インタビュー
洞口依子

洞口依子 のら猫万華鏡』(公式サイト)/『洞口日和』(公認ファンサイト)/「洞口依子映画祭」公式サイト

11月7日(土)~11月20日(金)まで、シネマヴェーラ渋谷にて開催

その女優は、黒沢清監督の映画『ドレミファ娘の血は騒ぐ』のヒロインとして、スクリーンに登場した。可憐とエロス、重さと軽さを同時にたたえた存在感。洞口依子は、その瞬間から、光と闇の世界をさまよう永遠のアリスとなった――。今年でデビュー25周年を迎える彼女の足跡を振り返るべく、シネマヴェーラ渋谷にて開催される「洞口依子映画祭」。「ドレミファ娘」は、いまなにを思うのだろうか。(取材/文:佐野 亨
洞口 依子(女優)
1965年3月18日生まれ。15歳で篠山紀信氏による「週刊朝日」の表紙を飾る。1985年、黒沢清監督作『ドレミファ娘の血は騒ぐ』にて映画デビュー。その後、黒沢監督や伊丹十三監督作品の常連となる。ドラマでは、『女の人さし指』などの久世光彦作品、NHK『蔵』、CX『愛という名のもとに』などで活躍。2004年に子宮癌を患い、子宮卵巣全摘出手術・化学治療のため入院。その体験をもとに、2007年『子宮会議』(小学館)を上梓する。2008年、ウクレレユニット<パイティティ>でCDデビュー。今年デビュー25周年を迎え、さらに精力的な活動をつづけている。

洞口依子2特集上映にあたって

――デビュー25周年、おめでとうございます。

洞口 ありがとうございます。

――今回、シネマヴェーラで特集上映が組まれることになった経緯を教えてください。

洞口 私のファンサイト「洞口日和」の管理人である夢影博士の発案です。私自身は25周年ということに対して、それほど感慨があったわけではないんですが、夢影博士は「なにを言うんですか、洞口さん。四半世紀ですよ!」と。四半世紀と言われると、これはちょっと凄いことかも、と思い始めた(笑)。そうしたら夢影博士がシネマヴェーラ渋谷に手紙を書いてくれたんです。「特集上映をやりたい」と。それから夏くらいに急遽決まって、バタバタ動きだしたんですね。私みずから中心に、仲間たちや事務所や元マネージャー、ほかにも沖縄の映画サークル「シネマラボ突貫小僧」とか、昔『ドレミファ娘の血は騒ぐ』(85)にも出演していた暉峻(創三)くんとか、いろんな人に力になってもらいました。

――シネマヴェーラといえば、黒沢清特集のとき、青山真治監督とのトークに洞口さんが飛び入りで参加されたこともありましたね。

洞口 黒沢特集のときは、復帰第1作の『探偵事務所5<マクガフィン>』(06)のウェブ配信が始まる頃で、シネマヴェーラの前でビラを配って路上ゲリラライブをやったんです。そうしたら黒沢さんがちょうど通りかかって、「どうしたの?」「あ、ビラ配ってるんです」と。そのあと映画館の階段のところでトークを聞いていたら、青山さんが「宮崎あおいさんが尊敬する女優ってだれだか知ってますか? それは洞口依子さんなんです」という話をされたんですよ。で、黒沢さんが「あれ? 彼女ならさっき見かけたよ」と。会場がザワザワとなったので、「ハイ」と手を挙げて出ていきました。
思い返せば、『ドレミファ娘』の初公開はパルコ劇場だった。私にとって、渋谷の映画館は縁が深いような気がします。

「ドレミファ娘」から黒沢清作品の<ミューズ>に

――洞口さんは1980年に「週刊朝日」の表紙モデル、そして「GORO」の篠山紀信さんの激写モデルとしてデビューされた。『ドレミファ娘』がもともと「女子大生・恥ずかしゼミナール」という日活ロマンポルノの企画だったことは有名ですが、当時は予備校生だったんですか?

ドレミファ娘の血は騒ぐ [DVD]洞口 プータローというやつです。写真のモデルになったときも、芸能界デビューという意識はまったくなくて、カメラの前でのびのびと、笑ったりすましたりしていただけ。ただ身をまかせていたという感じでした。

――黒沢監督のことはご存じなかった?

洞口 ディレクターズ・カンパニーの存在は知っていて、そこにいらっしゃる新人の監督さんなのよ、という話は聞いていました。それでマネージャーに付き添われて、赤坂にあったディレカンの事務所までオーディションを受けに行ったんです。

――黒沢監督の著書(『黒沢清の映画術』)には、「暗くてニコリともしなかった」と書かれていますが。

洞口 昔の私はどこへ行ってもそうでした。演技経験がなくて、緊張していたせいもあると思いますけど。

――『ドレミファ娘』の現場は、黒沢監督、共演の伊丹十三さんはじめ、シネフィルばかりの現場ですよね。

洞口 みなさん筋金入りのシネフィルじゃないですか。だから、映画的な共通体験のない私は、まだまだヒヨッコだなあ、勉強しなきゃいけないなあ、という歯痒さがありました。ゴダールの作品は以前から少しは観ていたんですが、彼らの影響で名画座に通いつめるようになったのはこの頃からですね。

――ゴダールといえば、アシスタントを務めておられたNHK教育の「土曜倶楽部」(87年より教育テレビで放映された若者向け番組)で、共演の夏目房之介さんがゴダールについて「暗くて難解な当時の若者文化の代表」みたいな発言をしたところ、洞口さんが「ゴダールはファッショナブルだと思う」と反論されたことがありましたね。

洞口依子3洞口 いや、お恥ずかしい。

――ファンサイトのインタビューでも語られていましたが、じつは夏目さん、著書(『夏目房之介の講座』)のなかで「洞口嬢のつっこみにはビビった。これは彼女が正しい」みたいなことを書いておられるんですよ。

洞口 ひー、すみません(笑)。私がゴダールについて多くを語るなんてめっそうもないことなんですが。ただ、私にもそれなりに思い入れはあって、「暗い」とか「難解」とか言われたときに「いや、ファッションでいいじゃない」という反発があったのかもしれません。のちにゴダールはファッションアイコンとして確立されちゃいましたけどね。若いって無謀。怖いですね。

――『ドレミファ娘』の現場の雰囲気はどんな感じでしたか?

洞口 とにかく初めての映画の現場だったので、毎日びっくりすることばかりでした。「撮影ってこうやるのかあ」とかね。演技の経験もなかったけれど、黒沢さんは「いまの彼女の心境はこうで……」みたいなことはほとんど言わない方なんですよ。「右を向いてください」とか「自分のなかで何秒か数えてから歩きだしてください」とか、そういう物理的な演出をされるんです。正直私は「どうしたらいいのかなあ」と悩みつつ、言われるがままに動くという感じでした。

――前述の著書のなかで黒沢さんは、「洞口依子は天性の女優だった」と書かれています。

洞口 当時はそんなこと言われたこともないし、思ってもみなかったですね。それより「監督ってカッコイイなあ」って。黒沢さんは本当にもの静かな方で、周りのみんなも黙ってついていくような不思議なカリスマ性が当時からありました。

思い出の映画たち

洞口依子4
――『ドレミファ娘』で共演された伊丹十三監督の作品にも出演されていますね。最初は『タンポポ』(85)。今回のラインナップには入っていないようですが。

洞口 ねえ、残念ですねえ。観たかった!

――たくさんエピソードがあるなかで、洞口さんのあのカキのシーンはとても印象的でした。

洞口 「カキの少女」という役名で。みなさん、私のことを子どもだと思っていたみたいですよ。じっさいはあのとき20歳過ぎてましたけど。

――相手役は、のちに『カリスマ』(00)など黒沢清作品でも共演することになる役所広司さん。

洞口 役所さんとは、TVドラマでも何度かご一緒しましたが、なぜか色っぽいシーンばかりやることが多かったですね。いまでこそ大俳優ですけれど、当時から「なんてセクシーな人だろう」と思っていました。

――今回のラインナップで、非常に観る機会がすくない映画としては、『君は裸足の神を見たか』(86、金秀吉監督)があります。これはいまだにDVD化もされていないんですね。プロデュースは今村昌平さん。ATG末期の青春映画でした。

洞口 あれもヒロイン役の女優をさがしているというので、オーディションの結果、出演することになった作品です。『ドレミファ娘』につづく大きな役で、初めて地方ロケにも行きました。今村プロのスタイルというか、合宿をして自分たちでごはんをつくりながら撮影するという現場でしたね。けっこう過酷な撮影でした。それから『ドレミファ娘』とはちがい、心情的な芝居を要求される映画でもありました。今村さんが現場にいらっしゃって、わからないときは相談に乗ってくれたりもして……。スタッフも照明の岩木(保夫)さんをはじめ、今村組についていた方ばかりで、本当にプロの現場という感じでした。

――園子温監督の『部屋 THE ROOM』(93)も非常に不思議な映画ですね。

洞口 園監督とは初めてだったんですが、不思議な作品でした。ただ、撮影現場でワクワクしたのは憶えています。あと意外(?)だったのは、共演の麿赤児さんがとても紳士的で、優しい方だったこと。外見から、ちょっとこわそうな人だなあ、というイメージがあったので。

探偵事務所5” Another Story File 7 マクガフィン [DVD]新しいフィールドへ

――癌の手術後、復帰作となったのが『探偵事務所5<マクガフィン>』ですね。

洞口 はい。手術が終わって、沖縄へ療養に行っているときに、『パイナップル・ツアーズ』(92)で知り合った當間早志監督と再会したんです。それがきっかけで當間監督が私を想定したシナリオを書いてくれたんですよ。「妊婦の役なんだけど、やってくれるかなあ」と。すごく嬉しかった。私が病気と闘っている様子をそばで見ていてくれて、あえて女優として妊婦役をやってほしい、そして海で出産するシーンを演じてほしい、と言ってくれたんです。どうも私が酔っぱらったときに、「地球にいいものを、海で産んじゃえばいいじゃん」って言ったらしくて、それをもとにシナリオを書いたそうですが。私はぜんぜん憶えてないんですけどね。

――女優として活動するうえで、大きな転機になった作品でもあると?

洞口 そうですね。いままでは与えられたものをこなすだけだったのが、ある意味『ドレミファ娘』の頃の初心に帰ったというか、いろんな意味で成長したというか。自分で動かなければなにもはじまらない、ということを強く意識するようになりました。ただ演技をしておしまいではなくて、撮り終えたものをいろんな人に観てもらう、そこまでが仕事なんだ、ということですよね。そういう意識が芽生えて、友達に頼んでチラシをつくってもらったり、東大までポスターを貼りに行ったり、ということを今作では率先してやるようになりました。
それと前後して、『子宮会議』という本を出せたことも大きかった。自分から「書きたい」と言って書き始めたものだけれど、ありがたいことに小学館の方が「出しましょう」と言ってくださって。自分のなかでなにかが吹っ切れたような気分でした。

――『探偵事務所5<マクガフィン>』では、ウクレレバンド<パイティティ>として、音楽にもたずさわっていらっしゃいますね。

洞口 女優としても出演している上に音楽の部分でも参加出来るなんて楽しいですよね。そういう経験は初めてだったので。現場にいろんなスタッフがいて、みんなそれぞれの仕事を頑張っている。そこに自分もいるんだなあ、という喜びは何ごとにも替えがたいと思います。
今回、プレミア作品として、『ミカドロイド』(91)からお付き合いのある原口智生監督が撮った『ウクレレ Paititi The Movie』を上映するんです。原口監督と偶然再会したときに、<パイティティ>のことをお話ししたら、わざわざライブにいらしてくださった。それで監督に「プロモーションビデオを撮りたいんだけど」と言って、マクガフィン [Maxi]「泡風呂に浸かっている裸の美女と月あかり」というテーマの下手なイメージイラストと手紙を送ったら、快く引き受けてくださって、その後、原口監督が<パイティティ>のプロモーションビデオとインタビューをつないだドキュメンタリー的な作品を作りたいとおっしゃったのです。それを今回初公開で特別上映することになりました。原口監督率いる特撮スタッフによる映像も満載で、特撮好きにはヨダレものの作品に仕上がっていますよ。なぜだれも知らないウクレレユニットにこんな素晴らしいスタッフが協力してくれるんだろう、というくらいの完成度です。

25年目の挑戦

――冨永昌敬監督の新作『パンドラの匣』にも出演されていますね。冨永監督は中学生のときに洞口さんをTVドラマで観てファンになったそうで、今回の特集上映にも「映画づくりの楽しさと緊張感を洞口さんと共有できるのが嬉しい」というコメントを寄せていらっしゃいます。

洞口 ありがたいことです。監督っていろいろな個性の方がいらっしゃるけれど、冨永監督には久々にフッ飛ばされました。現場は普通なんですが、あがったものを見て「こんなんだったのか!」と心底驚きましたから。ジャズとかそういったものにとても造詣が深くて、表現力豊かな監督ですね。太宰の原作を冨永さんなりに咀嚼した意欲作になっていると思うし、太宰が当時「僕のユーモアをだれもわかっていない」と言ったことが数十年の時を経てやっと通じたんじゃないか、と思わせる映画になっています。

――冨永監督とは、<相対性理論>のPV「地獄先生」でも組んでおられますね。

洞口 ええ。『パンドラの匣』のプロデューサーである西ヶ谷寿一さんに「洞口さん、<相対性理論>っていうバンド、知ってます?」と訊かれたんですよ。知ってるもなにもちょうど私のマイブームだったんです(笑)。ところが冨永さんは『パンドラの匣』のスケジュールが忙しくて、PV撮影のスケジュールが物理的に難しい。「断ろうかな」と西ヶ谷さんは悩んでらしたところに、私は「絶対ダメ!」(笑)。「必ず撮ってよかったと思うから。それくらい不思議な魅力のあるバンドだから」と熱く語りまくったりして(笑)。そしたら、私も出演することになり、「地獄先生」のプロモーションビデオが完成しました。

――今回のラインナップをご覧になって、洞口さんご自身はどんなことを思われますか?

洞口依子5洞口 懐かしい作品もあり、記憶に新しい作品もあり……。じつは個人的に動いたものもあるんです。宮田吉雄さんという既に亡くなられたTBSのディレクターがいて、自分でも気づかなかった私の魅力を引き出してくださった素晴らしい演出家だったんです。久世光彦さんとともに「ムー一族」などをつくられていた方で、久世さんに「天才とは、宮田のような人間のことを言うんですよ」とまで言わしめた方だった。独特のシュールな演出で、映画やオペラに対する造詣の深さが感じられて……。その宮田さんがアナログ・ハイビジョンで『芸術家の食卓』(89)と谷崎潤一郎原作の「陰翳礼讃」(90)という作品を撮られ、私は2作品とも出演させていただいたんです。それを今回、どうしても上映したくて、私みずからTBS関係者の方へご連絡し、実際お会いして「お願いします!」と交渉しました。その熱意が伝わってか、初回の朝 11時の回から無料上映する運びとになりました。フルスクリーンで観る機会はおそらくもうないでしょうから、ぜひご覧いただきたいと思います。
それから写真家・篠山紀信さんが今回のために撮りおろしてくださった「デジキシン」。これはほとんど奇跡です。一人の写真家が15歳の少女に出会って、なぜか撮りつづけてしまった、というそのすべてがここに詰まっていると思います。
ほかにもいろいろなイベントをおこなう予定でおりますので、楽しみにしていてください。
そう、これは普通の映画祭とはちょっと違うかもしれないですから。

2009.10.10 青山にて
取材/文:佐野 亨 撮影:会田勝康
シネマヴェーラ渋谷:特集上映「洞口依子映画祭」

パンドラの匣 2009年 日本
監督・脚本・編集:冨永昌敬 原作:太宰治
出演:染谷将太、川上未映子、仲里依紗、窪塚洋介、洞口依子、ミッキー・カーチス
(C)『パンドラの匣』製作委員会
公式 youtubeリンク

テアトル新宿にて公開中、ほか全国順次公開

2009/10/25/20:08 | トラックバック (0)
佐野亨 ,インタビュー
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