アジアフォーカス・福岡国際映画祭2009 (9/18-9/27) 公式
『タレンタイム』( 2008 / マレーシア / ヤスミン・アフマド監督 )
『崖っぷちの女たち』( 2008 / 香港 / ハーマン・ヤウ監督 )
『イリ』( 2008 / 韓国 / チャン・リュル監督 )
『ようこそサッジャンプルへ』( 2008 / インド / シャーム・ベネガル監督 )

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2009/10/02/07:51 | トラックバック (0)
古川徹 ,映画祭情報
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