わたなべ りんたろう
衝撃的なぐらいの音楽ドキュメンタリーの傑作。必見。あまり一般的に知られることがなかった80年代のアメリカのハードコア・ パンクのシーンと精神を丁寧に描き出していることがまず特筆に価する。そして、貴重な映像が目白押しでもある。 映画は2001年にアメリカで出版されたスティーブン・ブラッシュの「American Hardcore:A Tribal History」を原作に、ポール・ラックマンが監督しているが、これだけ当時の精神を伝える映画になったのは、スティーブン・ ブラッシュとポール・ラックマンが共に当時のハードコア・パンク・シーンに関わるプロモーター、すなわち当事者であったことが大きい (後者はハードコア・パンクのライブビデオからメジャーのPVや映画監督になった人物でもある)。
まずレーガン政権の保守さがハードコア・パンクを生んだと伝えられる。 アメリカ経済が傾き始めたときに登場したのが俳優出身のレーガンだったわけで、前任のカーターと違って、 その派手な言動も含めて人々は期待したが、実はレーガンはカーター以上に保守的とも言える古い考えの持ち主だった。 このあたりは現在の日本の今の小泉安倍政権と似ている点でもあるが、 当時のアメリカではレーガンを支持する風潮や大人たちのようになりたくないという心情があったのだ (実際にレーガンを揶揄したジャケットのレコードがいくつも作られた)。 当時のメジャーの音楽のつまらなさも原因にあったのはイギリスもアメリカも同じだが、イギリスのパンクが不況から生まれたように、 アメリカのハードコア・パンクにも政治的状況が大きく影響していた。当時の十代の叫びであったことも確かなのだ。冒頭でアーティクルズ・ オブ・フェイスのヴィック・ボンティが「レーガンの就任で白人男性の権威が回復した。 前任のカーターが平和主義で人権だのゴタクを並べやがったの違う」と語っているが、これはレーガン肯定というわけではなく、 レーガンはカーターよりも最悪だったという意味が含まれていることには注意してほしい。
シングルしか出していないミドル・クラスのようなバンドの貴重な映像も嬉しいが、大きく取り上げられていて、 印象的なバンドにマイナー・スレット、ビッグ・ブラック、バッド・ブレインズがいる。共に当時のシーンには大事なバンドであり、 個人的にも好きなバンドだが、特にバッド・ブレインズが印象的に取り上げられる。当時は白人がバンドにも聴衆にも多かったハードコア・ パンクのシーンに、全員がアフロ・アメリカンのバッド・ブレインズは、かなり異質であった(リアルタイムで聴いた「I Against I」 でもレゲエの曲は、イギリスのパンクバンドがやるレゲエとは違っていて妙に印象に残った)。しかも、 当時は曲の早さや激しさを競っていた面もあるのにレゲエまでやっていた。バッド・ブレインズは元々ジャズなどをやっていたが、ハードコア・ パンクに転向しており、演奏は上手かったが、内包するパワーとライブの危険さは飛びぬけていた。 オーディエンスのダイブが始まったのはバッド・ブレインズのライブからだし、 そのライブの危険さから始めに活動していたワシントンではライブが禁止されて、そのことを歌った「Banned In DC」 (ワシントンで禁止された)という曲まであるほどだ。後にNYに活動拠点を移すが、ツアーも行いバッド・ ブレインズを観た若者が衝撃を受けて地元でハードコア・パンク・バンドを始め、それを観た若者がまた始めと各地にハードコア・ パンクのシーンが出来ていく。
バッド・ブレインズは「PMA」(Positive Mental Attitude:前向きな心的態度)を信条としていたが、 ヴォーカルで中心人物のHRの奇人ぶりでも知られる。HRは一種の天才であると多くの人は証言するが、 その狂気ゆえにメジャーにはなれなかった(ならなかった)。面白かったのは、バッド・ブレインズが聖書とともにナポレオン・ヒルの 「思考は現実化する」に影響を受けているとメンバーが語るところだ。ナポレオン・ヒルの著書といえば、ビジネス啓蒙書の典型的とも言える本だが、 新たに自分たちの状況と照らし合わせて、テキストを捉え直ししているのはP-Funkにも通じる独自なものの見方を感じさせた。 後にフガジを結成するマイナー・スレットのイアン・マッケイは「バッド・ブレインズには現状に満足せず、押して押して押しまくれ」 の姿勢を学んだと語るぐらいにバッド・ブレインズの影響力は絶大であった。ビースティ・ボーイズはお遊びバンドから始まっているが、バッド・ ブレインズを尊敬していて、同じ頭文字の「BB」からビースティ・ボーイズと名付けていることからも影響力の強さはうかがいしれるだろう。
ブラック・フラッグにまつわるエピソードで、ヘンリー・ ロリンズ自らが語るヴォーカリストへの加入の経緯やベーシストの女性のキラの証言などを含め、 他にも多くの印象的なエピソードや証言が出てくるが、ハードコア・パンクを知らない/興味が無くても、 その精神を知るだけで心打たれるものがあるだろう。それは、DIY(Do It Yourself:他人に頼らず自分自身で行う)の精神、 権力者を信用しない、お金目的ではなく大義のために物事を行う、そして自分の目標には何も恐れずに向かっていくという精神だ。アメリカで 「American Hardcore」が公開されたときに、映画は絶賛されたが 「当時にこのようなシーンが起きていたとは全く知らなかった」と言われたように、ラジオでかかるような曲ではなかったこともあったし、 マイナーなカルチャーではあったので、実際には多くの人には知られなかったが、ブラック・フラッグなどの熱心なファンだったレッド・ホット・ チリ・ペッパーズのフリーが語るように、その精神は現在でも生きている。是非観てほしい。
なお、この直前のNYのポストパンクシーンを描いた「Kill Your Idols」もUPLINKで公開される。そして、 劇場でも少しだけ公開されたが、既に発売されているバッド・ブレインズの82年のライブ、 ミニットメンのドキュメンタリーのDVDも素晴らしいので是非観てほしい。
(2006.12.31)
シアターN渋谷で1/19までの限定レイトショー
Kill Your Idols:http://www.uplink.co.jp/x/log/001717.php
バッド・ブレインズの82年のライブ:「ライヴ・アット・CBGB・1982」
ミニットメンのドキュメンタリー:「ウィ・ジャム・エコノ:ストーリー・オブ・ミニットメン」
主なキャスト / スタッフ
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