今月の注目作
(2005 / 日本 / 犬童一心)
狡さを飲み込み人は大人になっていく

仙道 勇人

 思えば、犬童一心×渡辺あやコンビによる前作「ジョゼと虎と魚たち」は奇跡のような出来事だったのかもしれない。 足が不自由という理由で祖母によって屋内に隔離されて育ったジョゼと、 彼女の醸し出す一風変わった雰囲気に魅せられた青年の恋愛風景を描いたこの作品は、 身体障害者の恋愛/性という些か神経質にならざるをえないモティーフを扱いながらも、極々普通の、等身大の恋愛として描き切っていた。 重さと軽さが絶妙に融け合ったこの「ジョゼ~」のコンビが、 今度は同じマイノリティであるゲイをモティーフに選んだとあれば期待するなと言う方が無理と言うものだろう。

 本作は父娘の確執を縦軸に、「メゾン・ド・ヒミコ」に住むゲイ達の人間模様を横軸に展開していく。 主人公の沙織は自分と母を捨てた父親を憎んでおり、24歳の今ではその存在を否定するほど恨んでいる。 捨てられたことで辛い思いを重ねてきたのであろう彼女にとって、どうしても承服出来ないのは父親が自分と母を捨てたのが 「ゲイとして生きたい」という理由だ。「捨てるくらいなら子供なんて作るな」「ヘテロとして生きていけないなら結婚なんてするな」―― 沙織にとって、自分の思いを優先して父親であることを放棄した父・ヒミコは、周囲の人間のことを省みない自己中無責任男、 自分と母親を欺いた嘘つきに他ならない。その暗い思いはやがてゲイ全体に投影され、「ゲイは世間を欺いている存在」 「勝手気ままに生きる穀潰し」といったイメージで彼女の中で発酵し、ゲイそのものに対する容赦ない拒否感となったことは想像するに難くない。 その核心部にあるのは「自分は間違っていない」という思いであり、「にもかかわらず捨てられた」という現実が、 彼女に嘘や不正に対する潔癖さを養わせることになっていったのだろう。射すくめるような柴咲コウの強い眼差しは、 こうした沙織の内面に根付いた少女性を端的に伝えて一際強い印象を残す。

 そんな沙織がホームの手伝いを通じてゲイ達の時に小憎らしく、時に可愛らしい素顔に触れ、 彼らも自分と大して変わらないのだという当たり前の事実に目覚めていくのが本作の骨子となっている。秀逸なのは、 ゲイ達とのエピソードの間に、沙織が知らなかった「母親の秘密」を織り込んでいることだ。 沙織が全く想像すらしなかった意想外の事実を暴露することによって、単にゲイに対する偏見を払拭させるだけに留まらず、 それまで彼女の心を鎧っていた確信が揺らぐ様を丁寧に掬い取ってみせるのである。嘘つきだったのは父親だけではなかったのだ。 この衝撃的な事実の発覚によって、沙織は初めて父親と向き合うことが可能となるわけだが、それによって両者が和解したり、 赦し合ったりといった陳腐な方向に流れることはない。が、赦すことなどできなくとも、両者が初めて同じ目線で向き合う瞬間が抉り出され、 そこに静かな感動が胸に広がらずにはおかない。

 このように、本作を形成するエピソードの数々は実によく練られたものだと思う。春彦と沙織の細やかな交流と断絶を筆頭に、 ホームに悪戯を繰り返していた少年が、 春彦に凄まれたことで自らの内面に横たわるゲイ性を自覚してしまう(悪戯は近親憎悪だったのだ!)エピソード、 脳卒中で倒れたルビィを巡る一連の顛末などに流れる空気感、「ジョゼ~」で見せたあの独特の空気感は本作でも健在である。 だからと言うべきか、それなのにと言うべきか、重厚なテーマを描いているはずの本作には、終始異様な軽さがつきまとうのもまた事実であろう。 恰もジャブを連打されているだけのようなと言えばいいのだろうか、本作には決定的な何かが足りないのだ。

 これは恐らく、本作の根幹を成すはずのゲイへの眼差しが余りにも表層的に過ぎるからではなかろうか。酸いも甘いも噛み分けたゲイ「老人」 の話であることを差し引いたとしても、である。やはり本作の場合、彼らが背負ってきたゲイとしての生き難さを見据えることなしには、 「メゾン・ド・ヒミコ」という場の存在のかけがえのなさを切実な形で浮かび上がらせることはできないように思う。 繰り出したクラブで嘲笑されるエピソードがあるが、はっきり言って余りにも戯画的で薄っぺらいし、 それによって卒倒するに至っては殆ど出来の悪いコメディにしか見えない。

 もう一つは、台詞に頼りすぎて肝心な部分を映像で表現していないことだ。これは前述の卒倒するゲイ・山崎が、 綺麗なドレスを着たいが似合わないことを切々と語るシーンなどで顕著だが、台詞に頼られるとどうしても「説明」 という印象が強くなってしまうのは如何ともしがたい。わかりやすいが、映画としては物足りなさを禁じえないのだ。また、 倒れたヒミコの傍らで春彦が思いを吐き出す実に印象的なシーンがあるが、ここでも春彦が「愛なんて意味ねえじゃん」と呻くように言う時、 その「愛」とはどんな「愛」だったのか。正直に言って、筆者にはそれが全くわからなかった。勿論その言葉が発せられた背景は想像出来る。 愛する人が逝こうとしているにもかかわらず何も出来ない、してやれないという無力感、悲しさ、絶望感。 それらはオダギリジョーの表情から完璧に窺い取ることはできるだろう。だが、春彦は一体どのようにヒミコを愛してきたのだろうか。 それを全くと言っていいほど描かないのでは、「愛」という言葉も上滑りするばかりではないだろうか。

 とはいえ、映像的な余白を大きく取ることで独特な雰囲気を醸された本作では、端的な台詞で心情を浮き彫りにしている部分も少なくない。 幕切れ近くで思いがけず会社の専務と不倫関係を結んでしまった沙織が言う「私が泣いてる理由は専務が思っているどれとも違います」 という台詞などは、それまで蛇蝎の如く忌み嫌っていた父親と自分が同じ地平に降りてしまったことを冷徹に伝えて絶妙だ。 本作の全てのエピソードは、殆どこれを沙織に言わせるためにあったと言っても過言ではないだろう。人が生きていくことに不可避的に伴う狡さ、 汚さを身をもって知った沙織に、帰るべき場所、身を寄せる居場所が確かに存在することを告げる本作の幕切れは、 だからこそどこまでも優しく暖かい。

(2005.9.9)

2005/09/09/18:48 | トラックバック (31)
仙道勇人 ,今月の注目作 ,メゾン・ド・ヒミコ
  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Googleブックマークに追加

TRACKBACK URL:

見つめ直すこと《メゾン・ド・ヒミコ》 E アロハ坊主の日がな一日

監督犬童一心、脚本渡辺あやの前作『ジョゼと虎と魚たち』 を観たら、これを観ないわけにはいかない。そうすると、 もう比べないわけにはいかない。作品としても...

Tracked on 2005/09/09(金)19:54:29

見つめ直すこと《メゾン・ド・ヒミコ》 E アロハ坊主の日がな一日

監督犬童一心、脚本渡辺あやの前作『ジョゼと虎と魚たち』 を観たら、これを観ないわけにはいかない。そうすると、 もう比べないわけにはいかない。作品としても...

Tracked on 2005/09/09(金)19:54:29

「 メゾン・ド・ヒミコ 」 E MoonDreamWorks

監督 : 犬童一心主演 : オダギリジョー / 柴咲コウ /     / 田中泯(『たそがれ清兵衛』) 公式HP:http://himiko-movie.com...

Tracked on 2005/09/09(金)20:17:12

メゾン・ド・ヒミコ@シネマライズ E ソウウツおかげでFLASHBACK現象

登場人物の誰かに強いシンパシーを抱くことはなかった。老人ホームに介護とボケ、これは身近にあるものの、だからといって良し悪しとは別問題だ。ストーリーや演出、テンポ...

Tracked on 2005/09/09(金)21:29:33

メゾン・ド・ヒミコ E cinema capsule

★ストーリー ゲイである父親(田中泯)を嫌い、その存在を否定して生きてきた沙織(柴崎コウ)は、春彦(オダギリジョー)という若い男から父がガンで余命いくばくもない...

Tracked on 2005/09/10(土)02:49:01

メゾン・ド・ヒミコ:よーしこうなったらピキピキピッキー 新宿武蔵野館 E 気ままに映画日記☆

建設会社に勤める沙織(柴崎コウ)は事情により借金があり、生活が苦しい。昼休みに雑誌の風俗のアルバイトを見てためいきをついていた。 そこに、春彦(オアダギリ...

Tracked on 2005/09/11(日)17:50:42

メゾン・ド・ヒミコ E spoon::blog

ゲイである父親(田中泯)を嫌い、その存在を否定して生きてきた沙織(柴崎コウ)は、...

Tracked on 2005/09/11(日)22:14:22

『 メゾン・ド・ヒミコ 』 E やっぱり邦画好き…

やっと観てきました…(^^; 9月10日(土)より新宿武蔵野館、池袋シネマサンシャイン他、順次全国ロードショーです。 『 メゾン・...

Tracked on 2005/09/12(月)13:14:13

感想/メゾン・ド・ヒミコ E APRIL FOOLS

夕方試写会へ。「ジョゼ虎」でその名を知らしめた犬童一心監督の最新作「メゾン・ド・ヒミコ」。オダギリジョー&柴咲コウ主演で話題のアレですな。8月27日公開。 メ...

Tracked on 2005/09/12(月)19:12:44

メゾン・ド・ヒミコ E まったりインドア系

前々から楽しみにしていた『メゾン・ド・ヒミコ』を見た。「メゾン・ド・ヒミコ」とは、元高級ゲイ・バーのママ“ヒミコ(田中泯)”が開いた、ゲイのための老人ホームのこ...

Tracked on 2005/09/14(水)11:06:33

メゾン・ド・ヒミコ E Rohi-ta_site.com

映画館で、オダギリジョー、柴咲コウ、田中 泯 出演、犬童一心 監督作品「メゾン・ド・ヒミコ」を観ました。 ●ストーリー 塗装会社に勤める吉田沙織(柴咲コ...

Tracked on 2005/09/14(水)11:24:08

メゾン・ド・ヒミコ E 屋上者の島へ

シネマライズで『メゾン・ド・ヒミコ』を観た。ゲイのための老人ホームという舞台が設定された時点で、すでに映画の基調となるトーンと、その成功は決まっていたのだと思う...

Tracked on 2005/09/15(木)18:55:58

メゾン・ド・ヒミコ E あきぽんの日々つれづれ

 今日は仕事帰りに念願の「メゾン・ド・ヒミコ」を観に行ってきました。 いやあ、まずミーハーな感想言うと、オダギリジョー色っぽ過ぎてヤバイですやられました。...

Tracked on 2005/09/19(月)01:23:53

メゾン・ド・ヒミコ E 日っ歩~美味しいもの、映画、子育て...の日々~

この作品の舞台となるのが、銀座の伝説的なゲイ・バーのママだった卑弥呼(田中泯)が開いたゲイのための老人ホーム「メゾン・ド・ヒミコ」。 卑弥呼の娘、沙織はゲ...

Tracked on 2005/09/20(火)00:26:06

一般常識とホンネの狭間 E 和日和

「一般常識とホンネって食い違うときってない?」とよく思う。 いわゆる世の中で「正しい」って言われてる事って、みんなその場では頷いているけど、ほんとーーに、...

Tracked on 2005/09/21(水)09:35:15

メゾン・ド・ヒミコ E ジャスの部屋 -いん ぶろぐ-

映画「メゾン・ド・ヒミコ」の感想です

Tracked on 2005/09/21(水)17:42:49

メゾン・ド・ヒミコ観たよ E わにわにしちょし

ゲイの物語。 と言っても、今流行りのフォーーーーーーーではない。 淡々と進んでいく、ゲイの物語だ。 今年のゴールデンウィークに、新・文芸坐でジョゼと虎...

Tracked on 2005/09/21(水)19:35:30

メゾン・ド・ヒミコ 〜美しく老いてゆく孤独と死〜 E 椿的濃縮タマシイ

先日の予告通り、昨日「メゾン・ド・ヒミコ」を見てきたわけですが。・・混みすぎ。整理券自体が売り切れだったため、7時45分からのラストの上演で、見た。 「私を迎...

Tracked on 2005/09/26(月)14:42:03

メゾン・ド・ヒミコ E Marさんは○○好き

優しさを表現するということは難しい。 日本では、アメリカと比べるとあまり市民権を

Tracked on 2005/09/28(水)19:15:35

柴崎コウが「ブスな女」に見えない誤算◆『メゾン・ド・ヒミコ』 E 桂木ユミの「日々の記録とコラムみたいなもの」

9月28日(水)TOHOシネマズ木曽川にて 私が心から愛する映画『ジョゼと虎と魚たち』の犬童一心監督と脚本・渡辺あやのコンビの新作に、私の大好きなオダギリ...

Tracked on 2005/10/01(土)09:19:57

「メゾンド・ヒミコ」賑やかな祭のあと E soramove

「メゾンド・ヒミコ」★★★☆ オダギリジョー、柴咲コウ 主演 面白そうなキーワード。 ゲイの老人ホーム オダギリジョー、 柴咲コウ。 劇場も...

Tracked on 2005/10/03(月)18:53:56

メゾン・ド・ヒミコで未知との遭遇004●キツイ言葉を言い合うということ E フツーに生きてるGAYの日常

映画について場面を追って分析するのと並行して、いただいたコメントをきっかけに感じたことを書いて行こうと思います。 今回は、 002●柴咲コウの目〓 に対して書...

Tracked on 2005/10/05(水)15:09:30

映画のご紹介(64) メゾン・ド・ヒミコ E ヒューマン=ブラック・ボックス

ヒューマン=ブラック・ボックス -映画のご紹介(64) メゾン・ド・ヒミコ メゾン・ド・ヒミコを観た。 実は...

Tracked on 2005/10/08(土)13:34:31

メゾン・ド・ヒミコ -① E 海の上のピアニスト

沙織 自分と母を捨てて、壁の向こうに去って行ってしまった父。 そんな父を、心の生きている部分で慕いながらも、父を憎む事で 自己への満足感を高め...

Tracked on 2005/10/11(火)00:15:01

『メゾン・ド・ヒミコ』 E Rabiovsky計画

『メゾン・ド・ヒミコ』公式サイト 『メゾン・ド・ヒミコ』オフィシャル・ブック 監督:犬童一心 脚本:渡辺あや 音楽:細野晴臣 ...

Tracked on 2005/10/15(土)04:16:05

【映画】 メゾン・ド・ヒミコ ★★★☆ E 徒然なるままに・・・

ストーリー: わけあって借金を抱えてしまい、 昼はしがない会社の事務員、 夜はコンビニのバイトをして働く24歳の沙織は、 いっそ風俗ででも働こうかと思い悩んでい...

Tracked on 2005/10/18(火)22:37:52

メゾン・ド・ヒミコ E ダディャーナザン!ナズェミデルンディス!!

人気blogランキングに参加してます! 読み終えたら、ここを一度クリックしてください。 あなたの清き一票カにて、ご協力お願い致します。 母が私にこ...

Tracked on 2005/11/05(土)16:47:02

メゾン・ド・ヒミコ DVD情報 E さざんがQ

3月3日発売のオダギリジョー・柴咲コウ主演「メゾン・ド・ヒミコ」DVD情報 いい映画です。 5年もの時をかけて温められたオリジナル・ストーリーは、そっと...

Tracked on 2005/11/26(土)20:51:16

メゾン・ド・ヒミコ(2005/日本/監督:犬童一心) E のら猫の日記

【目黒シネマ】 吉田沙織(柴咲コウ)は、ある事情で借金を抱え朝から夜まで働き通しだった。ある雨の日、彼女のもとに若くて美しい男が訪ねてくる。岸本春彦(オダギリジ...

Tracked on 2005/12/12(月)00:07:38

NO.120「メゾン・ド・ヒミコ」(日本/犬童一心監督) E サーカスな日々

僕たちもそれぞれの「メゾン・ド・ヒミコ」を持てるだろうか? 「ジョゼと虎と魚たち」(2003年)で、僕たちを魅了した、犬童監督と脚本の渡辺あや子。「メゾン・ド...

Tracked on 2005/12/18(日)00:46:06

メゾンドヒミコ E 東京には空がないと言う

さぁて、メゾンドヒミコです。 この映画は『NANA』『リンダリンダリンダ』の後に見ました。 時間は夜中の3時〜。 なかなか辛いものがありました。 でも犬...

Tracked on 2006/03/15(水)15:22:10

「メゾン・ド・ヒミコ」 E NUMB

  メゾン・ド・ヒミコ 特別版 (初回限定生産) 「メゾン・ド・ヒミコ」 ★★★★ Maison de Himiko(2005年日本) 監督:犬...

Tracked on 2006/07/14(金)20:56:41

メルマガ購読・解除
INTRO 試写会プレゼント速報
掲載前の情報を配信。最初の応募者は必ず当選!メルメガをチェックして試写状をGETせよ!
アクセスランキング
新着記事
 
 
 
 
Copyright © 2004-2020 INTRO