今月の注目作
(2003 / アメリカ / ガス・ヴァン・サント)
観覧車的人間観察

百恵 紳之助

 遊園地で観覧車に乗って眼下の人たちを見つめていると、何故かたまに一人の人をずっと目で追いつづけていることがある。 すると妙な気持ちになるのである。「今こうして自分とあの人は同じ日に同じ遊園地にいるけど、あの人はあそこで歩いていて、 俺は観覧車に乗っている・・・」

 あまりに当り前のことなのでうまく言えないのだが、 つまりその人が人そのものとしてそこに存在しているということを強く意識してしまうのだ。 別にその人の人生を想像してみるとかそう言ったことではない。自分が自分そのものであるように、その人はその人そのものなのだと。

 「エレファント」は極めて普通そうに見える高校を舞台にこれまた普通の高校生たちの日常が淡々とスケッチ的に映し出される。 その日常は本当に映画で見せる価値があるのかと思うほど退屈でたわいもなくそこらへんに転がっていそうな日常であるのだが、 キャメラがワンシーンワンカットで、同じ場所で同じ時間の流れを共有する彼らを、 各自の時間にそって淡々と追いつづけることによって上記の観覧車から眼下の人たちを見たときのような効果を生み出しているのだ。

 映画はアレックスという少年が親友と共に校内で銃を乱射し、アレックスはその親友をも撃ち殺し、 逃げ場の無くなったカップルを撃ち殺そうとするところで終わる。一体何がアレックスをそこまでの行動に至らせたのか、 映画はその解答を用意してはいないし求めてもいない。ただアレックスも含めた登場人物全員が他の誰でもなく、 各自その人間そのものとして存在しているだけである。このように書くとさも、「監督はひたすら高校生を見つめることに徹し、 安易な解答を導き出すようなことはしない。」なんて思いそうだがそれは大間違いである。

 アレックスが銃を乱射する場面。なぜアレックスがこのような行動に至ったのかが描かれることが無くても (筆者が感じることが出来なかっただけかも知れんけど)全く違和感を感じない。 それどころか誤解を恐れずに言えばその場面で爽快感を覚えたくらいである。だがそう感じたのは筆者だけではないだろう。 そしてその延々と続く乱射の場面を観ている時にあることに気が付いたのである。とてもイヤ~なことに。

乱射場面では、むしろ生徒たちの反応に違和感を感じていた。校内で発砲事件が起きているのにも関わらず、妙に反応が鈍いからである。 「有り得ないことが起きると反応が鈍くなるんだろうな、やっぱ」などと思いながら観ていたのだが、 いつまでたっても蜂の巣を突付いたような大騒ぎにはならない。みんな逃げてはいるが、妙に落ち着いて見えて薄気味悪くすら感じるのである。 そんな最中一人だけ逃げもせず、アレックスと共に銃を乱射しているもう一人の少年に、憑かれたように近づいて行く黒人の少年がいる。 少年はあっさりと撃ち殺されるのであるが、この一見不可解な少年の行動こそが、この監督のこの事件に対する解答の一端なのである。

 この少年は、他の主要登場人物とは異なり、乱射の場面に至るまで描かれることはない。乱射が始まってから登場してきた人物である。 つまり観覧車効果(と勝手に名づけるが)の枠外の人物である。だからこそ少年の行動が筆者には不可解に映ったのである。 仮に観覧車効果の枠内にいる登場人物がこの少年と同じ行動を取ったとしたら、 アレックスが乱射していることに何の違和感も感じなかったように、確実にその行動に違和感を感じなかったであろう。 これが上記のイヤ~なことである。つまりこの黒人の少年はアレックスと同じなのである。 乱射するのは別にアレックスでなくとも誰でもよかったのだ。そう思うと生徒たちの反応にも納得いくのである。

 全ての人物を観覧車効果で見れば(ホント偉そうな効果に聞こえてすいません)誰にでもその可能性があったということであるが、 この映画は誰にでも可能性があるんだということを言ってるわけではない。誰でもいいんだと言っているのである。可能性なんて生ぬるいのだと。 とにかくあの事件はあった。そして乱射したのはたまたまあの少年であったが、それは本当にたまたまであり誰でもよかったのだ。 「こうして見てごらん。誰でもいいでしょ」と監督はこの映画で言っているのである。そして観客はその「誰でもよかった」 の誰でもの中に自分も含まれていることを突きつけられるのである。

(2004.4.7)

2005/05/01/12:03 | トラックバック (1)
エレファント ,今月の注目作 ,百恵紳之助
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