小沼 雄一(映画監督)
――映画監督になろうと思ったきっかけはなんですか?
小沼 直接的なきっかけは、 日本映画学校の存在を広告を通して知ったことです。大学を出てガソリンスタンドで働きはじめて一、ニ年目くらいの頃ですね。それとあの頃、 TVで『えび天』を見ていて、“これだったら俺でもできるなあ”と漠然と思ってました。とりあえずサラリーマンは無理だと分かったんですが、 じゃあ自分ができる仕事は何だろうと考えたとき、全然思いつかなくて、たまたま映画学校の広告を見て、“ああ、 これだったらひょっとしたらなんとかなるかな”と。それはその道で成功するとか監督になるとかじゃなく、 自分が仕事として受け入れられるかどうか、という意味で。それまで映研入っていたわけでもないし、自主映画をやっていたわけでもないんで、 映画っていうのが自分の仕事になるとは思ってもみなかったですね」
――邦画の世界で映画を作るということは大変ですか?
小沼 映画を作るという作業は、大変ですけど難しいことではないです。むしろ作る前、 企画を成立させるまでが大変です。つまりお金(制作費)の問題ですね。最近の傾向としては、まず企画に“売り” の材料を探すということがあります。たとえば、この役者だったら客は入るだろうとか、この原作だったらいけるとか、 今までにない題材を扱うとか、そうした“売り”がないと無理です。だから今、助監督やってる人とか、 あるいは自主制作やってる監督志望の方が、 映画を撮りたいと思ってオリジナルな企画を製作会社に持ち込んでも実現は困難でしょう。第一、作品の“内容” は求められてないんですよ。脚本がどんなに面白くても“これで売れるの?”という話になっちゃう。それに現実問題として、 内容がいいからといって作品が売れるわけではないんです。哀しいですけどね
――では、映画監督を目指している若い人にアドバイスをお願いします。
小沼 自分は助監督やりながら監督を目指していたわけですが、 実は助監督の仕事というのは監督になったときには役に立たないだろうと思いながらやってました。ところが実際になってみると、 “助監督やってて本当によかった”と実感として思いましたね。監督の仕事ってマネージメントなんですよ。 全スタッフに対する意思表示とか、イエス・ノーの判断とか、全体のスケジュールを横目で見ながら作業手順を考えるとか――。 もちろん作品内容に関して考えるのがメインの仕事なんですが、助監督時代の経験を活かして全体の進行状況を把握できれば、 考える時間が効率的に確保できるんですよね。余計な心配をしなくてすむというか。 これがもし助監督の現場を知らずに監督になっちゃったら、もちろん、そういった異業種監督は一杯いるんですが、 そういう人は大変だなと。監督もスタッフも。そういう意味では、今、どうしても低予算の作品が多いわけですから、 そういう厳しい条件の中で、自分のやりたいことを実現に近づけようと思ったら、現場を知らないと難しいかもしれません。 これから現場入ろうとする人には、“そんなに無駄じゃないよ”とは言いたいですね
小沼 ただ、当たり前のことですけど、“自分は助監督をやりたいのではなく、 監督をやりたいから助監督をやっているんだ”、という強い意志は絶対に必要です。何が何でも映画監督になる、 と思い詰めてないとなれない。助監督といってもチーフが上限なわけですから。自主制作をやっている方も、 “いずれは商業作品でデビューするんだ”と思っていないとダメです。 たとえば自主映画のちょっとしたコンクールで賞を獲ったとしても、それですぐ商業デビューできるはずもないし、 シナリオライターとしてコンクールに入選しても簡単にデビューはできない。先が見えなくて大変苦しい思いをすると思いますけど、 どんなに苦しくてもやり遂げるんだ、という決意が必要だと思います。それが50%、あとの50%は“運”しかない、 というのが実感ですね
――運ですか?
小沼 自分の場合は、『自殺2』のプロデューサーとの関係というのが大きかったんで、 特にそう思います。今回のプロデューサーは、5年位前に自分が助監督をやった『Heavenz 』(98 )という映画のプロデュースをしていたんですが、その打ち上げの席で、“小沼ちゃんが気に入ったから、 デビュー作は是非うちでやらせてよ”と言って下さって――。去年まではお互いに別々の仕事をしていたんですが、 急に電話がかかってきて、“今回は助監督の依頼だけど、近いうちになんか撮れるようにしたい”というお話をしてくれて、それが 『自殺』のパート1 だった。だから“こいつは実績もないし名前もないけど、どこかに見込みがある” と思ってくれるプロデューサーが現われるかどうかは重要ですね
――映画監督とは総合芸術の監督でもあります。 芸術的なセンスも統率力も必要です。単に助監督だけをこなしていればいいというわけにもいかないと思いますが……。
小沼 一番大事なのは考えることです。何についてもちゃんと考えるというか。 たとえば自分は死や自殺についてなんとなく日々考えていたことが、そのまま『自殺マニュアル2』に投影されたわけですし、 ダンスについて考えていたことも、やはり『キル・鬼ごっこ』に大きく反映しているわけで。やはり日々“この世界” についてちゃんと考えることが必要ですね
監督はごく最近、小津安二郎の映画を改めて見直して衝撃を受けたという。
――どういう点にショックを受けたんですか?
小沼 自分も条件が厳しいなりに一生懸命やっているつもりなんですが、小津の映画を見ちゃうと、 もうこの人は本当に、画面の粒子一粒一粒まで全部妥協せずに撮ってるということがよく分かるんです。監督の仕事ってやっぱり、 どこを妥協するか決めるのが仕事なんで、“ああ、ここは目をつぶろう、ただしここだけは頑張ろう”となっちゃうんだけど、 小津はハナから妥協する気がないというのがよく分かって、もう、まいりました(笑)。 それができる環境があったというのは本当に羨ましいです
――敬愛する監督はいますか?
小沼 武田一成監督(『おんなの細道/濡れた海峡(80 )』等)です。 武田さんは学生時代の講師で、これはまあ、付き合いが長かったという意味ですが(笑)。作品的には成瀬巳喜男ですよ。 手間をかけずにさらっと傑作を撮れるというのは理想です。もちろん、さらっと作ったわけではないでしょうけど、 そういう雰囲気が作品にあるというか。あの簡潔なスタイルは自分の生理に合ってます
――オールタイムのベスト映画を三本お願いします。
小沼 三本っていうのは微妙だねえ。けど、一本を挙げるなら、それはもうJ・ベッケルの『穴』 (60 )です。これは自分の中で決めちゃってます。脱獄モノなんですけど、舞台もすごくこぢんまりと限定されてて、 登場人物も一部屋の囚人プラス数名しかいない。あんなコンパクトな設定で傑作を作っちゃうというのは凄い。 中でも主人公が穴を掘り始めるところは、何回見ても震え上がっちゃう。他には、ジョン・フォードの『男の敵』(35 )は見るたびに泣いてしまいますね。三本目は……その他の好きな映画多数、ということで(笑)
――今後の展望をお聞かせください。
小沼 漫画が原作のもの、精神病院を舞台にした話等々、やりたい企画は色々あるのですが、 とにかく休みなく作りつづけていきたいと思います
――ありがとうございました。
<後記>
監督夫人は作品『海と桜』で、 映画シナリオコンクールの登竜門である城戸賞を史上最年少で受賞(当時18歳)した石川美香穂さん。『自殺マニュアル2中級編』 『キル・鬼ごっこ』にも脚本協力している。「クリエイター同士、意見が違って喧嘩になることもあるのでは?」 と質問を投げかけると、「もちろん喧嘩はするけど、私も監督も真面目なところが似てるから、 最終的に方向性が違うということはないかな……」とはにかみながら答えてくれた。市川崑& 和田夏十の名コンビの再来となることを期待したい。
(2004、2/19、於・監督のご自宅)
取材/文:膳場岳人、撮影:松尾浩道
主なキャスト / スタッフ
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