映画祭情報&レポート
第22回東京国際映画祭(10/17~25)
TIFF2009コンペティション15本斬り!【4/4】

古川 徹

『ストーリーズ』

倦怠期を迎えた主婦ロサリオは、実体のない不安に襲われ不眠症に悩んでいる。彼女がカウンセリングと創作活動により、過去のトラウマから開放され再生する姿を繊細な筆致で綴る。
観る側にも痛みを強いる映画である。映画が始まると、まず激しい画面の揺れが目に付く。手持ちカメラがなりふり構わず被写体を追う。フォーカスがズレても、カメラは愚直なまでに被写体の内面に切り込もうとする。
冒頭のカウンセリングの場面で、人物相関図とロサリオのトラウマが明かされる、その過程は痛みを伴う。役者のオーバーアクトによって安易に表現される記号化された痛みではなく、骨の髄まで染みるような痛みである。
ロサリオが書く小説が、劇中劇としてモノクロ映像で語られる。彼女の実体のない不安のメタファーとして表現される、その物語は明らかに不完全で“何か”を欠いている。
しかし、最後に語られる物語は秀逸である。妊婦の絵描きの元に老婆が現れ、8歳の孫の肖像画を依頼する。しかし彼女の孫はもうこの世にいない。父親と共に交通事故により亡くなっていた。しかも孫の最近の写真は残っておらず、38歳の父親の写真から30年若返らせた絵を描いて欲しいと無理難題を押し付ける。途方に暮れる絵描きだったが、やがて想像力を駆使して38歳から数段階に分けて8歳までの肖像画を創作する作業に取り掛かる。
このデッサンの場面が圧巻である。不安を煽ってきたカメラの揺れが一転してスクリーンに躍動感をもたらす。画面の揺れと歯切れのよい編集が生み出すリズム感が、高鳴る胸の鼓動と重なり合う。
絵を描くこと、小説を書くこと、映画を撮ること、総じて表現することの崇高さと責任の重さは表裏一体である。小説の主人公、それを書く映画の主人公、それを撮る映画作家、それぞれの表現することへの情熱が渾然一体となって心を激しく揺さぶる。
個人的には、本作から得られた深い感動は本年のコンペティションで最大の収穫だった。

左:コンセプシオン・ゴンサレス 右:マリオ・イグレシアス監督
左:コンセプシオン・ゴンサレス 右:マリオ・イグレシアス監督
上映後、マリオ・イグレシアス監督とロサリオを演じたコンセプシオン・ゴンサレスを迎えてQ&Aが行われた。
イグレシアス監督は作品を大きな国際映画祭でお披露目できることの喜び、TIFFのホスピタリティへの感謝を述べた。
繊細な演技を披露したゴンサレスはベテラン女優かと思いきや、長編映画への出演は初めてで、以前にイグレシアス監督の短編に一度だけ出演経験があるとのこと。本業はなんと心理療法士だという。劇中では受診者を演じたが、実生活では逆に心理療法を施す側である。
本作のリアリズムに質問が及ぶと、イグレシアス監督は「最高の嘘は真実である」と持論を展開する。続けて、もし恐怖映画を撮るなら現実を映し続けると、一筋縄ではいかない独自の映画論を語る。
また、映画監督を目指す若者へのアドバイスを求められると、監督はスペインの寓話を引用する。マドリッドの若者が軍に入隊して、間もなく将軍の制服を着て帰郷するという話である。将軍になるまで待たずに将軍の制服を着なさい。つまり何かを待たずにすぐに行動しなさい。その行動から学びなさいというスペイン流のメッセージは若い映像作家の心に響いただろうか?

『テン・ウィンターズ』

一組の男女の出会いから10年にわたる心の変遷を追い続けたラブ・ストーリーであるが、特徴的なのはすべての場面が冬であり、終始寒色の映像によって彩られていること。
舞台はヴェネチア、そしてロシア。必ずしも感情移入を求める画作りではなく、10年もの間すれ違いを繰り返す二人の地理的な距離と心の距離を抑制の効いた筆致で綴っている。
こうした恋愛映画では、観客の心情を如何にコントロールできるかが鍵である。過度に刺激すれば陳腐になるし、心の琴線に触れなければ感動は生まれない。作り手の微妙なさじ加減によって、評価が割れてしまうが、本作はどうだろう……。
まず出会いの場面、あからさまに姑息な手段を使って接近しようとする男と、困惑しながらも受け入れてしまう女……、この類の恋愛映画のイメージに合致しすぎて興醒めである。しかも男の尋常ではない厚かましさと女の信じ難い無防備さに閉口した。
その後の別れと再会を繰り返す展開も予想を一切裏切らない。離れていても二人が心の奥底では惹かれ合っていることを観客は誰もが知っている。なぜならそれが恋愛映画の暗黙のルールだからだ。
また、登場人物の心情とどこかで接点を持ちたいと願うのも恋愛映画の常である。観客がハッピーエンドを切望した時、それが叶っても、裏切られても、心に深く刻まれるであろう。
本作に関して言えば、美男美女による恋愛映画の定石通りにキレイに収まった作品であるが、残念ながら出会いのエピソードで登場人物と心情が遊離したまま交わることはなく、ハッピーエンドを切望させる引力は感じられない。故に、おそらく誰もが予想したであろう結末は心の琴線にかすりもしなかった。

『少年トロツキー』 観客賞受賞

現代のカナダを舞台に、自らを革命家トロツキーの生まれ変わりと信じる少年が、高校に革命を起こそうと奮闘する奇想天外なコメディである。自らをトロツキーと重ね合わせることで自己満足を得る少年レオンの奇行の数々をコミカルにテンポよく描写する。
レオンは無気力な高校生たちを扇動して高校に革命を起こそうと画策し、未来の妻と信じるアレクサンドラにはストーカー行為すら辞さない。それはすべてトロツキーと同化するための手段である。
孤軍奮闘を続けるレオンと、周囲の高校生たちの温度差、アレクサンドラとの温度差が笑いを生み、その温度差を解消していく展開がみどころであるが、あからさまな予定調和により、ハリウッド的な青春映画のセオリーをしっかりと踏襲し、規格内の作品に収まってしまっているところに物足りなさを感じた。それは期待の裏返しであり、これほど奇抜なアイディアがあればアンチ・ハリウッド的な規格外の作品になり得る爆発力を秘めていると期待しただけにもどかしさを覚える。『戦艦ポチョムキン』の引用も生ぬるい。
至る場所で抑圧を粗探ししてプロテストを扇動するレオンのモチベーションの源も謎のままである。偶然の名前の一致だけでは説得力が乏しい。単なる若気の至りだろうか?

Q&Aにはジェイコブ・ティアニー監督と、彼の父であり、本作のプロデューサーを務めたケヴィン・ティアニーが登場した。
ジェイコブ・ティアニー監督は、観客から本作を作ったモチベーションの源を質問されると、若者への応援歌と答える。
若者はしっかりと考えている。但し、行動することで報酬は得られ、行動しなければ何も返ってこない。若者たちへ行動を促すことが目的であると製作の動機を明かした。
レーニンでもスターリンでもなく、トロツキーに焦点を当てたのは、彼のインテリジェンスといろんな土地を旅した波乱の人生に惹かれたと言う。
自らをトロツキーの生まれ変わりと信じる少年という難しい役に挑戦した主演のジェイ・バルチェルは、YouTubeでトロツキーの演説の動画を見て役作りに生かしたと、ティアニー監督が明かした。
主人公のレオンはエンディングの後もトロツキーのように革命の旅を続けるのだろうか?
その問いにティアニー監督は、「続きは続編で……」と冗談交じりに答えるが、実際に続編を撮るつもりはサラサラないようだ。従って、この質問の答えは、観客一人一人に託されたことになる。

【所感】

映画祭の最終日は、自宅のPCでクロージング・セレモニーのWEB中継を観覧したが、グランプリ、監督賞、男優賞の主要三部門を独占したブルガリア映画『イースタン・プレイ』の一人勝ちは意外な結果だった。
優れた作品であることに異論はないが、六つある賞の一つ(芸術貢献賞)は該当作品なし、残り五つのうち三つの賞を独占するほど、他の作品に映画的魅力がなかっただろうか? 筆者の印象では、本年のコンペティションは相対的に見て前年よりレベルアップしたと思う。しかし、コンペの主要部門をすべて欧州の映画が独占した結果が示す通り、西高東低の傾向が顕著であった。

今回のコンペティションは、700本以上の応募作から選りすぐられた15本なのだから、どの作品がグランプリを取っても意外でないようなプログラムが理想と考えるが、実際にはグランプリ以前に国際映画祭のコンペティションには場違いと思われる作品も若干見受けられた。特に日本を含む東アジアの作品は精彩を欠いたと言わざるを得ない。
余談だが、筆者が今回のTIFFで観た東アジアの作品では、アジアの風部門で上映されアジア映画賞を受賞した韓国映画『旅人』が群を抜いていたと思う。
一方、収穫だったのは南米を含むスペイン語圏の作品である。スペイン(『激情』『ストーリーズ』)、ボリビア(『ボリビア南方の地区にて』)、チリ(『見まちがう人たち』)の計4本はそれぞれ個性的で粒揃いだった。

国際映画祭のステータスを測る指標の一つとして「ワールドプレミア」の数がある。TIFFの主催者が「東京発」の作品を増やして国際的ステータスを高めたいと考えるのは至極当然であり、15本を選出する際に「ワールドプレミア」の冠が一定のアドバンテージになるのは想像に難くない。
今回のコンペで「ワールドプレミア」は5作品だが、それを頭に入れて15本を観ると作品のクオリティとプレミア性のジレンマが垣間見える気がする。

クロージングセレモニー後の会見でアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ審査委員長は、現在の映画を取り巻く危機的状況に警鐘を鳴らし、「映画はテレビの延長ではない」と語った。これはコンペティションに向けられた苦言でもあり、エールでもあると感じた。
映画には大衆娯楽の側面もあるが、少なくともコンペで上映される作品には、安易に大衆性に融合せず、映画でしか表現し得ないものを探求する気高さと技巧が不可欠であると筆者は考える。
昨年、今年と続けてコンペの15作品を鑑賞したが、決して悲観的な気分ではない。課題は山積しているが、来年以降一つづつクリアすればまだまだ前進できる。熱烈なファンの一人としてそれを期待したい。

(2009.10.30)

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第22回東京国際映画祭 (10/17~25) 公式
コンペティション部門
『ストーリーズ』( 2009年/スペイン/監督:マリオ・イグレシアス )
『テン・ウィンターズ』( 2009年/イタリア=ロシア/監督:ヴァレリオ・ミエーリ )
『少年トロツキー』( 2009年/カナダ/監督:ジェイコブ・ティアニー )

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  • 監督:アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
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2009/11/02/00:18 | トラックバック (0)
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