インタビュー

風の音がやんだ時、物語が始まる」 (風音評 by 膳場)

東 陽一(映画監督)
1934年和歌山県生まれ。早稲田大学文学部卒。69年、『沖縄列島』でデビュー。『やさしいにっぽん人』で日本映画監督協会新人賞を受賞。ATG(アート・シアター・ギルド)で青春映画の傑作『サード』('78)で芸術選奨文部大臣新人賞、キネマ旬報監督賞、ブルーリボン賞などを受賞。その後も『もう頬杖はつかない』('79)『ラブレター』('81)『ザ・レイプ』('82)『化身』('86)といった話題作を発表。『橋のない川』('92)で毎日コンクール監督賞、報知映画監督賞を受賞。『絵の中のぼくの村』('96)で第46回ベルリン国際映画祭銀熊賞、芸術選奨文部大臣賞、他、国内外の多くの賞を受賞。前作『わたしのグランパ』('03)では浅野忠信、石原さとみの新しい魅力を引き出した。

風音1――東監督のデビュー作は、ベトナム戦争下の沖縄を描いたドキュメンタリー、『沖縄列島』('69)です。第二作目『やさしいにっぽん人』('71)でも、やはり沖縄問題への言及があります。最新作、『風音』でふたたび沖縄を舞台にしようと思った理由は?

 僕は沖縄に関わる映画を少なくとも三本作りました。けれど、そこに一貫する物があるのかと問われると、「さあ」となっちゃうんです。当時、あの映画(『沖縄列島』) は旧左翼からも新左翼からも袋叩きにあってしまって、沖縄では公開できなかった。だから僕としては、 撮影させてくださった現地の方々に対する負い目とか「申し訳ない」という感じがあるわけです。もちろん、 作品自体に対する反省もあります。けれども、『沖縄列島』を撮ってから35年間、 ずっと沖縄のことを考えていました、ということでもないんです。 民俗学的な関心から惹かれるというわけでもないし、沖縄にある政治的な問題にこだわっているわけでもない。 うまく言えないけど、なんだか妙に惹かれる、と。

――監督は和歌山県のご出身ですが、故郷の原風景と重なるということはないですか?

 あると思います。自分で意識はしないけれども。 結局僕は故郷を飛び出すように離れてしまった、ある意味では故郷喪失者みたいなものです。 だから代わりの故郷を探しているようなところがあるように思います。その中の一つが沖縄の風景であり、 沖縄の人たちが持っている、「ウェイ・オブ・ライフ」みたいなものかもしれない。

――具体的に言うとそれはどのようなものですか?

 象徴的な例で言えば、山之口貘(1903~63) という沖縄出身の詩人が書いた、「喪のある景色」という詩があります。「うしろを振り向くと/親である/ 親のうしろがその親である/その親のそのまたうしろがまたその親の親であるといふやうに」。それに続けて 「まへを見ると/まへは子である/子のまへはその子である/ その子のそのまたまへはそのまた子の子であるといふやうに」。つまり、過去から未来まで何かが貫通していて、 現在、たまたまここに俺がいるんだっていう風な詩ですよ、これは。映画を撮り終わった頃、 何かの機会でこれを読んで「あ、これじゃないか」と。だから何も僕が独創的に作り上げた世界観ではなくて、 沖縄の作家、目取間さんが書かれたシナリオに描かれていたということです。

――それは僕がこの映画から受け取った印象と非常に似ています。

東監督1 沖縄の奥のほうに行くと、生と死が隣り合わせなんです。村の中のそこらじゅうに墓穴がある。都会では人間の死体は焼かれてどこかへ隔離されちゃいますけど、その村では自分たちの生活の中に死を抱き込んでいるわけです。宗教学者の中沢新一さんは、折に触れて「死者を自分たちの生活の中に取り込んでいる文化っていうのは、非常に柔らかくて奥の深い文化になる」という意味のことを言っておられますが、いまわれわれは死を隔離し、生ばかりを重視する文化の中にいますけれども、そこでの「生」というものは底が浅くて、壊れやすいものなんじゃないか。そういう反省を僕自身も持っています。僕は上間さんが使う「先輩」という言葉が凄く好きなんですが、上間さんが「先輩」というと、150年前とか200年くらい前だとかの人まで当たり前に入ってきちゃう。これは本当にそうなんです。だから、今生きている人たちに、生きている人、死んでいる人の存在が一緒に入ってきちゃうっていう意識がある。だけど、東京みたいな超近代的な場所にはそれがないような気がします。しかもこれはもうリセットできません。じゃあどうするんだっていうことが、映画監督としての僕の課題としてある。

――映画に出てくる風葬場は実在するのですか?

 あります。あの風葬場は大和墓といって、 薩摩藩なんかの敵兵の死体を葬る場所だったわけです。実際に映画では映していませんけれども、 あそこには骨とかゴロゴロ転がってる。沖縄の人は昔から異邦人の死体をちゃんと葬ってあげていたんです、 あんな高い石垣まで組んで。

――つみきみほ扮する和江は、家庭内暴力をふるう夫(光石研)から逃れて帰郷します。 ところが夫は沖縄まで彼女を追いかけてきて、彼女を困らせる。追い詰められた彼女はついに夫を刺殺、 現場に居合わせた漁師の清吉は、つみきみほを逃がし、その死体を埋葬してしまう。 あの場面に引っ掛かりを感じる人は割と多いんではないかと思うのですが、あの清吉の行動に関しては、 どのようにお考えですか?

風音2 例えば僕が清吉だったらどうするだろう、と考えるんです。一人の観客として考えを進めれば、ひょっとしたら和江って娘は、吉田妙子さんが演じた、マカトお婆と清吉との間に出来た子供かもしれない。映画ではそのあたりのことを何も説明していませんから。それに小さな社会ですから、皆が彼女のことを本当の娘のように思っているだろう、と。そう考えると、僕だったらやっちゃうかも分かりませんね、清吉と同じ事。自分の身内のことだから自分の身内で始末をするという発想。別に警察なんてものはいらないと。捕まえに来るのならおいで、と。"自分で全部背負うからいいじゃないか何も"ということです。こういうのは僕の言葉ではプリミティブというんですが、そういう人間がだんだんいなくなっているというのは、僕が普段から悲しんでいることです。

――終盤、治谷文夫さん扮する耳切りお爺が「風車」をふっと吹いてからの一連の場面は良かったですね。

 あれはシナリオにはなかったシーンなんです。沖縄には、「花のカジマヤー (風車)」というお祝いがある。97歳になった時に、その人を風車を挿した乳母車に乗せて、 村中を練り歩くっていうお祝いの儀式なんです。カジマヤーのルーツを調べていくと、 風車のモデルはくちなしの花だということが分かった。それで美術の人と相談して、 ああいう形の風車作ってもらったんです。まあ、あれは僕から言わせると冗談なんですけどね。真面目な人はすぐ 「なんであんな冗談をやるんだ」と食って掛かりますけど、冗談があったっていいじゃないですか(笑)。

――ラストシーンが素晴らしかったです。

 目取間さんが「自分の子供時代を見ているようだった」と仰っていました。 彼は映画のラストシーンと同じ場所で少年時代に釣りをしていたそうです。

――全編に流れるジプシー音楽が印象的です。

 映画にジプシー音楽を使おうと言い出したのは、プロデューサーの山上さん (製作会社「シグロ」代表の山上徹二郎氏)です。僕もそうなんですけど、彼はガルシア=マルケスが大好きで、 自分の会社に「シグロ」って名前つけたくらいです。「シグロ」はスペイン語で「世紀=100年」 という意味です。CDを二枚くらい渡されたんですけど、最初は困っちゃった。使える音楽がほとんどない。 でも聞いているうちに、なんだか血が騒いでくるんです。やがて、これはあの場面だ、これがメインテーマだ、 という風に自然と決まっていった。

――各場面によくフィットしていたと思います。

 これに関しては面白い話があります。 僕は曲名なんか知らずに音楽をつけていったんですけど、あとで一枚にまとめなきゃいけないことになって、 使用曲のタイトルを見たら、映画のメインタイトルに使ったのが「こうのとりがダニューブ川(ドナウ川) を渡っていく、大鴉を連れて(A Stork Crosses the Danube, In the Company of A Raven)」というんです。大鴉は死、死神です。こうのとりは生誕でしょ。 生が死を一緒に運んでいく。ジプシーの連中というのはそういう感覚を持っているんです。それで、 ラストに使った音楽の曲名は「村に帰ろう」(笑)。それと、つみきみほが光石研を刺す場面、 あれは曲名を見て愕然としたんだけど、「赤い衣装を着た花嫁(Bride in a Red Dress)」 というんです。赤い衣装って血ですよ。偶然につぐ偶然にびっくりしちゃいました。 もう俺の頭の中はジプシーなんじゃないかってくらい(笑)。だから、音楽に関してはうまくいったと思います。 これはアイデアを提供してくれた山上さんのおかげです。

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2005/04/24/08:30 | BBS | トラックバック (0)
東陽一(映画監督) ,インタビュー
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