濱口 竜介 (映画監督)
レトロスペクティヴ『ハマグチ、ハマグチ、ハマグチ!』について
2012年7月28日(土)~8月10日(金)まで、渋谷オーディトリウムにて開催!
映画監督・濱口竜介のレトロスペクティヴが、国内外から多数のゲストを迎えて開催される。ようやく実現した機会に喝采を送る人もいれば、聞き覚えのない名前に首を傾げる人もいるかもしれない。正式な商業公開作が1本もない状態のままで精力的に活動を続ける彼の歩みをたどることは、そのまま、現在の日本における映画監督という職業、あるいは肩書きの意味を考えることにも通じるに違いない。国際映画祭への正式出品、韓国との合作、4時間を超える長篇の制作、東北地方における東日本大震災の被災者の声に耳を傾けたドキュメンタリーの撮影などなど、偶然に翻弄されてきた数奇な監督生活を振り返っていただいた。(取材:鈴木 並木)
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――『PASSION』(2008年) 藝大の修了制作のこの作品で、かなり認知度が上がったというか、ブレイクした印象があります。冒頭、級友たちが再会する店の名前が「el secreto」ですが、これは意図的なものでしょうか。
濱口 いやいや。単にあのレストランが学校から歩いて5分のところにあったんです。「秘密」という意味のスペイン語であることは後で知りました。偶然です。
――3人の男がその店を出て、ふざけながら夜の道を歩いたり、あるいはバスの中で携帯電話を投げあったりします。30歳くらいの男たちが実にいきいきと、ガキみたいなことをしているのにぐっと来ると同時に、この人物たちが40歳とか50歳になったときにあの延長でバカ騒ぎをしたら、日本映画の新しい人間像になるのではないかとも感じました。
濱口 『何食わぬ顔』のときからそうなんですけど、3人の男性がはしゃぐのは、ジョン・カサヴェテスの『ハズバンズ』が忘れられないからですね。これからもきっと出るでしょう。
――話としてはとても生々しいのに露悪的でなく、よく言えば上品、悪く言えば地味ですね。
濱口 なんでこんな嫌な人ばかり出てくるのか、とよく言われますね……ぼくはそんなに嫌な人間ばかり描いているつもりはないので、あれっ、そんなに嫌ですか? という気持ちにはなりますね(笑)。
――あいまあいまに無人称的にはさみこまれる横浜の風景がいいアクセントになっていて、ウディ・アレンの『マンハッタン』を思い出しました。また、音楽はジョージ・ガーシュウィンの「パリのアメリカ人」が使われています。先日、アレン自身による“パリのアメリカ人”の映画『ミッドナイト・イン・パリ』を見て、シンクロめいたものを勝手に感じてしまいました。
濱口 ウディ・アレンはそんなにぼくは見てるわけじゃないんですけど、その『マンハッタン』とか、男と女がぐだぐだやってる作品はそれなりには見ていて、『PASSION』のショットの発想とかもいただいた部分もあると思うんですけど。ただ、そんなに影響を受けているかっていうと、必ずしもそうではないです。
――ことにこの作品は、普通の映画の平均からすると、セリフが多いのが特徴だと思います。俳優さんたちの反応はいかがでしたか。
濱口 ある時期から、セリフが多い監督なんだっていう認識でみんな現場に来てくれるような気がしてます(笑)。岡部尚くんは比較的、寡黙な役だったんですが「セリフがあるひとを見るとうらやましいなと思う」と当時言ってました。別にもっと目立ちたいとかでなく、「セリフがあることで、その場にどういるかがある程度決まるのがいい。だから、セリフがあるととてもそこにいるのが楽だよ。もちろん、セリフをどう言うのかという問題はまたあるけど」と言ってて。そのことは脚本書くときに、今も思い出しますね。
『PASSION』――日本には会話劇が少ないのでそれに挑もうという戦略の結果でもあったと思いますが、日本映画で参考にしたり念頭に置いたりしたものは何かありましたか。
濱口 会話劇ということでは増村保造と、現代映画社時代の吉田喜重ですね。男と女がひたすら言葉を交わすんだけど、どこにもたどり着かない。この図式はまだまだ可能性がある、という思いはありました。あとは万田邦敏さんの『UNloved』(2001年)ですね。現代でもこういうことができるんだ、と勇気づけられた記憶があります。
――何度も質問されていると思いますが、長回しの際のトラックの出現に驚かされます。
濱口 2テイク撮っていて、1テイク目のほうが光とかとしては全然きれいだったんですよね、マジックアワーで。撮影助手が涙するぐらい。ただ、1テイク目は動きが少し硬かったので2テイク目を撮ったら、フレームにトラックが急に入ってきて、そのときはNGかもとさえ思いました(笑)。どちらのテイクか迷って、編集のときに人に見せたら、これはすごいじゃないか、河井さんが去るタイミングにあわせてトラックが来てるだろ、と。不思議なもので、実際に現場にいると、そりゃそうだとしか思わないんですね。起こったまんまじゃないか、て。ただ、実際画面を見ていると、タテの動き一辺倒で横の動きがないな、と思っていたら絶妙にトラックが入って来て、変な話、「これが演出か」と、世界の側から教わったような気持ちにはなりました。
――『永遠に君を愛す』(2009年)は、なるほどこれは、見ていて増村保造の名前が自然に浮かんできます。コメディではないのに、過剰さについ笑ってしまいました。
濱口 『PASSION』のあと、次が撮れない状況があったときに、瀬田なつきさんの『あとのまつり』をちょっと手伝いに行って、ああ、俺も撮りたいな、ということを思って、ただもう『PASSION』みたいな脚本を書くのは嫌だなと思っていたので、藝大の先輩の渡辺裕子さんに、ちょっと書いてくれませんかということで脚本を書いてもらいました。ヒロインの行動原理みたいなものはよく分からないところがあったんですけど、その、よく分からないということにすごく可能性を感じてしまったんです。悪癖かも知れません。自分の映画の中では、けっこう好きな作品ではありますね。現実にあったらすごいキツい状況なのに、風通しがいい気がしますね。
――結婚式場の控え室で、手前に河井青葉さんがいて、奥に岡部尚さんが小さく、いわば卑小な感じでいるショットがありますね。笑ってしまうんだけど同時に怖くもあるような。あとは河井青葉さんと杉山彦々さんの指輪の交換の場面もそうですね。河井さんが杉山さんを完全に圧倒しているというか。
濱口 河井さんのその場にいる力ってすごいんですよね。別に力んでいるわけでもないとは思うんですが。自分のだけじゃなく、他人の作品を見ても驚かされます。