今月の注目作
(2003 / アメリカ / ガス・ヴァン・サント)
青春に秘せられた喪失の予感

仙道 勇人

 本作はコロンバイン高校銃乱射事件を直接的に扱ってはいるが、なぜあの事件が起きたのか、 とかあの事件はなんだったのか、といった事件の真相や本質に迫ることを目的にした作品ではない。実際、事件を起こす少年達の実行直前の様子― ―「殺人ゲーム」に興じる姿や実射感覚に興奮する姿、ナチスドイツへの関心など――が(殆ど申し訳程度に)挿入されてはいるが、 いずれも事件前後に評論家によって散々言及されていたことを、ただそのまま反復しているだけに過ぎない。もっと言ってしまえば、 犯人像としてはこれほど陳腐で薄っぺらな描写はないとすら言える。一連の描写にはなんら彼らの動機を説明するものにはなりえていないので、 当然、犯人の少年達が生徒達を殺戮していく場面では、「なぜ彼らがそうするのか」 という問いが絶えず我々の頭の中でぐるぐると発せられ続けることになるし、その解は必ず「わからない」という一点に帰着せざるをえない。

 結局彼らが事件を起こした真意は、今となっては我々にはわかりようがないし、ガス・ヴァン・ サント自身も解釈を重ねて歪めてしまうのではなく、わかりえないことをそのまま提示しようとしている。その代わりに彼は、徹頭徹尾、 高校生達のありふれた日常そのものに眼差しを向けている。彼らは後に事件の加害者、犠牲者、現場遭遇者という形で振り分けられるものの、 描かれる比重は後の立場に関わらず均一のまま変わることがない。アル中で徘徊癖のある父親を抱えたジョンの悩み、 イーライは被写体を探しあぐね、女の子3人組はいつでもどこでも「ガールズトーク」に余念がない。事件を起こす二人組の鬱屈した日常すらも、 全てが等価なものとして扱われている。

 そうして生徒一人一人を追いかけながら、校舎内ですれ違い重なり合う彼らの姿を、様々な角度から繰り返し描いていく。更には時制を解体し、 同じ時間を様々な生徒達の視点で再構築することで、ガス・ヴァン・サントは彼らが無自覚のまま共有しているものの存在を照らし出そうとする。 それは「予感としての死」に他ならない。

――青春ほど死の翳を負い、死と背中合せな時期はない。

と言ったのは坂口安吾であるが、人が長い人生の中で極平然と死に近づく時期があるとすれば、 疑いようもなくそれは青春時代と呼ばれる輝かしいひとときにおいてであるに違いない。最も意識が鋭敏に研ぎ澄まされ、または、 自分の意志とは切り離されたところで蠢く不可解な感情に駆られる中で、大抵の場合、漠然とやり過ごされてしまうことが多く、 自覚されることが少ないその微かな感覚を、本作は事件を通じて剥き出しにしてみせているのである。余りにも乱暴で余りにも無惨な形で。

 本作が切り取っている鮮烈な空の青さも、校庭の芝生の緑も、ジョンのハチミツ色の頭髪も、そしてその頬に軽くくちづけされた一瞬も―― この作品では全ての瞬間が「失われることの予感」を孕んでいるのである。そこにはなんの感傷も含まれず、ただ、喪失の、死の予感が、 ありのままフィルムに焼き付けられている。我々があらかじめ事件の悲劇的な結末を知っていることによって、その予感はいよいよ強く、 如実な気配となって映像から滲み出し、言いようのない強い印象を残すのだ。つまり、本作にあっては映し出される全ての風景、 全ての場面が詩そのものなのだ。通常、詩的であることとと物語的であることの面白さは両立し得ないと考えられがちであるが、ガス・ヴァン・ サントが本作においてその両立を見事に実現している。

 恐らくこの作品を観て、何かをわかろうとしてはいけないし、わかったつもりになってもいけないのだろう。なぜなら、 わかろうと意識することで、切り取られたものを自分のわかるような形に捻じ曲げてしまうことになるからだ。まずはただありのままを観て、 ありのままに感じることから始める他にない。

(2004.4.7)

2005/05/01/12:05 | トラックバック (5)
エレファント ,仙道勇人 ,今月の注目作
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