東 陽一(映画監督)
「 風の音がやんだ時、物語が始まる」 (風音評 by 膳場)
オールタイムで好きな映画三本を挙げてください。
東 今はもう、『ドッグヴィル』を超えるものはないと思っています。あとは『アンダーグラウンド』('95、エミール・クストリッツァ監督)でしょうか。三番目には『シティ・オブ・ゴッド』('02、フェルナンド・メイレレス監督)かな。こうしてみるとハリウッド映画は一本もない。最近の映画ばかりだけど、僕はこういった映画を見るとすごく元気になる。「ああ、映画ってまだここまでいけるんだ、映画表現ってここまでやれるんだ」って――。しかもそういったものを作っている連中が皆ハリウッドじゃないでしょう。今、週に一回、映画の学生に教えに行ってるんですけど、皆ハリウッド映画しか見たことないんです。だから僕は言うんです、「日本映画は見なくていい。見たくなければ。でも日本で見られる、ハリウッド以外の名作って一杯あるんだ」と。 ショックを受けちゃうような優れた映画が。
――『ドッグヴィル』はどのあたりにそれほどの感銘を受けたんですか?
東 話し出したら五時間かかる(笑)。ただまあ、一番バカな批評だと思うのは、ああいうのを見て「演劇的だ」 という奴です。あれが「映画的」なんです。あれほど考え込ませる映画はない。たとえば、一つには旧約聖書のことを思い出します。 旧約の神が罪に汚れた町を焼き払う「ソドムとゴモラ」の話だとか。日本でいえば折口信夫の言う「マレビト(注:異人。 異界から訪れる霊的な存在。カミ)」。あのニコール・キッドマンはマレビトだったかもしれない。もっとも、 折口さんのマレビトはそんな単純なものではないですけれども、いずれにしても異界から来た人間が、『ドッグヴィル』 の場合は村を滅ぼしちゃうと。そういう説話的な構造の面白さがあります。それから、たとえば、彼女がレイプされるシーン。 僕はあれほど猥褻なシーンはないと思ってる。もっと酷いのは、あのあと村のオバサンたちが彼女をいじめに来るでしょう。 その時にオバサンが言うじゃないですか。「こないだ見たわよ。林檎園であなたがやっているところ」。そう言われた時の彼女の表情。 つまり彼女はレイプされた男とやっているわけです、別の場所で。その時の彼女の表情。あれにはゾクーッとします。 女の性の奥深さというか恐さというか――。そういうものは、ぼんやり見てたらすーっと通り過ぎちゃうんです。
確かにあの場面はとても印象的でした。
東 初号が完成したときに、試写を見たニコール・キッドマンが、途中で出ていっちゃったって話が、 悪口として流布されてるんですが、ちがうんです、あのレイプシーンほど悲痛なレイプシーンはないんです。 だから彼女は見るに堪えなかったんじゃないか。それくらい痛ましいレイプシーンなんだけど、鈍感な人は「どこが?」って言うでしょう。だけど、僕が見てきた世界中のあらゆる映画の中で、あれほど残虐なレイプシーンはない。 僕がヒトラーみたいな権力者だったら、あのシーンを検閲で丸ごとカットします。 民衆にこんなものを見せるべきではないとか言って。あるいは上映禁止にするとか。それくらい刺激的なシーンなんです。僕はそのシーンを分析するだけで三時間喋れます(笑)。だから「かないません」ということです、要するに。トリアーは天才か狂っているかのどちらかだと。あるいは両方かな。僕は『ドッグヴィル』が出るまで『アンダーグラウンド』がトップだったんですけれども、『ドッグヴィル』を超えるものは10年以内には絶対出てこないという自信があります。まあ、 出てきたらすぐまた転向しますけど(笑)。
――最後に、読者の方にひと言お願いします。
東 これはパンフレットの中で目取間さんも仰っていることなんですけれども、「解答を求める」ということ、 これは今の教育制度の最大の欠陥だと思います。僕の言葉で簡単に言えば、映画は自動販売機の清涼飲料水じゃないってことです。100円入れたら自分の要求したものがすぽっと出てくる、という手軽なものではない。作り手にとって、解答を出すことは実に簡単なことなんです。例えばお客さんが「引っ掛かる」だろうという点に関して、滑らかに作ることってできなくはないわけです。プロですから。でも、「したくない」ということなんです。それが 「なぜしたくないか」ってことを考えるのが、映画を「本当に楽しむ」ということなんじゃないか。映画にもう少しちゃんと付き合っていただきたい、という感じです。そういう風になっていかないと、映画についての日本人の文化は深まらないと思います。
――ありがとうございました。
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