レビュー

スーパーローカルヒーロー

( 2014 / 日本 / 田中トシノリ )
2015年3月21日(土)より、新宿K’sシネマほか全国順次ロードショー
複雑な顔

鈴木 並木

『スーパーローカルヒーロー』メインイメージ広島県尾道にある、ちょっと変わったCDショップの店長のドキュメンタリー。そう聞いて『スーパーローカルヒーロー』を見始めると、すぐにあっけにとられることになる。いろんなひとたちが次々に現れては「れいこう堂」(これが店の名前)の説明をし、店長の信恵さんについて語る。たとえばこんなふうに。

「駄菓子屋」「尾道珍名所」「店の中に七輪の煙が充満」「店というより家」「冷蔵庫の中にCDが入ってる」「普通のおじさん」「ヤバいひと」「要注意人物」エトセトラ、エトセトラ。

「普通のおじさん」と「要注意人物」とは、普通、なかなか一致しないはずだけど……。いずれにせよ、CDショップの中で七輪を使っているからには「ヤバいひと」なのは間違いなさそうだ。それにしても、どんな店、どんなおじさんなんだろう。そもそも、「信恵さん」って、男だったのか。

CDショップの店長とはいいながら、店に座っておとなしくCDを売っているような場面は、ない(ほかのひとが店番をしているところは、ある)。店の棚はスカスカで、CDはあまり並んでいない。そのかわり(?)野菜や果物が売られ、チラシやポスターがベタベタと貼られている。のどかな住宅街で、ゴテゴテとした店は異彩を放っているけれども、通学途中の子供たちはとくに気にするでもなく、その脇を素通りしていく。

では、信恵さんはどこでなにをしているのかといえば。バイクを駆って新聞配達のアルバイトに奔走し、トナカイの着ぐるみ姿でサプライズのクリスマスのお祝いに押しかけ、子供といっしょに土いじりをし、カンパを集めて遠方から客を迎え、都会からの移住者の面倒を見、ミュージシャンを呼んでライヴを主催し、といった具合。素人考えでは、とても経営が成り立ちそうには見えない。それなのに物事が回っていく。

いい音楽を見つけるたしかなアンテナを持ち、その能力を独自のやり方で地域に分配し、還元する。そうして、ミュージシャンたちや地元のひとたちの信頼を勝ち得る。とはいっても「俺について来い」型ではなく、みんなが信恵さんに助けられつつ、同時にあたたかく彼を見守るような関係。なるほど。ここは「信恵さん」を売る店なのか。

『スーパーローカルヒーロー』場面1映画には信恵さん本人も登場し、彼自身の行動やことばが記録されているのだけど、それ以上に印象に残るのは、いろいろなひとたちの「信恵さんっていうのはね……」「信恵さんが……」の嬉しそうな声。その声が増幅し、反響していくにつれ、当の信恵さんの顔がどんなだったか、だんだん思い出せなくなってしまう。それなのに不思議なことに、もっとちゃんと信恵さんを見せろ、と文句を言う気にはあんまりならないのだ。信恵さんを媒介にしてできあがった大きなひとの輪に、見ているこちらもすっぽりと包まれてしまう。

あるひとは言う。「信恵さんは月光仮面みたいに、助けが必要なときにどこからともなく現れて、いつのまにかいなくなっている」。しかし、信恵さんのやり方が、万人に受け入れられるとも思えない。東奔西走して遠方からひとを呼ぶくだりには、「このひとたちの事情は特殊だから」とか「わたしには無縁の話だ」といった反応も予想される。一瞬だけちらっと映る、「尾道にも×××が来る?」の貼り紙などは、失笑を誘うかもしれない。

正否を決め、状況を裁くのはこの映画の役割ではないだろう。特殊だと思われていた事情が恐るべき勢いで当たり前になり、いままでの生活とは無縁だったあれこれが日常に押し寄せつつあるときに、信恵さんのようなひとが実際に、いる。それを知ることは、どんなシニカルな人間にも、世の中捨てたもんじゃない、と少しは思わせてくれるのじゃないだろうか。

信恵さんと真正面から衝突するような人物は、出てこない。出てこないけれども、忘れがたい場面が、ひとつある。信恵さんが音頭をとっているのだろう、何人かの子供たちがひとまとめで誕生日を祝われている。頭上に吊るされているのは、段ボール製の亀。そのおなかがぱっくりと割れ、誕生日おめでとうの垂れ幕が出てくる。晴れがましさの真ん中にいるはずの子供たちのひとりが、嬉しさと不安と当惑がごちゃまぜになったような、複雑な表情を見せる。

『スーパーローカルヒーロー』場面2いままで身の周りで