特集
(2005 / 日本 / 園子温)
お前自身であれ!

膳場 岳人

 ごちゃごちゃ能書きを垂れる前に、とりあえず「見ろ!」と高圧的に言い放つしかない。とにかく、めっぽう面白い。

紀子の食卓1 インターネットだとか集団自殺だとかレンタル家族だとかコインロッカーベイビーだとか、 モチーフ自体はどれも手垢のついたものばかり。しかし、これらのモチーフの組み合わせ方、束ね方、掘り下げ方が、 比類なき豊穣なドラマ世界を生み出した。園監督はモチーフを吟味し、徹底的に主題と向き合い、 「これだったら嘘がないと言いきれる」という段階まで思考を突き詰めて、やっと表現に取り掛かっている。 その贅沢な誠意が159分の短かすぎる上映時間の中にぎっしり詰まっている。

 コントなのかドラマなのかはっきりしない昨今のテレビドラマを唾棄すべきものと考える人間ならば、 この映画を見て溜飲を下げることができるはずだ。いや、そういう偏狭な言い方はよくない。テレビドラマを無批判に受け入れていようが、 泣くために映画を見に行こうが、そんなことはどうだっていい。『紀子の食卓』はちっとも閉じていない。すべての観客に等しく開かれている。 すべての観客に「自分自身であれ!」と痛烈なメッセージを投げかけている(だから、「R-15指定」 などという虚飾塗れのルールは無視していい。中学生がパンクを聴かなくて何を聴く?)

紀子の食卓2 その"開かれた"作品世界を支えるのは多声的なモノローグの奔流だ。吹石一恵が、つぐみが、 光石研が、吉高由里子が呟く言葉の一つ一つが、ビビットな詩(しかもちっとも恥ずかしくない)になり、 一つの出来事をあらゆる角度から読み解いてくれる。それらはきちんと整理され、的確に配置され、 流れるように紡がれて見る者の心の中にしみこんでいく。そのポリフォニックな響きに陶然と身をゆだねる快楽は、 日本映画では滅多に味わえないものだ。こうしてみると、映画を映画たらしめるのは詩人だけの特権なのかもしれない。

紀子の食卓3 コートの袖から伸びた糸くずを臍の緒に見立て、灰皿の中で徐々に開いてゆくみかんの皮を凝視し、 朝まだきの坂道に立って小さなくしゃみをする少女の背中を捉え、「名づけようの無いわたし」の映画的表現を可能にする。 園子温という詩人は、映像の力以上に言葉の力を信じているのだろう。それゆえ、「詩人が言葉を使って映画表現を利用した」 との謗りもありえるかもしれない。しかしそんなチンケな批判をもってしても、この映画の価値はいささかも揺らがない。 この映画はチンケな連中に「自分の言葉を持たないやつは死ね」と言い放っているからだ。そう、「すべての大人に宣戦布告」 しているのはこの映画だ。

紀子の食卓4 本作は園監督による『自殺サークル』(01)の続編であり、相互補完的な関係を持つ。だから 『自殺サークル』を見ていない方は予習したほうがいいけれど、未見であってもまったく問題はない。 独立した作品としてきちんと成立している。あるいは、『自殺サークル』を見て、「また派手に血飛沫が飛んだり、 観念的な台詞が出てくるんじゃないの?」なんて敬遠しがちな人もいるかもしれない。筆者がそうだった。大きな間違いだった。 確かに血飛沫は飛ぶ。観念的な台詞も出てくる。しかし、 大根を切るついでに指をメタメタに切り刻んじゃうような悲惨な描写はないし、わかりにくい台詞は一切ない。 直接的でわかりやすい描写や観念的な言葉よりも、もっとストレートかつ明快な態度でこの映画は作られている。

 『紀子の食卓』は、世にはびこるありとあらゆる虚飾を引き剥がせと煽動する。現在、自分はたしかに大人であり、 世の中の裏側をほんの少しだけ知っている。だから虚飾がいかにこの世に必要なものであり、人びとの生を円滑なものにしているか、 わからないわけではない。けれど、そんなものは全否定しなきゃダメなんだ。この映画は、 世界に対して怒っていた頃の気持ちを鮮明に甦らせてくれる。「お前はそれでいいの?」。大人になった自分に始終そんな問いを突きつけ、 現在の生き方への猛省を促す。フォトジェニックな映像、遊園地に流れているような優しげなメロディも相俟って、 作品はまるで御伽噺のようなムードを備えている。だが作品の奥底に滾っている魂は紛れもなくパンクそのものだ。家族を疑え。世界を疑え。 自分を疑え。それから、ようやく、自らの名前を名乗れる自分自身であれ! 必見。

(2006.9.17)
監督インタビュー

紀子の食卓 2005年 日本
原作・脚本・監督:園子温
出演:吹石一恵 つぐみ 吉高由里子
並樹史朗 宮田早苗 三津谷葉子
安藤玉恵 渡辺奈緒子 季鐘浩
古屋兎丸 手塚とおる 光石研

公式サイト
9月23日より K'sシネマにてロードショー

2006/09/18/21:11 | トラックバック (0)
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