濱口 竜介 (映画監督)
レトロスペクティヴ『ハマグチ、ハマグチ、ハマグチ!』について
2012年7月28日(土)~8月10日(金)まで、渋谷オーディトリウムにて開催!
映画監督・濱口竜介のレトロスペクティヴが、国内外から多数のゲストを迎えて開催される。ようやく実現した機会に喝采を送る人もいれば、聞き覚えのない名前に首を傾げる人もいるかもしれない。正式な商業公開作が1本もない状態のままで精力的に活動を続ける彼の歩みをたどることは、そのまま、現在の日本における映画監督という職業、あるいは肩書きの意味を考えることにも通じるに違いない。国際映画祭への正式出品、韓国との合作、4時間を超える長篇の制作、東北地方における東日本大震災の被災者の声に耳を傾けたドキュメンタリーの撮影などなど、偶然に翻弄されてきた数奇な監督生活を振り返っていただいた。(取材:鈴木 並木)
▶ page1 ▶ page2 ▶ page3 ▶ page4 page5
――映画の後半、ショート・バージョンとして先に発表されていた部分は、実際に上演された舞台劇と、そのリハーサルとを撮影したものを題材にしています。映画を見ていると、この発声で、客席にいたお客さんは聞き取れていたのかなと気になります。
濱口 少なくとも、真ん前にいた人は聞けていたと思うんですけど、後ろにいた人は聞こえない部分はかなりあったんじゃないかなと思います。先ほど、どうしても言わなきゃいけない部分では口を出す、と言いましたけど、もう少し声出ないのか、という話はしましたね。平野鈴さんはそのへん苦しんで見えました。今にして思えば脚本自体が、ああいう小さい声での芝居を要求していたのかなとも思って、それは申し訳ない気持ちですね。
――監督の作品には社会とのかかわりを持つ人物が少ないというお話がありました。『親密さ』の劇中の戦争も、突飛というか、ある種強引な感じがします。そもそも戦争の話題は、ほぼYouTube風の映像とツイッターで知らされるだけですし、チェーンメールとして出回っている義勇兵募集のメールも、読みきれないくらいの大量の文章が画面にさっと示されて終わりにされてしまいます。
濱口 いくつかの要因が重なってああなったと思うんですが、まず、2010年の秋(11月23日)に北朝鮮の韓国砲撃がありました。あれがフィルメックスでの『THE DEPTHS』上映の前日で、そのときに実は主演のキム・ミンジュンさんが来日する予定があったんですよね。それが、砲撃があったせいで来られなくなってしまった。それでけっこうリアルに、これは戦争が始まってしまうんじゃないかしら、みたいな心配は普通にあったんですよね。で、友人と言っていいような人が韓国にいる状況の中でそういうことが起きたときの感覚が、そのまま地続きで脚本になっています。
そして、役者たちにほとんど自分自身みたいな役を演じてもらうにあたって、でもこれは厳密には、君たち自身を演じるわけではないんだ、と理解してもらうために、戦争っていう、いま現在起きていないことを入れ込む必要を感じていました。自分はこんなことはしないとか、自分はこんなことは言わないとか、そういうレベルじゃなくて、フィクションの世界で君たちは役を演じなくちゃいけないということを理解してもらうために、戦争というあの設定は入っています。「戦争」の描き方に関しては、お金がないから、という理由もまたありましたが、実際に自分の生活圏と接しているけれども離れているような場所で何かとんでもないことが起きたら、ああいう形でしか現在、我々はその情報に接することはできないんじゃないかな、という思いはありました。その「触れられなさ」が浮き上がれば、彼らが舞台をやる、演じる理由もはっきりしてくる気がしたんですね。
もう一つは黒沢清監督への、ごく勝手なアンサーみたいなところです。僕は藝大映像科の第1期でも受けて、落ちてるんですけど、その際の実技試験の課題が「戦時下の日常」を撮る、というもので。1期生は入学後、その題材で改めて撮ったりもしてることを後で知りました。とても興味深い題材でした。『トウキョウソナタ』を見たこともあって、今日本で生きてる僕たちが、映画の題材として、それを選ばなくてはならない理由を、何となく理解できた気もして、いつか自分もそのテーマで撮りたいという気持ちはありました。そうしたすべてが重なって、のことですね。
『THE DEPTHS』――シリアスな部分がありつつも、最終的には肯定的な人生観があって、それでこの映画をどうやって終わらせるのかなあと思いながら見ていたので、ラストにはすごく充実感がありましたし、あそこがあるとないとでは全然印象が違うと思います。妙な話、月9のドラマの名場面集とかに混じっていてもおかしくないですよね。
濱口 そうですか。自分の根っこに、月9魂みたいなものがあるのかもしれませんね(笑)。ぼくは10代のころ、地方都市を転々とする家庭だったので、やっぱりTVっていうのがいちばん大きい映像受容としてあって、ドラマはよく見てました。それでみんなと話題を交わして……というのが中高時代でした。今はほとんど見ないですが、連続ドラマという形式にはいまだに興味を持っています。黒沢さんの『贖罪』を見たときも、もしかしたら映画よりも更に自由になれるかもしれない、と思いましたしね。
――今回のレトロスペクティヴで初めて濱口監督の作品に接する人も多いと思います。監督の側からすると未知の観客との出会いの機会になるわけですが、期待することはありますか。
濱口 映画好き、映画館好きの方々はもちろんですが、いわゆる映画好きじゃない人にも楽しんでいただける作品を、と常々思っているので、できれば周りの映画に興味のないような友人も是非誘って見ていただけたら、という気持ちはあります。あとは、若い人ですね。とくに『何食わぬ顔』と『親密さ』は青春映画だと思っているので、若い人たちに見てほしいと思っています。
――今後の展開についてお聞かせください。
濱口 自分の今後の展開……そうですね、難しい。いわゆる日本映画みたいなものを自分がこれからずっと一生撮っていく、みたいなイメージが最近あんまり湧かなくて、というのが正直なところなんですけど。
――旧来の、いわゆる括弧つきの「日本映画」ということですか?
濱口 スタジオ製作の映画ということですかね。もちろんお話があれば、いつでも撮る気はあるんですよ。ただ単純に、決まった形ではなくて、色々なやり方でずっと撮って行くんだろうな、ということです。今までだって、実はほとんど自主制作ではなくて、状況に応じて撮って来ました。決められた予算と日数の中でベストを尽くす、ということですね。これからもそうするつもりです。どんな形であれ1年か2年に1本、映画を作っていけたら、それが自分の納得の行く作品であったら、一番うれしいですね。あと、『親密さ』をやって以来興味があるのは、役者さんとのワークショップです。役者さんと一緒に、1年ぐらいかけて脚本から作れたら、というのが今考えているひとつの理想ですね。
▶ page1 ▶ page2 ▶ page3 ▶ page4 page5
( 2012年7月11日新宿にて 取材:鈴木 並木 )