映画祭情報&レポート
第22回東京国際映画祭(10/17~25)
コンペティション部門――物語を越えて

夏目 深雪

例の東京国際映画祭(以下TIFF)だが、今年はラインナップが出た段階で、コンペが「物語」というテーマを打ち出したのと、アジアの風部門の充実に注目した。いずれにせよ会期中だけでは全作品はもちろん、その半分を観るのも難しいが、今年はコンペ作品のみならずTIFFの特色の一つである、本数からいうと最大(38プログラム)であるアジアの風部門の作品もできる限り観ることを目標とした。

『ボリビア南方の地区にて』

ボリビア映画を観るのは初めてなのだが、白人の上流家庭の、家の中のシーンがほとんどなのでさほど違和感がなく観ることができる。何よりも特徴的なのはゆっくりと円を描くように旋回し続けるカメラワークであり、何ともいえない不思議な感覚が残る。カメラが屋根に登っている末っ子を撮る時など、屋根を越えるようなアクロバティックなシーンも。母親が家の中にいるのに昼間から情事に耽る長男など、最初は上流家庭の腐敗を描くのかと思った。が先住民の使用人も丁寧に描写し、我儘な女主人と忠実な使用人との間にある愛情や、ラストでは心の交流を描く。昨年度ワールドシネマ部門で上映されたメキシコ映画『パルケ・ヴィア』のような先住民/白人、使用人/主人との間にある憎悪、といったテーマの映画を見慣れた目には新鮮な映画。そして最後は女主人が家を手放さねばならないほど困窮していた、といった上流階級の没落を描いている。
監督によると、円を描くように旋回し続けるカメラは、時間は線ではなく円環であることを表現しているということ。そう言われるとなるほどと思うのだが、そう言われないとわからないところは若干弱いかもしれない。手法がテーマにダイレクトに結びついているとはいえないかもしれないが、もっとボリビアのことを知りたくなるチャーミングな映画ではある。

左:ニノン・デル・カスティーヨさん、右: フアン・カルロス・ヴァルディヴィア監督
左:ニノン・デル・カスティーヨさん、右: フアン・カルロス・ヴァルディヴィア監督
Q&Aには、フアン・カルロス・ヴァルディヴィア監督、女主人を演じたニノン・デル・カスティーヨさん、美術のホアキン・サンチェス氏らが登場。ボリビアでは先住民が大統領に選ばれるなど政治的な変化が起きていて、今まで特権的な立場にあった上流階級がその特権を失うような事態になっているそう。映画はそれに伴ったライフスタイルの変化を、一つの家庭の没落を通して描いている。ボリビアはもともと多様性のある文化で、それを家の中が全てを現すように、様々な要素がある一つのタペストリのように描きたかったとのこと。

『激情』

『タブロイド』が衝撃的だったセバスチャン・コルデロの最新作で、『パンズ・ラビリンス』のギレルモ・デル・トロがプロデューサーを務めている。移民のホセ・マリアは、「激情」型の男で、ガールフレンドのローサがからかわれる位でその相手に暴力を振るったりしていた。ある日それがエスカレートし、建設現場の監督を殺してしまう。ホセ・マリアはローサが住み込みで家政婦をしている家の屋根裏部屋に忍び込み、マリアの様子を伺いながらひっそりと毎日を過ごすことになるが……。移民の差別、屋敷の息子にレイプまがいのことをされるローサの実態などを過不足なく描き込み、社会派監督の面目躍如ではあるのだが、惜しむらくは『タブロイド』にはあった中盤からの飛躍、観客に突きつけるようなラスト、といったものがない点だ。ラストは観客の悪い予感どおりになるといった意味で予定調和的であり、一貫してダークで哀しみに満ちたトーンはむしろギレルモ・デル・トロの作風を連想させた。審査員特別賞受賞。

左: セバスチャン・コルデロ監督 右: グアダルペ・パラグラアーさん
左: セバスチャン・コルデロ監督 右: グアダルペ・パラグラアーさん
セバスチャン・コルデロ監督とエグゼクティブプロデューサーのグアダルペ・パラグラアーさんの記者会見に出席。この作品は原作があるのだが、ホセ・マリアが家に隠れている期間を短くしたり、死に方を変えたりいくつか変更を加えたということ。痩せ衰えていくホセ・マリアが非常にリアルで鬼気迫るものがあるのだが、撮影は物語の終わりから逆に行われ、主演のグスタポ・サンチェスは4ヵ月かけてダイエットをし、2時間くらいしか寝なかったりと自分を追いつめて撮影を行い、そこから7週間かけてだんだんと体重を増やしていったそう。

『ダーク・ハウス/暗い家』

舞台は共産国時代末期のポーランド。1978年、旅人がある農家に偶然立ち寄り、もてなしてくれた夫婦と意気投合し一夜を過ごすが、その夜殺人事件が起こってしまう。映画はその事件を捜査する4年後の「冬の話」と、事件が起こった「秋の話」とが交互に描かれる。その夜初めて逢った男と酒の密造計画で意気投合する「秋の話」もヘンなのだが、殺人事件の実況検分をしているはずなのに、常軌を逸した警察の腐敗が明らかになっていったり、警部補の不倫が明らかになったりしていく「冬の話」もかなりヘン。いずれも男たちはウォッカばかり飲んでいて、時間が経つにつれて正常な判断ができなくなっていくようだ。それに従い観客の方の意識も(ウォッカは飲んでいないのに)酩酊し、混濁していくようで、その不思議な感覚はなかなか得がたいものだと思った。 同じポーランドということで、荒涼とした風景やテイスト的には昨年度コンペのイエジー・スコリモフスキ監督の『アンナと過ごした4日間』を想起したのだが、殺人事件も「殺人そのもの」のシーンはなく、『アンナ……』にあったレイプシーンなど意外と凄惨なシーンがないのが監督の洗練を感じさせ、それでいて一夜の事件の前後は十二分に悪夢的な雰囲気を出しているのは力量を感じさせた。その代わりなのか映画のラストではなんと警官の妊婦が出産し、希望らしきものを感じさせたりする。ストーリー的には全くもって「一件落着」といった映画ではないので好みは分かれるかもしれないが、私はその酩酊・混濁し、映画そのものが「終わりで終わらない」感じがむしろ好ましく、いつまでも残るゴツゴツとした手触りを堪能した。

左: マリアン・ジエドジエル氏 右: ヴォイテク・スマルゾフスキ監督
左: マリアン・ジエドジエル氏 右: ヴォイテク・スマルゾフスキ監督
Q&Aにはヴォイテク・スマルゾフスキ監督と夫婦の夫、ジャバスを演じたマリアン・ジエドジエル氏らが参加した。スマルゾフスキ監督は才気を感じさせる風貌であるがまだ若く見え、「黒澤明の『羅生門』を思い出しましたが何か影響は?」との観客の質問に「実は全くインスピレーションを受けていないが、東京の映画祭に行くと聞いた時から意識し始めた」といったユーモラスな返答をする面も。脚本はなんと12年も前に書かれたそうで、資金面の苦労で完成まで時間がかかってしまったとのこと。ただ時間をかけることで、だんだんと様々なメタファーが出てきた面があるとのこと。映画が進むにつれ驚くべき変貌を遂げるジャバスを演じたジエドジエル氏の演技力について話が及ぶと、「ええ、彼は本当に。ロマンティック・コメディにとても向いている俳優だと思います」とユーモラスに答え会場を沸かせていた。

『マニラ・スカイ』

80年代からフィリピンのインディペンデント映画の代表的作家として活躍してきたレイモンド・レッド監督の13年ぶりの劇場用長編。1作目『バヤニ』、2作目『サカイ』ともにTIFFで上映されている。フィリピンで実際に起きたハイジャック事件をもとに、貧困にあえぐ一人の青年ラウルが病気の両親に治療を受けさせたいという願いを持ったことから、犯罪に巻き込まれ、自滅していく姿を描く。治療費を捻出するため海外への出稼ぎを考え、登録のため職場を休もうとすると首になる場面はリアルだし、その後も何もできない無力感から癇癪を起こし、仲間たちの犯罪に加担することになる過程も無理がない。が実際の強盗の場面になると、仲間が犯罪を起こしている最中に車の中で居眠りをしてしまうなど、現実のことというよりまるで悪夢であるかのように描かれている。そこからハイジャックに到るまでは省略が多く、たたみかけるように凶悪かつ馬鹿げた犯罪になだれこむ。凶器を振り回すラウルとシュールともいえる衝撃の結末に、「なぜこんなことに……」とショックを受け疑問を持たない観客はいないであろう。中盤から説明的になることを拒否したことによって、観客は親思いの普通の青年であったラウルをそこまで追い詰めた貧困という、フィリピン社会の闇の部分に思いを馳せずにはいられない。非常に秀逸な手法だと思った。
もう一点この映画には非常に秀逸な仕掛けがある。冒頭、田舎の村で「マニラで学校に行け。そしてそこで仕事を見つけもう村には戻ってくるな」と父親に諭される少年の姿が描かれ、それが青年となったラウルの姿に重なるので、観客は2人が同一人物だと思ってしまう。がしかし2人は別人であったことがラストで分かる。ラウルだけが特別なケースなのではない、都会なら裕福な暮らしができるのだと夢見て都会に来て、絶望するラウル予備軍はいくらでもいるのだと感じさせ観客をさらにゾッとさせる。私は『ボリビア……』のヴァルディヴィア監督の、「時間は線ではなく円環である」という言葉を思い出した。レッド監督はヴァルディヴィア監督のようにカメラワークではなく、緊密な構成によってそのことを表現し、その緩急巧みな演出力は一貫した底力のようなものを感じさせた。

Q&Aはレイモンド・レッド監督、ラウル役のラウル・アレリャーノ氏、ディアナ役の女優スー・プラドさんらが参加した。アレリャーノ氏は映画を観ながら泣いてしまったそうで、「多くの問題を抱えている祖国の精神性をみんなと共有できたことは本当に幸せ」と感謝の言葉を述べた。プラドさんは「フィリピンは苦闘の中にある。がしかし暗闇の中にも希望がある」と述べ、二人の真摯な言葉にQ&Aも厳粛な雰囲気の中で行われた。レッド監督はインディペンデント映画がビジネスとしては成り立たない反面、新しいテクノロジーの貢献により、前よりも作りやすくなっている面がある現状などを説明した。

上4作品は映画にとっての「物語」という概念を覆すような衝撃作こそなかったものの、いずれも「物語」を映画でどう表現していくかに工夫や戦略が感じられた意欲作であった。残念ながらコンペの他の上映作品で、その辺りの才気や野心が感じられない作品も見られたが、この4作品を観ることができたのは大きな収穫であったと思う。TIFFの場合テーマがはっきりしている映画祭に比べ、製作国も各作品が持つテーマも多様にならざるをえないので、どうしても総花的になってしまう傾向がある。こうやって抽象的なものでもテーマを決めることは「観て、終わり」にならず、映画のみならず映画を巡る現状まで思考が及ぶ素地を作るという意味で非常に意義のあることだと思う。来年度も意欲的なセレクションを期待すると同時に、今年度上映作品に関しても、私自身見逃してしまった作品もあるので、これから上映される機会があることを祈りたい。

(2009.10.31)

コンペティション部門レポートアジアの風部門レポート

第22回東京国際映画祭 (10/17~25) 公式
コンペティション部門
『ボリビア南方の地区にて』( 2009年/ボリビア/監督:フアン・カルロス・ヴァルディヴィア )
『激情』( 2009年/スペイン=コロンビア/監督:セバスチャン・コルデロ )
『ダーク・ハウス/暗い家』( 2009年/ポーランド/監督:ヴォイテク・スマルゾフスキ )
『マニラ・スカイ』( 2009年/フィリピン/監督:レイモンド・レッド )

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2009/11/02/00:23 | トラックバック (0)
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