映画祭情報&レポート
第6回ラテンビート映画祭(9/17-9/27)
ラテンなビートってどんなもの?

夏目 深雪

ペイン・ラテンアメリカ映画祭からラテンビート映画祭に名前を変えたものの、今年で6回目を迎えるスペインとラテンアメリカの映画を紹介する映画祭、ラテンビート映画祭。今年はジョセフ・フォン・スタンバーグとマレーネ・ディートリッヒのコンビの『スペイン狂想曲』を入れるなど、より通に向けての旧作を混ぜながらも、アルゼンチンのテレビ小説も上映したりと幅広いプログラミング。一昨年あたりはディエゴ・ルナ主演作やアントニオ・バンデラスの監督作などと集客の面でも手堅いラインナップであったが、今年は世界の映画祭での出品作、受賞作が多い印象。それは同時にラテンアメリカ映画の興隆を物語るものでもあるだろう。一体どんなビートを感じさせてくれるのだろうか。

まずは9/18(金)の夜、メキシコ・フランス・アメリカの合作映画、アマ・エスカランテ監督の『よそ者』から。カンヌ国際映画祭のある視点部門に出品されているほか、様々な映画祭の賞を受賞している。前半はロスのメキシコ人不法移民であるヘススとファウストが、アメリカ人に搾取され蔑まれていくうちに、彼らに対する憎悪を募らせていく過程を描いていると言えるのだが、それはあくまで後付けの解説にすぎない。日雇いの苛酷な労働、歩いているだけで侮蔑される日常などが、なんの解説もなく淡々と描かれ、そこから唐突にアメリカ人宅襲撃のシーンになる。へススとファウストがどういうつもりで襲撃したのかがよく分からないので、観客は女主人とともに、金か女主人の肉体か殺人かと彼らの目的を訝り、彼らの一挙一動から目が離せなくなる。夜の邸宅のプールで三人で泳ぐシーンで、緊張感と違和感は最高潮になる。
テーマ的には昨年のロカルノ映画祭金豹賞を取ったエンリケ・リベロ監督の『パルケ・ヴィア』(昨年度東京国際映画祭で上映)と同じと言え、あまり目新しさはないかもしれない。プールのシーンはこれら最近のメキシコ的映画美の一つの達成を現していると言えるのではないか。クレジットにメキシコ映画の隆盛に影響が大きいと言われるカルロス・レイガダス監督の名前を見つけた。
普通の青年のようでありながら同時に不気味さも醸し出すヘススとファウストが素晴らしいが、なんとそのうちの一人の俳優、ルベン・ソサがカンヌで不審者扱いを受けたというこんな記事を見つけた。ラテンビート映画祭でも来日予定があったのに、急遽中止になってしまったのは残念であった。

迫力に満ちた2作――スペインの力作とブラジルの美食物語

9/20(日)、スペインのゴヤ賞で監督賞を初め6つの賞を受賞したハビエル・フェセル監督『カミーノ』から。客席は3/2以上が埋まる大盛況。が映画は2時間半近い大作であるがなんとも形容しがたい印象。
小児ガンに冒されたカミーノが、悪夢の中で悪魔らしき人物を見、うわごとでも口走るのだが、結局はそれらは現実ではないといった処理が映画ではされている。効果絶大な音楽とリアルな悪魔造形でその辺のホラー映画より怖いと思った悪夢のシーンや、ボーイフレンドのへススからの手紙を持った父親が突然の事故に遭うところなど、「一歩間違うと、『オーメン』?」などと思っただけに、なんだか肩透かし。厳格なキリスト教の行き過ぎた面も、もうカミーノが助からないと知った母親に対し「(神に)捧げなさい、捧げなさい」と口説き始める神父や、カミーノの死に顔を「綺麗な死に顔だ。写真に撮りなさい」と言い放つ神父など、十二分に不気味に描けていただけに、結局カミーノの敵が悪魔なのか、キリスト教なのか、観客にとっては曖昧になってしまった。意図的に勧善懲悪から外しているのだと好意的に解釈できなくもないが、カミーノにとっての真実はヘススとの純愛だけだったというラストでは、じゃああの悪魔は一体何だったのかとしこりのようなものが残されてしまう。
監督初め三人が参加したQ&Aでもその辺りを突っ込んだ質問が多く出たのだか、監督としては宗教的な問題よりも、カミーノの生き様をメインに描きたかった、実話ではあるが脚色してないわけではない、といった答え。スペイン人だろうか、スペイン語で出た質問で、「反キリスト教的な面があるが、本国での若者の反応というのはどういったものだったのか」というものがあったが、監督は「実際に若者に聞いてみないとわからない」とにべもない答え。やはり日本人にはわからないコンテキストがあるのだろうなぁ、抑圧が強いのだろうか、などと想像を逞しくする。いずれにしてもこの映画は日本人ディレクターなら上映を躊躇するのではないだろうか。プロムラミング・ディレクターがスペイン語圏の人だからこそのセレクションであり、それがラテンビート映画祭の醍醐味ではある。

次はブラジル・イタリア合作の『イブクロ/ある美食物語』、昨年のロッテルダム国際映画祭ライオン賞ほか多数を受賞した、料理人を主人公にしたブラック・コメディー。刑務所に入ったばかりのノナトが、同衾のコワモテたちの中で自慢の料理によって地位を上げていく過程と、田舎から出てきたばかりのノナトが無銭飲食が縁で小さな食堂で働き始め、料理を覚えていく過程が交互に描かれる。刑務所でのシーンの方が時系列的に後であることはすぐに分かるので、食堂から有名料理店に引き抜かれ、イリアという恋人も出来順調なノナトではあるが、何か犯罪をしでかすであろうことが予感となってまとわりつき、常に不穏な空気を作っている。そんな中で、ノナトが娼婦イリアに抱く純粋な愛情がある鈍い痛みを持った予兆となり、そしての予兆はグロテスクに実現してしまう。そしてさらに、その上を行く刑務所でのブラックな結末。何も知らない田舎者だったノナトが、料理の腕に目覚め、愛を知り、愛を失ううちに、自分の料理によって周りを支配することを覚えていく過程がスリリングに描かれる。
これは時系列に沿って描いても、それなりのドラマにはなったかもしれないが、ここまでメリハリが効いてスリリングな映画にはならなかったであろう。なんといっても構成の妙とノナト役の俳優の掴みどころのない魅力が大きい。「美味しさ」というのは映画で表現しやすいものではない(いくら美味しそうな料理が映っても、観客に美味しさが伝わるかというと別だ)と思うのだが、そんな定石を覆す快作。最初から最後まで、不穏な予兆と蠢く欲望と美味しそうなエロチシズムが満載の、それこそ濃厚なフルコースのディナーのような映画。すっかりブラジル映画に興味が湧いてしまった。マルコス・ジョルジ監督のQ&Aが予定されていたのだが、中止になってしまい残念であった。

少女たちの反乱――アルゼンチンの幻想譚とメキシコの大河ドラマ

最後はアルゼンチン・フランス・スペイン合作、ルシア・プエンソ監督の『フィッシュチャイルド』。マラガ映画祭審査員特別賞・撮影賞受賞ほか、ベルリン国際映画祭にも正式出品された。ブエノスアイレスに住むララと、その邸宅でメイドとして働くパラグアイ人のアイリン。レズビアンの関係にある2人が、ララの父の殺人事件や、アイリンとアイリンの父との愛憎関係、アイリンの逮捕と警官への売春などの事件をくぐり抜けながら、愛を貫いていくドラマ。
あらすじに「同性愛、近親相姦、格差社会、尊属殺人、児童買春。重いテーマが複雑に絡み合う本作は、前作『XXY』で国際的に高い評価を得た監督が23歳で書き下ろした同名小説の待望の映画化」とあるので、かなりエグイ描写もあるのではと思っていたのだがそうでもなく、タイトルにもなっている伝説の子供「フィッシュチャイルド」に関しては、実は水子のことなのでよく考えればグロテスクなはずなのに、ファンタジーといっても言ってもいいくらい幻想的で、感心した。主演2人の美しさも際立ち、なかなかの佳作。ただテーマが絡み合いすぎていて、主演2人がレズビアンでなくただの親友のような、それでいいような気もした。
Q&Aはアイリンを演じたマリエラ・ビタレ(エンメ)が登場。映画と同じくらい美しく、映画より(当然ながら)明るい彼女によると、ラテンアメリカでは近親相姦が多く、問題となっているそう。撮影秘話などを披露してくれた。

ロベルト・スネイデル監督(左)とPDのアルベルト・カレロ・ルゴ氏(右)
ロベルト・スネイデル監督(左)とPDのアルベルト・カレロ・ルゴ氏(右)
9/21(月)、メキシコの大河ドラマ『命を燃やして』から。本年度アカデミー賞外国語映画賞メキシコ代表作品でもある。1930年代の革命の混乱が続くメキシコ・プエブラを舞台に、剛腕将軍に見初められた16歳の少女カタリナが、無垢なまま嫁ぎ、将軍の独裁と身勝手に翻弄されながらも、自立した女性に成長していく姿を描いたドラマ。エゴとエネルギーの塊のような将軍と、最初は折れそうに細く将軍のいいなりであったカタリナが、圧倒的な男性優位社会の中で徐々に自我と真実の愛に目覚める過程が明確な対比をもって描かれ、立派に「女性映画」として成立している。そしてそんじょそこらの「女性映画」と違うのは、決して将軍はじめカタリナの愛人などの男性陣を描くのが疎かになるわけではなく、緊密かつ的確な描写は運転手一人の描写にさえ適用されている。真実の愛と自由を追い求めたカタリナが、将軍によってその羽をもがれ、絶望の最中復讐をし遂げるラストには、観客にも解放感とともにある虚しさを伝えずにはいられない。籠の中の鳥は籠からは出られたが、最愛の人はもう逢えないのだ――。
これはよほどクレバーな監督だと思い、Q&Aを楽しみにしていたら、なんとロベルト・スネイデル監督はいらしているものの、時間がなくてQ&Aはないとのこと。非常に残念。

人間そのものが持つ生命力――熱く情熱的なラテンビートを!

気を取り直して最後の作品、キューバのエルネスト・ダラナス監督の『壊れた神々』。キューバ映画最優秀作品賞受賞。ハバナを舞台に、女衒のアルベルトと、昔の恋人サンドラと、アルベルトの親玉ロセンドの三角関係を描く。「甘いマスク」という言葉がぴったりで、アラン・ドロンばりのジゴロぶりを発揮するアルベルトに対し、サンドラはスタイル抜群なものの日本の基準では決して美人ではないところが面白い。新しい題材でもない親玉の情婦が昔の恋人で関係が再燃……というプロットと、意味のない激しいカット割などが続き、最初はどうかなぁと思っていた。が、伝説の女衒ヤリー二の研究をしているという女大学教授のラウラが絡みだしてから、話が面白くなってくる。
アルベルトとサンドラの密会場面にロセンドが踏み込み、流血沙汰というのも、全くありがちなパターンではあるのだが、そこには裏があった。ラストシーン、ラウラとサンドラが腹を割って話し合うシーンで、観客は驚くべき事実と女のしたたかさを知ることになる。直前に観た『命を燃やして』もこの映画も、男たちの命は相討ちのような形でついえ、結局生き残るのは女で、女の生命力の強さを図らずも表現することになっている。その辺りは最近目立つラテンアメリカ映画の興隆が副産物的に産み出した一つの嬉しい符牒であるのか、プログラミング・ディレクターのアルベルト・カレロ・ルゴ氏の好みであるのか、不明ではあるが女性としては嬉しいものである。

全般的に、レベルの高さが印象に残った。私がラテンアメリカの映画を観て感じる魅力は、自然と人工、卑俗と洗練の混濁などのレンジの広さや混血性とともに、或いはその故か、人間そのものが持つ生命力の強さや雑駁性が感じられる感度の良さと直截性にある。このラテンビート映画祭はさらにスペインの映画も上映するので、雑駁性はさらに増すと思われる。筆者はスペイン語は挨拶程度しか分からなく、スペイン語圏の方や生徒さんたちのラテンな雰囲気に気後れすることもあるのだが、毎年通ってしまうのはそんな魅力があるからだろう。今年は一昨年のようにディエゴ・ルナのような有名俳優を呼ぶこともなかったのに、常に2/3以上客席も埋まりなかなか盛況でもあった。秋のラテンビート映画祭がすっかり定着してきた様子。欲を言えば来年以降やはりQ&Aの実施率を挙げてもらいたい。なかなか日本に紹介される機会のない地域の映画が多いだけに、実際に製作者の意図を聞けるQ&Aは他映画祭にも増して重要であると言える。特に『カミーノ』などQ&Aがなかったら狐につままれたような気持ちで帰宅することになったであろう。
どの作品もバラエティに富み魅力があったが、あえてNo1を挙げるとしたらやはり『イブクロ/ある美食物語』であろうか。ラテンアメリカの映画の良さを持ちつつ、劇場公開しても全くおかしくないクオリティを持っていると思う。
11月にはガエル・ガルシア・ベルナル、ディエゴ・ルナらが企画・主催するラテンアメリカと日本の傑作ドキュメンタリー映画祭も開催予定だということ、期待大である。

(2009.9.27)

第6回ラテンビート映画祭 ( 9/17~23 ) 公式
『よそ者』( 2008 / メキシコ・フランス・アメリカ / アマ・エスカランテ監督 )
『カミーノ』( 2008 / スペイン / ハビエル・フェセル監督 )
『イブクロ/ある美食物語』( 2007 / ブラジル・イタリア / マルコス・ジョルジ監督 )
『フィッシュチャイルド』( 2009 / アルゼンチン・フランス・スペイン / ルシア・プエンソ監督 )
『命を燃やして』( 2008/ メキシコ /ロベルト・スネイデル監督 )
『壊れた神々』( 2008 / キューバ / エルネスト・ダラナス監督 ) 他

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2009/09/27/18:59 | トラックバック (0)
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