今週の一本
(2004 / フランス / オリヴィエ・マルシャル)
しみじみ思う。人間は哀しい、と。

鮫島 サメ子

あるいは裏切りという名の犬1 高年齢の男性客に占拠された劇場でチラッと思い出したのは、夏の終りに観たリメイク版『マイアミ・ バイス』。同じ「警官モノ」で、この差。と言っても、演技や作品がどうこうといった高邁な話ではなく、 主役陣のオスとしての魅力の彼我の違いにしみじみ感慨に耽っただけなのだが。

 ハリウッド製のセックス・シンボルは男子部門も強烈だ。コリン・ファレルのダダ漏れフェロモンたるや、 ハンパではない。あんな男にあんな拗ね顔で迫られたら、好悪を超えて「まいりました!」と頭を下げるしかないことがよおくわかった 『マイアミ~』。かたや本作。ダニエル・オートゥイユとジェラール・ドパルデュー。ともに、 テアトルシネマの客に負けないくらいの傷み具合である。下手すると妻役が「娘さん?」に見えちゃうくらい、くたびれている。いや、 落ち着いた年齢でいらっしゃる。観客サービスか何か知らないが一応主役のシャワーシーン(さすがに後姿のみ)まであるが、 全身のゆるみ具合もこれまた充分で、来し方の長さとその重みを物語っている。もちろん、 独特の存在感とフェロモンと呼ぶには渋すぎるオーラは棚引かせているものの、おふらんす映画の王道を踏襲して、 この二人の名優は美貌とも縁遠い。

あるいは裏切りという名の犬2 ――別に米仏の色気のどちらがいいとか悪いとかの話ではない。ただ、 客の好みというのは様々であるなあ、と。その久々のフレンチ・ノワール。何が驚いたって、平日の真っ昼間だってのに、 前述のテアトルシネマが前述のオッサン族で満席だったこと。劇場内もそこはかとなくノワールだ――。さて、本編。 舞台はパリ警視庁。善玉のレオ(オートゥイユ)はBRI(探索出動班)所属。野心家のドニ(ドパルデュー)はBRB(強盗鎮圧班) 所属。キャリアも評価も同等の二人の警視はかつて親友であった(らしい)が、今は宿命のライバル。 パリで多発する現金輸送車襲撃事件をきっかけに、彼らの人生は思いもかけない方向へ転がっていく――。

あるいは裏切りという名の犬3 長いこと組織の中で働いてつくづく思うのは、男同士の嫉妬の怖さ、やっかいさである。 ドパルデュー演じるドニも、「最も大切なもの」を奪ったレオにだけは負けたくなかったはず。 傷ついたプライドを抱えて生きていくには、頑ななまでの権力志向が必要だったのだろう。しかし、 その度外れた利己主義とレオ自身の不運が様々な悲劇を引き起こしてゆく。取り返しのつかないことをやらかしても、 これまた意固地に後悔も改心もしないで突き進むドニだが、自身の歪みには気付いている。だから、 尾羽打ち枯らしてなお男のダンディズムを見せるレオに取り乱し、口汚く罵るのだ。正義の味方にして不器用なレオより、 栄耀栄華を極めても少しも幸福そうではないドニの孤独にシンパシーを覚える人も少なくないのではないか。人間は哀しい。 そしてしみじみ、ドパルデューが巧い。

 レオの盟友である元娼婦役にミレーヌ・ドモンジョが出ていてビックリ。そして、 イイトコなしだったティティ(レオの元部下)が最後にやってのけた武士の一分(!?)も必見。狙いすぎたような邦題はあまり感心しないが、 巷の評価通り上質なサスペンスであることは間違いない。久々に映画らしい映画を堪能した。

(2006.12.31)

2007/01/08/13:31 | トラックバック (0)
鮫島サメ子 ,今週の一本
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