小沼 雄一(映画監督)
映画「結び目」について
2010年6月26日(土)より、
シアター・イメージフォーラムにて
モーニング(11:00~)&イブニングショー(19:30~)
7月10日(土)より、21:00からの上映
『童貞放浪記』『都市霊伝説 心霊工場』から間を置かず、小沼雄一監督の新作『結び目』が公開される。このインタビューの翌週には次作『nude』のクランクアップを控え、精力的に作品を撮り続ける監督だが、今作は製作過程が異色で思い入れもひとしおだったという。低予算でありながら俳優とスタッフがプロ魂を発揮し、情感溢れる恋愛映画となった本作の成り立ちからうかがった。
(取材:「人の映画評〈レビュー〉を笑うな」編集部、文:シネマウルフ)
なお、このインタビューはフリーペーパー「人の映画評<レビュー>を笑うな」と提携している。6月下旬発行予定のVol.3にも掲載される予定となっている。
小沼 雄一 (映画監督)
1965年生まれ。茨城県出身。法政大学卒業後映画を志し、映画監督今村昌平氏が創設した日本映画学校に入学。1995年、日本映画学校の卒業制作として監督した16mm映画『チャンス・コール』が今村昌平賞を受賞。同年、文芸座にて劇場公開を果たす。卒業後、井出良英、池田敏春、緒方明、行定勲等の監督のもと、助監督として現場経験を重ねたのち、2003年に『自殺マニュアル2-中級編-』で商業作品の監督デビューした。主な監督作品は05年『ニューハーフダンク』、05年『ロザリオの雫』、06年『AKIBA』(東葛国際映画祭正式出品)、09年『童貞放浪記』(あきた十文字映画祭正式出品)。他に脚本作品として08年『真木栗ノ穴』。
――『結び目』は脚本やキャスティングなどに制約がなく、かなり監督の思いどおりに作られたとのことですが。
小沼 プロデューサーの小田泰之さんが、若い監督を起用して映画を撮るプロジェクトをされていて、僕は以前小田さんの出資でVシネマを撮ったことがあったため、その繋がりでやらせていただくことになったんです。低予算で内容重視の話が撮りたいとのことで、その中に一応官能的な要素を入れてほしいという要望はありましたが、それ以外は特にああしろこうしろということはなく、自由に撮ることができました。主演を自分でキャスティングできるというのがまず珍しいことなんですよ。
――主演の赤澤ムックさんはまるであて書きされたように絢子役がはまっていました。
小沼 もちろん脚本が先にあったんですけど、絢子のイメージに近い方ということで決めました。ファミレスでお会いしたのですが、煙草をプカプカ吸うんですよ。映画の中でも絢子が喫茶店で煙草を吸っているだけという描写が結構あるので、赤澤さんのそのふてぶてしい感じの吸い方が決め手になりましたね(笑)。
――演劇畑の方で、映画出演はあまりないので大抜擢でもありますよね?
小沼 主役の候補はほかにも何名かいましたが、経歴などには囚われず、実際会って映画の雰囲気に合う方を、ということで決めました。自分でも予想以上にキャスティングがうまくいったと思います。赤澤さんは作・演出が中心で、特に最近は出演する機会があまりなかったので、映画で主演ということに不安もあったようですけどね。
――でもさすがにアーティストっぽい演技をされていますよね。無言のシーンでも雰囲気だけで画面がピリッと締まる感じですし、暴れるシーンは本当に凄味があって。
小沼 暴れる芝居は割とすぐにできましたね。電話で怒鳴ったりとか、嬉しくてしょうがないみたいな感じでした(笑)。
――啓介役の川本淳市さんは、ほとんどセリフもなくいつも後ろめたいような目つきをしているんですが、演出の意図は?
小沼 基本的にはダメ男ですよね。今どき文学かよっていう(笑)。クリーニング店の婿養子の男が、いまだに過去を引きずって夢を捨てきれないという、そのダメさ加減が脚本の狙いでもあるんですが、川本さんがまた現場だけではなく家に帰っても役作りしてしまう人なんですよ。撮影が近くなったらその状態に入っちゃって、奥さんが話しかけても答えなくて、離婚するって言われたらしいです(笑)。それがもう画面からプンプン臭ってるみたいな感じだと思います。
――クリーニング店というのは、過去の痕跡を消すとか、何か意味があるんですか?
小沼 脚本上の狙いは聞いてはいませんが、演出的に言えばクリーニング店というのは魅力的な空間だと思いますね。服がたくさんぶら下がった立体的な空間で、手前と奥とで明るさも違って、そこで川本さんが繰り返し繰り返し作業をするというその動きもいいですし。脚本を読んだ時点で絵が浮かぶ感じでした。片や絢子の夫の雁太郎が働く中古車販売店もいいですよね。
――ああ、対照的ですね。三浦誠己さんはいかにも地方の元ヤンキーみたいな、でも人望のある意外と好青年っぽい役で。最初に店に絢子がお弁当を届けるシーンで、お客さんが椅子に座ったまま眠っていますが……。
小沼 あれはプロデューサーの小田さんです(笑)。大事なお得意さんで、雁太郎を慕って話をしにやって来ては音楽を聴いて眠っちゃうという設定なんです。三浦さんは演技も川本さんとは対照的にラフで、来て考えるという感じで本能的な芝居をする方でした。今回本当に四者四様でキャラクターが分かれていて、いいキャスティングができたと思いますね。茜役の広澤草さんは、脚本を読んで非常に深い意見や感想を言ってきた方で、その性根の強さが役に合っていると思ってキャスティングしました。現場でも相当考えて芝居をしていて、修正した記憶がほとんどありません。ある同じセリフが最初と最後に出てくるのですが、その変えかたも的確でしたね。
――映画の前半はほとんどセリフがないですよね。
小沼 脚本家の港(岳彦)は、過去の作品でもセリフのないものを何本か書いていたようですね。今回も不安はありましたが、この流れだったら行けるんじゃないかと思って。あとは、今回低予算ですけど、ある意味チャレンジな企画なので、思い切ってあまり説明をしないぐらいの感じでやってみました。
――脚本の港さんと、撮影の早坂伸さんは、監督と同じ日本映画学校の出身ですよね。今回組まれたのは、同志的な気持ちとか、昔からの付き合いとかいうことからですか?
小沼 現役時代は港とも早坂さんとも接点がなかったんですけど、卒業してだいぶ経ってから会って、やっと一緒の作品を、ということになりました。映画学校って結構病んだ人が多いんですよ(笑)。今村昌平の時代から変な奴を入れようという学風がありまして、今でもまったく知らない人でも映画学校って聞くと何か同じ空気を感じるというのはあるんですよね。それでまあ他人に思えないというのがなんとなくありますね。
――撮影をデジタル一眼レフカメラの動画撮影機能でしようというのは。
小沼 それは早坂さんのアイディアですね。たまたまその前に同じニコンのD90というカメラでショートムービーを撮ったんですよ。その経験があったので提案してくれたんですけど、もう少し予算のある本格的な作品だったらやらなかったと思うんです。D90には一眼レフのよさはあるんですけど、やっぱりあくまでもオマケ機能なので、撮影現場は非常に大変なんですよね。例えば露出がオートだったりして、それって普通プロの現場ではあり得ないんです。でも今回はチャレンジしたい作品だというのがあったので、ニコンを使うにはちょうどいいかなと、そういう流れでやりました。
――風景がすごくきれいですよね。
小沼 そうですね、あの美しさは普通のビデオカメラでは出ないですよね。例えばレンズだけ比較すると、デジタルビデオカメラの最高機種と言われているシネアルタよりも、一眼レフのスチール用のほうが性能はいいですからね。でも揺れに弱いので、現場はほぼフィックスだけ、せいぜいゆっくりパンするぐらいで処理しなければならない。その制約はありました。ただそれも、この作品だったら合うんじゃないかと思いました。
――ロケは飯能でやっているんですよね。地名ははっきり出てきませんが。
小沼 そうですね、脚本では一応東京近郊の埼玉とかをイメージしています。あんまりイナカイナカはしていない、中途半端な感じですね。
――そういうところだと、生活に不満があったら都会に飛び出していくことができますよね。でも絢子はそうしないで家庭にとどまっているのが強いなあと。
小沼 まあ強いと言うよりも、そこにいてしまうということなんですね。今の時代はそういう感じだと思うんです。景気がいいといろんなところに飛び出して行けますが、今は行きたくても行けない。その中でどう生きていくのか、というのが、今回の隠れたテーマなのです。
――宮本まさ江さんの手がける衣装は、微妙な心境の変化をうまく表現しているなと思いました。絢子の服装は、最初はクールな感じですが、啓介と結ばれたあとふたりで会うシーンでは透け感のある女性らしいスカートを穿き、最後はナチュラルなパンツ姿で自転車を漕ぐという。
小沼 絢子の女としての一面が爆発し、最後に元に戻すという衣装的な戦略があったと思います。まさ江さんとは『童貞放浪記』から一緒に仕事させていただいているのですが、彼女でないと成立しない流れがあるんですよね。こんな低予算で、普通だったら衣装はお手上げですが、まさ江さんは予算がないからこの程度ということにはならないし、自分でやらないと気が済まない方なんです。衣装合わせでは端から端までヘロヘロになりながら1日がかりで決めるという感じですね。……絢子が自転車に乗るシーンでのロング・カーディガン、あれが撮影中に自転車に絡まってビリッと行っちゃったんですけど、実はまさ江さんの私物だったんですよ! そんな事件もありました(笑)。
――低予算と言いますが、そうは思えないんですよね。最後の音楽もとても印象に残るし。
小沼 そうですね。低予算ですけど経験のあるスタッフに集まってもらえてよかったなと思ってます。音楽の宇波拓さんは低予算作品で結構やっていて、いい曲を作っていることを港が知っていて、提案してくれたんですよ。劇中ではほかに音楽を流さず、最後の最後に音楽がばっちり聴こえるという狙いだったんですね。期待どおりのものを作ってくれました。
――俳優も、ベテランの方も起用されていますよね。辰巳琢郎さんが友情出演をされたいきさつは?
小沼 映画の内容には自信があったので、せっかくだからこういう作品に共感してくださる有名な俳優さんに出ていただきたいなと思って声をおかけしました。決まったのはギリギリで、辰巳さんの出演シーンが撮影1日目だったのですが、打合せもせず現場に来ていただき、辰巳さんも何の撮影なのかという感じだったんじゃないかと思います(笑)。でも試写を見て辰巳さんも大変気に入ってくださったようです。
――雁太郎の父親役の上田耕一さんは認知症の演技がリアルでしたが、あの歩き方は台本にあったのですか?
小沼 いえ、あれは上田さんの演出プランですね。本当に真に迫っていたと思います。今回、上田さんはアクションシーンも結構ありましたが、現場に入ると何も言わずやってくれる感じでした。赤澤さんを引きずるという難しい動きのカットがあり、引きずってほしいという注文はしていましたが、どうやるかは指示していなかったんですね。そこを赤澤さんと上田さんの連携でまったく問題なくやってもらえました。赤澤さんも元々演出家だし、上田さんもどうすればいいかということが自然に分かってしまう感じで、いい役者だとラクだなあと思いましたね(笑)。
――テイクはどれぐらい撮ったんですか?
小沼 僕は元々テイクを重ねるほうではないんですけど、今回は少なかったですね。俳優が経験豊富な方ばかりだからラクだというよりは、なるべく1発目のいちばんいい芝居をOKカットにしたかったんです。細かく演出を付けるよりも、どう映画の空気や雰囲気を作っていくかということのほうを重視して、主役の4人には最初に顔合わせしたときに撮影が終わるまでは仲良くならないでくださいというお願いをしていました。現場で互いに刺激し合い、高め合っていくような感じでした。
――経験豊かな俳優やスタッフの力を本当にうまく引き出せたのですね。
小沼 今回はこちらの熱意を粋に感じてくれる方々に集まっていただけて、とても恵まれていたと思います。今まで僕はアイドル映画を撮ることが多かったので、ようやく30代から40代という自分に近い年齢を撮ることができて、そこも嬉しかったのです。地味ではあり、なかなかできる企画ではないのですが、いい作品だから参加したいと思ってくれたみなさんにうまく狙いを汲んでもらえました。ぜひ多くの人に観ていただきたいと思います。
(2010年5月11日 四ツ谷・アムモで)
結び目 2010年 日本
出演:赤澤ムック,川本淳市,広澤草,三浦誠己,上田耕一,辰巳琢郎,玄覺悠子,小橋川よしと,山崎海童,野口雅弘,今野悠夫,水野神菜,朝宮美果
監督:小沼雄一 脚本:港岳彦 撮影:早坂伸(J.S.C.)
プロデューサー:小田泰之 照明:大庭敦基
録音:杉田信 助監督:木ノ本豪 制作担当:森田理生
編集:前嶌健治 音楽:宇波拓 衣装:宮本まさ江
ヘアメイク:岩都杏子(ゴールドシップ) 配給・宣伝:アムモ
2010年/カラー/HD/91分 (c)アムモ
2010年6月26日(土)より、シアター・イメージフォーラムにて
モーニング(11:00~)&イブニングショー(19:30~)
7月10日(土)より、21:00からの上映
- 監督:小沼雄一
- 出演:赤澤ムック, 川本淳市, 広澤草, 三浦誠己, 辰巳琢郎
- 発売日: 2010-09-24
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主なキャスト / スタッフ
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