今週の一本
(2007 / 日本 / タテナイケンタ)
淋しい女が作る家庭のカレーライス

膳場 岳人

幸福なる食卓1 久々に溜飲の下がる日本映画を見た。俳優はほぼ無名、DV撮影、わずか50分の小さな作品だが、あれよあれよと引き込まれ、見終わったころにはすっかり頬が緩んでいた。大味なメジャー作品に辟易した映画ファンに、ぜひお勧めしておきたい。

 その語り出しはきわめて類型的だ。万引き常習犯の年増女(篠原あさみ)を、スーパーの警備員(加藤雅人)が脅す。いわく、「警察は呼びたくない。穏便に済ませたい」。場所は女の自宅玄関。男は欲情に駆られ、女を押し倒す。だが行為は未遂に終わる。翌日、スーパーに女が現れる。男は告発を恐れて怯え、謝罪する。ところが唇に紅を引いた女は、寛容な微笑を浮かべて、「夕飯食べにこない?」と誘いをかけるのである。

 万引き女を脅し、肉体交渉に持ち込もうとする男――その出会いはクリシェを通り越してパロディめいているが、こうした「型」を踏襲したことで、かえって物語の先行きはスリリングになる。ふたりは関係を持ち、だらしのない男はすぐに女の家に入り浸りとなる。ほんとうのドラマが始まるのはここからだ。

 物語の舞台は青森県七戸町。雪の舞う凍てついた街で、女は本人もそれとは気づかぬほど深い孤独の中にいたらしい。その孤独が、自分を襲った男への誘惑という形で現れたようなのだ。何がそのようなこだわりをもたらすのか、女は男とのセックスや会話やデートなんかより、テーブルいっぱいにお手製の料理を並べ、食事を共にすることに法外な喜びを見出している。狭い炬燵の卓上にはから揚げ、酢のもの、サラダ、カレーライス、煮付け等々、多彩な家庭的な料理が並ぶ。中でも野菜を薄く切って仕上がりを早めたカレーライスがうまそうだ。ルーにバーモントカレーか何かを使用したに違いない、ごく平凡な感じが、家庭の味への郷愁を誘うのである。流しに立って料理に精を出す女の横顔には、充足しきったほのかな幸福感が漂っている。同時に、彼女の「家庭」への憧憬と孤独に過ごしてきたであろう長く淋しい年月をうかがわせ、少しだけ切ない気持にさせられる。

幸福なる食卓2 一方、男のほうは呆れたデタラメ野郎である。男の浮気が原因で別れた元カノにつきまとい、夜になると平気な顔で女の家にあがりこむ。そこで何をしているかと言えば、めしを喰い、ごろんと腹ばいになってひたすら携帯に文字を打ちこんでいるだけ。なんてつまらない男だろうと思うが、われわれ自身も日常生活の中ではこのように利己的にふるまい、部屋でたいくつな姿をさらしているのに違いない。男の生態にはそんな卑近なリアリティが嫌というほど漲っている。それに対して女は不満も漏らさず、ようやく獲得した幸福の中に閉じこもり、黙々と翌日の献立を考えたりしているのだろう。

 だがそんな幸福な日々も長くは続かない。男にとって、彼女は妙に都合がよすぎるのである。晩飯のおかずも一品ばかり多すぎる。そうなると心づくしの弁当すらも重たく感ぜられてくる。何か、全体的に疎ましくなってくるのだ。男の心変わりを察した女は、男の勤め先に「いらない」と言われた弁当をわざわざ届けに現れるなど、いささか常軌を逸した行動に出始める。この映画の巧みなところは、それを大げさに演出せず、いかにも“ありそうな”風に描いてみせるところである。女性による疎ましいほどの献身、愛情の押し付け、存在自体の重たさ。この感覚、身に覚えのある男性諸氏も多いのではなかろうか。つまりこの女、できることならあまりかかわり合いになりたくないたぐいの人物なのである。だんだん重荷となってきた女を、男はどうするか。映画は後半、ひやりとさせられるような残酷さをちらつかせながらも、冒頭に記したごとく、見る者の頬を緩ませる結末(解釈次第ではあるが)を迎えるのだが、もちろんここではつまびらかにしない。

幸福なる食卓3 男が元カノに復縁を迫る場面が傑作だ。「ウザイ」と冷たくあしらう元カノに、男は土下座する。元カノは「馬鹿じゃないの!」と痛罵する。土下座も彼女の心を変えられないと知るや、男は「なんで俺が土下座しなきゃいけないんだよ!」と逆切れし、突発的な暴力に走る。この不条理な行動がたまらない。この男といい、男から襲われた翌日に男を誘いにくる女といい、監督は人物たちの不条理な行動を描くことで、スクリーン上における「人間性の回復」を企図しているような気がしてならない。その姿勢は現在の日本映画全般に決定的に欠落しているものだ。不条理で非合理的な行動に出るがゆえに、人間は人間なのである。

 とにかく役者がいい。女を演じた篠原あさみはCMや舞台、声優としての仕事を地道にこなしてきた方らしいが、奇矯なキャラクターを完全に自分のものにしている。彼女が笑顔になるたび、病んではいまいかと不安な気持ちにさせられる。四十路も間近な侘しい肉体も四畳半的な色気を感じさせ、始終、劣情を刺激されたことも告白しておく。男を演じた加藤雅人は劇団ラブリーヨーヨーの看板役者であるという。人と話す際、相手とめったに目をあわせない演技が彼の危険性を仄めかす。ネタばれとなるので多くは語らないが、エンドクレジット後の“出演”が“彼”であるとの確信を抱かせるのは、自分勝手ででたらめな彼にいつしか好意を抱きはじめているからであろう。そんなふたりの演技をしっかりと捉える、機動力に富むDVの特性を生かしたキャメラも見事だ。金にあかせて不要に特機を使いまくるメジャー映画とは違い、対象に粘り強く密着する人間臭い動きが、映画的なスリルを生み出している。

 監督のタテナイケンタは06年に『東京のどこかで』で第15回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭にてグランプリ受賞、本作でぴあフィルムフェスティバル2007入選、TAMA CINEMA FORUMではグランプリと俳優賞のダブル受賞を果たしているという。今後の活躍に期待を抱かせる一人である。

(2008.1.28)

幸福なる食卓 2007年 日本
監督・脚本・編集:タテナイケンタ 撮影:ボクダ茂
出演:篠原あさみ、加藤雅人、鈴木あゆみ
公式

2008年1月26日(土)~2月8日(金)
シネマアートン下北沢にてレイトショー(連日20:30~)

2008/01/28/21:17 | トラックバック (0)
膳場岳人 ,「こ」行作品 ,今週の一本
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