今夏話題が沸騰した『ダークナイト』もさることながら、もう一つのスーパーヒーロー映画『ハンコック』も注目しておきたい。主役のウィル・スミスと言えば、私が愛するマンガ家榎本俊二の映画コラム「映画でにぎりっ屁!」の『エネミー・オブ・アメリカ』(1998)の回で紹介されていた。「『一億ドルのばかづら』を持つウィル・スミスは90年代最高のアクションヒーローです」というフレーズが頭にこびりついているが、『ハンコック』ではそんなウィル・スミスがハチャメチャなヒーローの役にぴったりだった。
昼から飲んだくれてベンチで寝ているハンコックは街の人々にクズ呼ばわりされるスーパーヒーロー。不死身の体と超人的な力で事件や犯罪を取り締まるが、その無茶なやり方で街に甚大な被害を与えるため厄介者扱いされている。ある時彼は、広報マンのレイ(ジェイソン・ベイトマン)を助ける。レイはハンコックのイメージアップを買って出て、「一度刑務所に入れば君の重要さが人々にも分かる」と提案する。
嫌われ者が更生して人々の信頼をかちとるというストーリーはよく聞くが、本作はこの筋書きによって、更に人間味を帯びた深みあるスーパーヒーロー像を生む。しかも彼は人間臭いどころかダメ人間ですらあり、このカリカチュアライズされた姿はコメディによく馴染む。彼のハチャメチャぶりは見ていて思わず吹き出してしまうし、彼が真剣に悩み、よりよいヒーローとして立ち上がる姿は共感しやすい。彼の表情や台詞は印象的だ。ベンチで目を覚まし、しかめ面で口をすぼめて空を仰ぐところなど、本当にどうしようもない奴、というイメージには最適だし、「こいつの頭をお前の尻に突っ込む」という台詞――ある種の都市伝説と思われていたスカルファックを披露してくれるのは、下品ながらも非常にサービス心たっぷりで興味深くもある。やりたい放題な嫌われ者の彼には、場末のバーで飲んだくれる姿もまたよく似合う。
この内容には、他の人の感想にも肯定的な意見が多い。私もこういうアプローチは嫌いじゃないし、それなりに楽しめるとは思うのだけれど、どうにも今一つ乗れなかった。というのは、こういう通り一遍の人情ものがそれこそ手垢のついた話のように思えて、視聴者を楽しませようとする製作者側の思惑を想像してしまうからだ。それにスーパーヒーローが主人公ともなると、彼を単なる狂言回しとして使い回しているのでは?とも疑いもする。また、この人情ものというベタさが目立つ前半では思わせぶりにやたら伏線を張りまくっている割に、後半ではなんだかうまく説明されず結末に至る。この点だけ挙げれば、はっきり言って消化不良である。
大抵はこういったベタベタでグダグダの展開を見通してしまうと最後、もはや細かいことを言う気にもならず、大筋だけ掴んで楽しむエンタテインメントお決まりのパターンか…と、つい力が抜けてしまいがちだが、しかし、本作の場合はまた少し様子が違った。後半では予想を裏切る展開を繰り広げた上、さらにハンコックの強さの理由は神話レベルの昔にさかのぼって説明を試みている。この急な設定は一応、更にひねりを加えて取りあえず収束を図っているものの、今度は大方の視聴者の方が唖然、である。中には、前半の好評価から翻って、「ついていけない」とぼやくものが多い。だが意外にも、普段だったら呆れて帰りそうにもなるこの展開は、私にとってひどく面白いと感じられた。なぜか。それは、今まで生み出されてきたスーパーヒーローの数々の物語を壮大な視点から結びつけて理解する機会、そのヒントを、この作品によって与えられたような気がしたからだ。
今まで、スーパーマンやスパイダーマン、バットマンなどの誕生は、飽くまで個人的な事情、つまり現在の軸でのみ語られていた。彼らの秘密は次第に明らかにされるに従い、各々の魅力の底が見えるような予感を抱かせもした。しかし、『ハンコック』ではその存在意義を太古にさかのぼり、「神が人類に与えた保険のようなもの」と説明する。
ギリシア神話を思い出してほしい。そこには太古から人間を超越する存在として多くの神々の姿が語られる。そして現在アメリカでは、超人的な力を持ったヒーローがその座を占めている。マーベル・コミックやDCコミックなどではスーパーヒーローが濫造され、さながら神々の群雄割拠ともいえる状態にある。これら太古の神々と現在のヒーローとの関係については語られてこなかったが、本作ではそこにつなぎ目を見出そうとしているのだ。現在に生きづく物語に太古にあった神々の物語を呼び込むことで、新たな神話の余地を作り出している。
神話とスーパーヒーローの関連など、確かに荒唐無稽ではある。しかしその荒唐無稽さは将来、生き生きとした、さらなる物語を紡ぐ糸口となることだろう。かつて、H・P・ラヴクラフトは『クトゥルフの呼び声』(1926)などホラー小説を手がけ、その背後に潜む神話体系を暗示し、人々が後に引き継いで「クトゥルフ神話体系」と呼ばれるものを構築したのはあまりにも有名である。そのクトゥルフ神話のように、本作で十全に語られないハンコックの背景からは、その不十分さゆえに、後ろにはより大きな物語体系の存在が潜むのではと夢想させられる。つまり本作の果たした役割は、スーパーヒーローを中心にした世界観の来し方を有機的につなげたことにある。今日の様々なスーパーヒーローは現在という横糸によって、そしてこれまで語られた/将来語られるだろうヒーロー像は脈々と続く歴史的な物語群の縦糸によって結びつき、大きな神話体系が織りなされるようにも思える。ハンコックは、そうした来るべき神話体系に属する作品の記念すべき第一作なのだとも言えよう。
本作の魅力を「やりすぎハンコック」の社会復帰ストーリーとだけ捉えるのはもったいない。それ以上に本作は、超人的な存在と生身の人間が共存する架空の世界から、太古の昔からあった「神」というまた新たな意味存在を得て、大きな物語が紡がれ始める瞬間を目撃する稀有な機会であると言えよう。
また、物語は時代が生み出すものでもある。その時代時代を反映して、物語は作られていく。人の住む世界はこれからどうなっていくのだろうか。レイは平和のシンボルマーク<オールハート>を掲げたが、この世の行く末とともにスーパーヒーローをめぐる物語の変容を見守ってゆくのも面白いだろう。
(2008.9.13)
監督:ピーター・バーグ 脚本:ヴィンセント・ノー,ヴィンス・ギリガン
撮影:トビアス・A・シュリッスラー
出演:ウィル・スミス,シャーリーズ・セロン,ジェイソン・ベイトマン (amazon検索)
(c) 2008 Columbia Pictures Industries, Inc. All rights reserved.
8月30日(土)より、丸の内ピカデリー1ほか全国上映中!
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