映画祭情報&レポート
第22回東京国際映画祭(10/17~25)
TIFF2009コンペティション15本斬り!【3/4】

古川 徹

『ロード、ムービー』

文字通り“ロード・ムービー”だが、野外の映画館というもう一つの意味が含まれた異色のインド映画である。
主人公ヴィシュヌは、父と共にベタなキャッチコピーを連呼してヘアオイルを売りさばく仕事に嫌気がさしていた。そんな空虚な現実から逃げるために廃車直前のトラックを博物館に届ける役目を買って出る。そのトラックの荷台には映写設備と映画のフィルムが積まれていた。かくして、映画という夢を載せた旅が始まる。
旅のきっかけにもその道筋にもリアリティなどない。本作は純然たるファンタジーであり、ストーリーは破綻しているが、それを補って余りあるほど美しい映像で彩られたマジックのような映画である。
何もない大地にスクリーンが設営されれば、どこからともなく観客がやってくる。映画を観るためだけに、長い距離を歩いて、あたかも砂糖に群がる蟻のように人が集まり始める。そしてスクリーンに映し出される一時の夢に熱狂する。
やがて映画がはねれば観客は現実へと戻っていく。大地は何もなかったかのような静寂に包まれる。
古今東西、映画愛を告白した作品は枚挙に暇がない。しかし、これほどストレートで熱烈な映画へのラブコールがあっただろうか。
映画の野外上映が、乾いた大地でわずかな水を求めるエピソードと並行して描かれるが、水が体を癒すように映画が心を癒す、その幸福な関係に映画を観ることの至福を実感した。
3~4時間が当り前のインド映画ながら、本作の上映時間はわずか97分。数々の映画を引用した洒落たエンドマークがそのラストを飾る。華やかなダンスシーンはないものの、エンディングの爽快感は正しくインド映画のそれであった。

本作の背景にはインドの特殊な映画事情がある。デーウ・ベネガル監督が上映後のQ&Aで驚くべき事実を語ってくれた。
それによると、インドの映画人口の7割は、本作で描かれたような移動映画館で映画を楽しんでいるという。
ベネガル監督はリアリティを求めて実際の移動映画館に同行したエピソードを語った。何もない場所にスクリーンと映写機を設置して待つこと数時間、なんと3000人が集まり映画を楽しんだが、朝になれば誰もおらず、まるで一夜の幻のような出来事だったという。
人々が巡礼のように何マイルも歩いて映画を目指して集まってくる。映画は人々を一つにする力があると監督は力説する。
ファンタジーと思って楽しんだ本作だが、実はこれがインドのリアルなのかもしれない。快適なシネコンで鑑賞するのが妙に後ろめたい。
ベネガル監督の作品がTIFFのコンペにエントリーされるのは三度目であり、前作がTIFFで上映されなければ、本作を製作できなかったと感謝の言葉も忘れない。
監督によれば、次回作として東京に関わりのあるエキサイティングなプロジェクトが進行中とのこと。詳細の明言は避けたが、“四度目”を期待させるには充分な作品だった。

『台北に降る雪』

過大なプレッシャーにより声を失ってしまった売り出し中の新人歌手が、台北郊外の下町に身を隠し、そこで純朴な青年との出会により、喉と心が癒され、次第に彼の優しさに惹かれていく。中国、日本、香港、台湾の合作によるラブ・ストーリー。
フォ・ジェンチイ監督は『故郷の香り』で2003年のTIFFの東京グランプリを獲得し、前回の2008年はコンペの審査員を勤めるなど、本映画祭に馴染みの深い監督である。
主演のチェン・ボーリンもまた2002年に『藍色大門』がTIFFで上映され、来日を果たしている。その後の活躍は言うに及ばず、今や台湾を代表するイケメン俳優であり、日本での人気も絶大である。
ジェンチィ監督とTIFFの絆をより強固にし、ボーリンを初めとした美男美女のキャストが花を添え、しかも「ワールドプレミア」という冠が付けば映画祭には申し分ない作品であるが、コンペティションに相応しい映画かと言えば疑問が残る。
『山の郵便配達』のヒットによって、フォ・ジェンチイ監督は日本において叙情派の地位を確立したが、商業主義との融合により、昨今ではかつてのような簡素さの中から生まれる深い叙情は失われてしまった感がある。ヴィッキー・チャオ主演の『初恋の想い出』はその傾向が顕著で興醒めしたが、『台北に降る雪』は更に商業的である。商品化されたセンチメンタリズムを提供するジェンチイ監督には違和感を拭えない。レトロな街並みも竹の短冊も宙を舞う灯篭もどこか空々しい。
ボーリンがスクリーンからふりまくさわやかな笑顔は、世の女性たちの目の保養に役立つとは思うが……。

『ボリビア南方の地区にて』

映画に何を求めるか?それによって賛否両論が必至の作品である。商業映画とは対極に位置し、大衆的な娯楽性を求める観客には退屈極まりないかもしれない。
文字通りボリビアの南方地区の大豪邸を舞台に、富裕層の白人家族と従順な先住民の使用人の日常を独自のリズムで淡々と描写する。異なる民族と階級の共存は、一見豊かで平和そのものだが、カメラは次第に理想的な生活に生じた亀裂を捉える。嘘で固められた上辺の幸せの内側に切り込み、その虚栄を暴いていく。しかし、おそらく多くの映画ファンが期待するであろう劇画的な筋書きは用意されていない。
一軒の屋敷から、本作が照らし出すのはボリビア社会の変革であり、「諸行無常」である。奢れる者は久しからず、富める白人と貧しい先住民という先入観が払拭され、上下関係が壊れていく緩やかな過程は静かな衝撃に満ちている。
聞けば、ボリビアでは数年前に先住民初の大統領が誕生し、変革期を迎えているらしい。主流と非主流による力学は日々変化している。アメリカでは初のアフリカ系の大統領が誕生し、我が国ではこの夏政権交代が実現した。ボリビアもこうした世界的連鎖と無縁ではないようだ。
本作の特筆すべきはカメラである。ほぼすべての場面が1シーン1カットで貫かれていることは別段特筆に価しないが、カメラを固定せずに終始移動、又はパンを続け、被写体に大きなアクションはなくてもそれを捉える視線が常に運動する、その計算された縦横無尽なカメラワークには思わず舌を巻く。
カメラの横移動により被写体がフレームイン、フレームアウトするショットは、時代の流れを想起させ、屋敷の中で展開するボリビア社会の縮図というべき光景が、変革の一つの過程であることを印象付ける。
また、カメラが時計の秒針のように円を描きながら移動し、その中心に位置する被写体を360度すべての角度で捉えるショットは圧巻である。物事には表と裏があり、真実は一つではない。真実は視点によって異なるものだ。
従来の映画は、被写体のアクションによってスリルを作り出すが、本作は多彩なショットを駆使してカメラのアクションが緊張感を生み出している点で画期的である。
白人とその使用人である先住民の確執は通俗的な展開には発展せず、使用人が主人に手を振り上げる、その一瞬の小さなアクションに両者の遺恨を集約させている。
こうした簡素な展開に映画的技巧を付加することで、映像表現の可能性を提示した作り手の高い志を評価したい。

『NYスタテンアイランド物語』

スタテンアイランドと聞いてもピンと来ないが、監督曰く“忘れ去られた島”とのこと……。
ニューヨークはマンハッタンを初めとする幾つかの島から構成されるが、映画の舞台であるスタテンアイランドは、その中で最も存在感がない。テレビの天気予報では度々省略され、市議会で予算の計上を忘れられたこともあるという。また、マフィアの温床でもあり、豊かな森は度々死体の隠し場所に利用されている。それが由縁か定かでないが、やたらと"kill"が付く地名が目立つ。そんな自虐的な島の紹介から映画は幕を開ける。
本作は、“忘れ去られた島”スタテンアイランドを舞台にした犯罪映画である。作品を三分割して、ヴィンセント・ドノフリオ、イーサン・ホーク、シーモア・カッセルがそれぞれ主役を演じ、同じ出来事を三者の視点から描いている。
ヴィンセント・ドノフリオ演じるパーミーは、勢力拡大を画策する地元マフィアのドンだが、彼の家が強盗に襲われ、居合わせた母親が銃弾を受けて負傷する事件があり、血眼で犯人を探している。
イーサン・ホーク演じるサリーは、トイレの汲み取りという仕事にコンプレックスを持ち、せめて子供は高い教養を与えたいと願っている。ある日病院で遺伝子操作によって天才児を生み出す技術の存在を知り、高額な費用を捻出するために悪事を企てる。
シーモア・カッセル演じる聾唖者のジャスパーは、表向きはデリカテッセンの店員だが、裏の仕事をパーミーから請け負っている。また、一攫千金を夢見て馬券を買い続けている。
三人の運命が複雑に絡み合い、先読みを許さない犯罪劇が展開する。最後に笑うのは誰か?
同じ出来事を視点をズラして描写する手法は、近年ではタランティーノやガイ・リッチーなどが犯罪映画で効果的に用いている。ジェームズ・デモナコ監督は、同質のクライム・サスペンスを目指したと思われるが、シナリオの捩れ具合もショットの切れ味も彼らに匹敵するスキルは残念ながら感じられない。

Q&Aには、『交渉人』『アサルト13』などの脚本家として知られるジェームズ・デモナコ監督が登場。
スタテンアイランド出身のデモナコ監督は、三人の登場人物はいずれも負け犬で這い上がろうとしている。その姿をマンハッタンのビル群を見上げるスタテンアイランドと重ね合わせたと語る。豊富なアイディアを一つにはまとめ切れず三部構成にしたという。
撮影は一部を除いてスタテンアイランドで行われた。唯一の例外は、マフィアのドン、パーミーが自然保護を訴えて森に立てこもるシーンである。撮影による森の破壊を危惧してスタテンアイランドの森での撮影許可が下りなかったと皮肉なエピソードを語った。
シーモア・カッセルと言えば、かつてジョン・カサヴェテス監督などのインディペンデント作品で活躍したベテラン俳優だが、その当時は撮影に余り照明を使っていなかったらしく、本作の撮影中聾唖者の役で台詞のないシーモアはそのストレスのせいか、フィルムが廻っていない間、照明の準備に時間がかかりすぎるとずっと不平を言っていたという。
一つ一つの質問に要領よくユーモアを交えて簡潔に回答するデモナコ監督は知的なナイスガイだった。

(2009.10.30)

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第22回東京国際映画祭 (10/17~25) 公式
コンペティション部門
『ロード、ムービー』( 2009年/インド=アメリカ/監督:デーウ・ベネガル )
『台北に降る雪』( 2009年/中国=日本=香港=台湾/監督:フォ・ジェンチイ )
『ボリビア南方の地区にて』( 2009年/ボリビア/監督:フアン・カルロス・ヴァルディヴィア )
『NYスタテンアイランド物語』( 2008年/アメリカ/監督:ジェームズ・デモナコ )

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2009/11/02/00:17 | BBS | トラックバック (0)
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