今週の一本
(2006 / 日本 / 園子温)
青春は終わるが人生は続く

膳場 岳人

 冒頭、「気球クラブ・うわの空」という集団の中心人物だった村上という男が事故死する。 その情報が携帯を通してクラブの元メンバー全員に流布されてゆく。彼らの反応は意外に冷静だ。彼らにとって村上とは 「五年前に少しだけ関係のあった人」であり、もはや「過去の人」らしい。しかしそれはそれ、村上の死をきっかけに、 彼らは久しぶりに顔をあわせることになる。映画は、バラバラになっていたメンバーが再会する現在の一日と、五年前盛んに集っていた 「気球クラブ」の日々を交互に描くことで、誰もが一度は感じるであろう、「青春の終焉」の感傷を描き出してゆく。

 気球クラブとは、その名の通り気球を飛ばすためのサークルだが、要は大勢で楽しく飲みたい若者たちの気楽な集まりだ。 有形無形を問わず、こうした集まりは世の中に星の数ほど存在する。若い男女が十数名も寄り集まってひたすら飲んで騒いでいれば、 恋愛問題も勃発するだろう。サークルの中に素敵な女性がいて、彼女の家で甘美きわまりないキスをしてしまって……五年後の現在、 そのキスを思い出してついオナニーしてしまう青年だっているだろう。その卑近な描写が実にいい。

 それはともかく、映画は「凄い」の一言である。その「凄さ」というのは、気球をめぐる多彩なイメージ―― 空高く舞い上がる気球は言うに及ばず、部屋の天井を埋め尽くすメモの吊るされた夥しいバルーン、気球のなかでの飲み会、 気球に穴を開けたいとする衝動、空飛ぶ気球でのプロポーズ、ゴヤの傑作「巨人」を模した巨大気球――に圧倒されたということであって、 夜な夜な集まってはコンパを繰り返す若者どもの生態に共鳴を覚えてのことではない。

 いきなり個人的な話で恐縮だが、筆者は集団で飲む場が苦手だ。ニ、三人で飲むのは好きだが、それ以上人数が増えると、 なぜか身の置き所がなくなってしまう。そうだ、そもそも筆者は下戸なのだ。でもなあ。楽しそうだなあ、気球クラブ……というわけで、 孤独で慎ましい青春時代を送ってきた筆者としては、(こいつら全員気球から落ちて死んでくれ)と苦々しい思いでスクリーンを見つめていたが、 やがて、これと似た所謂「青春時代」というものが自分にも多少なりともあったことを認めざるを得なくなり、 痛みと甘美が共存するラストに至っては落涙を禁じえなかった。見事、であります。

 それにしても園子温監督の打率の高さはどうだろう。『奇妙なサーカス』『紀子の食卓』(『HAZARD』は未見)に引き続き、 膨大なカット数と艶やかなイメージの奔流によるエネルギッシュな語り口で、あれよあれよという間に客を作品世界に引きずりこんでいく。 はじめは登場人物の顔が識別不可能なほど没個性に映るが、やがて主人公と知れる深水元基は、 平凡を絵に描いたような若者像を体現して目を引いた。要所要所に永作博美、いしだ壱成、西山繭子、安藤玉恵、 長谷川朝晴といった個性的な顔を持つ役者を配し、ドラマを巧みに盛り上げる。特にヒロイン、永作博美の翳りある女性像はどうだろう。ゴヤの 「巨人」を模した気球をあげることに血道を上げる恋人を、地に足のついた場所で待ち続け、待つうちに少しずつ毀れていく。 疲れた女心をうかがわせる、終盤の演技には鬼気迫るものがあった。

 さて筆者個人の問題は川村ゆきえである。冒頭、これ見よがしに川村ゆきえのキュート(としか言いようがない)下着姿や、 露わになった健康的な脚や丸みを帯びた胸元が大盤振る舞いで映し出される。もう徹底的にエロく撮られている。辟易するほどに。 しかもあの歯茎の造型の美しさを完璧に捉えている! が、しかし。彼女は男から男へと転々と渡り歩く尻軽娘の役なのだ。 男といちゃつきながら別の男と電話しているような、けしからん娘なのだ。 「俺が求めていたのはこういう"リアル"な川村ゆきえじゃなァァァァァい!」……と、 ことし33歳になるおじさんは密かに涙を流したのだった。

 青春は終わるが人生は続く。

(2006.1.15)

渋谷シネアミューズにてレイトショー
公式サイト
http://kikyuclub.com/
2006年 日本
監督・脚本:園子温
出演:深水元基 川村ゆきえ
長谷川朝晴 永作博美
西山繭子 いしだ壱成
与座嘉秋 大田恭臣
ペ・ジョンミョン 江口のりこ
安藤玉恵 松尾政寿
内山人利 不二子

2007/01/16/12:18 | トラックバック (0)
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