インタビュー

風の音がやんだ時、物語が始まる」 (風音評 by 膳場)

「すべての映画はドキュメンタリーである」――映画演出について
――監督の映画は、一筋縄で行かないものが多いという印象があります。少年院に閉じ込められた不良少年が、叛乱も起こさずに淡々とランニングしている『サード』、少年犯罪を起こした少年とその叔父が闇の部分で共鳴してしまう『ボクの、おじさん』。一見、反戦映画みたいに映る『風音』も、実はもっともっと複雑で奥深い世界観を内包しています。

東監督2 僕の映画はAmbiguousなものです。日本語では「あいまい」と訳されてしまいがちですが、Ambiguousは「多義的なる」という意味です。僕は何かを断言する、ということができないところがある。断言した瞬間に、「嘘」という声がどこかから聞こえてきちゃう。この映画に限らず、作品を見た人からよく聞かれるんです、「何言いたかったんですか?」って(笑)。「言いたいことがあったら本書きますよ」と答えるんですけどね。断言を避けちゃうところが、僕の映画の売れない理由かもしれない。中には、「正しい/悪い」を映画の中で明快に語って欲しいと思うお客さんも当然いるわけです。だけど、単に僕の撮り方が下手なのか、それとも、元々僕の世界に対する対し方がなよなよしていて、明快な筋道をビシッとつけられないのか――。そういうお客さんの欲求に応える能力がない、僕にはそういう自覚があります。

――今回、物語の鍵となる人物を、演技は全くの未経験である、上間宗男さんが演じています。監督はこれまでも、演技経験のない方をプロの役者と組み合わせる試みをしばしば行っていますが、これはどういう効果を狙ってのことでしょう?

 光石研は、上間さんと直接芝居する場面はなかったけれども、映画を見て 「上間さんと芝居やらされたらとても勝てない」と言っていました。つまり、役者というのは「本物」が出てきたら勝てないんです。 「本物」に対する負い目が出ちゃう。僕としては、そういう関係性が画面に浮かび上がってきたら、 ドキュメンタリーになって面白い、というのがある(笑)。僕は劇映画というジャンルに属する映画を撮っていますけれども、 ドキュメンタリーだと思って撮っているところがあるんです。僕の映画は、というかすべての映画はドキュメンタリーじゃないかと。 だから、劇映画とドキュメンタリーを分けるのはおかしいと思っています。

具体的に言うとどういうことでしょう?

 たとえば上間さんは演技経験がないわけですけれど、台本を読んで貰って、 芝居としての基礎的なことをやっていただくと、そのとき上間さんは「上間宗男」としての反応をするじゃないですか。 僕はその一番いい部分をつかまえようとする。つまり、上間宗男って男が一人いて、それがいまこの場所で、ある役を演じている。 それのドキュメンタリーを撮っている、という言い方ができるわけです。詭弁に聞こえるかも分からないけれども、 プロの場合も同じことです。光石研は俳優ですけれども、光石研という俳優が先にあるんじゃなくて、 光石研という男が存在している。その男が台本をもらって、自分なりに読み込んで、演技という形で反応を示す。 その反応を僕がつかまえる。そういう姿勢でいくと、型通りではないお芝居を演出できるんじゃないか、という感じです。

そういった自然なお芝居を求めるのは、監督がドキュメンタリー映画出身ということと関係ありますか?

 関係あるでしょうけれども、考えてみると中学生の頃から、 日本映画の芝居の様式がイヤでイヤでしょうがなかったんです。目をひん剥いて「うわーっ」ってやったり、 何か大袈裟な振る舞いをすれば芝居だと思ってる。これは堪えられないな、と。当時からフランス映画とか一杯見ていたんですが、 向こうの映画見たら、ごく普通に人間が動いているように見える。なぜ日本映画は"お芝居、 お芝居"って風に見えるのかと不思議でしょうがなかった。

――今回のつみきみほさんもそうですが、『サード』の森下愛子さん、『もう頬杖はつかない』の桃井かおりさん、『ザ・レイプ』の田中裕子さん、『絵の中のぼくの村』の原田美枝子さん――。 監督の作品はどれもとにかく女優さんが綺麗で魅力的です。女優を美しく演出する秘訣は?

 でも、綺麗じゃない女優は綺麗に撮れないわけですから(笑)。 それは綺麗な女優を見つけてきているということです。

――でも、綺麗な女優を綺麗に撮れない監督さんも中にはいらっしゃいますよね。

 それは才能がないということです(笑)。結局、 いかに女性を好きであるかってことにかかっちゃうと思うんです。 だから僕は自分の好きな女の子のポートレート撮るのなんか物凄くうまいですよ。 だってどのアングルから撮れば一番いいかって分かるもん。映画監督より、 カメラマンの才能のほうがあったんじゃないかって思うくらい(笑)。

それでも映画監督になられたわけですね。

 サラリーマンになりたくなかった、っていうだけです。一生遊んで暮らしたかったんですけれど、 親に心配かけちゃいけないし、大学を卒業すると就職しなきゃいけないわけで。もちろん、文学、映画、音楽の三つに関しては、 それさえあれば他はなにもいらねえや、と思っていた人間なんで、昔から映画は徹底的に見ていましたけど。で、映画やろう、 と決めたときは、もう大方の映画会社の試験が終わっていて、岩波映画だけが残っていた(笑)。

『ドッグヴィル』を超える映画は10年出てこない
2005/04/24/08:31 | BBS | トラックバック (0)
東陽一(映画監督) ,インタビュー
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