今週の一本
(2009 / アメリカ / ジョン・パトリック・シャンリィ)
「神様」と「悪意」と「寓話」

南木 顕生

月の輝く夜に」で知られるジョン・パトリック・シャンリーがピュリツァー賞を受賞した自作戯曲を自ら脚色して演出もしてるわけだけど、中盤までは舞台臭さは微塵もなく、省略を効かせた比較的短いエピソードでつないでゆくといった、映画の呼吸を心得た脚色に感心した。

ストーリーは極めてシンプルだ。
厳格なカトリック学校で、ある『疑惑(ダウト)』が浮かびあがる。それは、人気者の神父(フィリップ・シーモア・ホフマン)が黒人児童に性的な悪戯をしたのではないかということだった。そのことを知った厳格な女校長(メリル・ストリープ)は自分の信念と信仰に基づいてその神父を査問する。そして神父は辞任に追い込まれる……。

ただそれだけの話である。ただそれだけの話が人間の怖さ、愚かさ、醜さを浮き彫りにする。

時代設定は1964年、ケネディ暗殺の翌年。制定された公民権法により黒人の社会的経済的地位向上のためこのカトリック学校も例外ではなく黒人児童を一人受け入れている。神の下での平等を建前にしているが、ストリープ校長にとって内心面白くなかったはずだ。さらには柔和で理知的な風貌で生徒にバスケットボールを指導したりする進歩的なホフマン神父は、学校の尊厳と格式を重んじる彼女にとっては政敵でもある。おそらく普段から校長にとってこの両者は目の上のタンコブだったに違いない。

そんななか浮び上がった『疑惑』は両者を排除する絶好の機会となった。彼女は神に感謝する。『疑惑』はあくまで『疑惑』に過ぎないのに校長にとっては次第に『信仰』に近くなってゆく。断っておくが神父が少年に性的悪戯をしたという『根拠』は何もない。『証拠』も『証人』もいない。映画は真相を描かないが(そこが巧いと思う)すべて彼女の『妄想』かもしれない。にもかかわらず自信を持って弾圧してゆく。なぜなら彼女の中に『神』がいるからだ。やがて彼女の中にいる『神』の正体が明らかになる。その正体は邪魔なヤツを追い出したいという『悪意』なのだ。

この物語から『9・11』以降のアメリカが透けて見えてくる。
大量破壊兵器があるという『疑惑』で国連の安保理決議を通してイラクに侵攻したわけだけど、そこには『根拠』も『証拠』もなかった。事実、大量破壊兵器はイラクのどこからも見つかっていない。大量破壊兵器がある、テロリストの温床になっている、その『ダウト』にヒステリックに踊らされ『妄想』を産み、もともと持ってた誰かの『悪意』に正当性を持たせたのかもしれない(そういえばブッシュ政権の支持層の多くはキリスト教原理主義者だった)。

校長と神父、両者の言い分を思考停止状態で見守ってるのは若いシスター(エイミー・アダムス)。彼女はどちらも尊敬しているのだが、結局一番尊敬しているのは『神』なわけで、それをより体現しているストリープ校長についてしまうのは『テロとの闘い』というお題目の中に隠れた『悪意』を見抜けなかった当時のアメリカ市民の姿を象徴してるのかもしれない。

優れたドラマには何らかの『寓話』が潜んでいる。またその寓意があからさまでないのが優れたドラマたらしめている。声高に社会派を叫ぶことなく人間誰しも持っている普遍に落とし込むことが『技』であり『芸』なのだ。事実これは重い社会派映画ではない。笑えない喜劇であり、可笑しな悲劇であり、血は鼻血しか出ないホラーなのだった。 俳優はいずれも巧く、ストリープやホフマンは言うに及ばずエイミー・アダムスの「処女」演技のリアルさに驚かされた。

最後に余談。
ジョン・パトリック・シャンリーは恐らくリリアン・ヘルマンの「噂の二人」を下敷きに発想したと思われる。何事も温故知新でありますなァ。

(2009.4.6)

ダウト-あるカトリック学校で- 2009年 アメリカ
脚本・監督:ジョン・パトリック・シャンリィ 出演:メリル・ストリープ,フィリップ・シーモア・ホフマン,エイミー・アダムス
公式

2009年3月7日より、Bunkamuraル・シネマ他にて全国ロードショー

月の輝く夜に
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  • 監督:ノーマン・ジュイソン
  • 出演:シェール,ニコラス・ケイジ,オリンピア・デュカキス,ヴィンセント・ガーディニア
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2009/04/15/19:32 | BBS | トラックバック (0)
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