ウルリヒ・ザイドル (監督)
映画『パラダイス3部作:愛/神/希望』について
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2014年2月22日(土)より、ユーロスペースほか全国順次ロードショー
『ドッグ・デイズ』(01)など、暴力的なまでに生々しい表現で社会や人間のつるりとした表層を剥き、物議を醸す作品を発表してきたオーストリアのウルリヒ・ザイドル監督。その新作であり、カンヌ、ヴェネチア、ベルリンの三大映画祭でセンセーションを巻き起こした『パラダイス』3部作が、このほど日本でも一挙上映の機会を得た。平凡な50代の白人女性がビーチ・リゾートで現地青年を漁る『愛』、敬虔なカトリック信者がイエスに近づこうとするあまり肉欲を抱いてしまう『神』、ダイエット・キャンプに参加した少女が年上の医師に恋する『希望』。3人のヒロインのひと夏の出来事をザイドルは冷徹な観察者として描き、長回しのカメラが捉える彼女たちの孤独と幸福への欲望は苦しいほどに胸に迫ってぞくりとさせられた。ドキュメンタリー出身で独自のメソッドを持つザイドル監督にメール・インタビューを行い、リアリズム溢れる作品作りの背景などを伺った。(取材:深谷直子)
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――『神』でアンナ・マリアはキリスト教に精神的な愛を求めますが、徐々に肉体的な愛に目覚めていき、彼女も性的な抑圧に苦しめられていたことが分かります。宗教とセックスの関係についてはどのような考えをお持ちですか?
ザイドル その質問にはお答えできませんね。 世界には多くの宗教があり、あまりにも複雑ですから。ただ事実としてカトリック教会では何世紀もの間、性道徳の問題にはある種の偏見が存在していると思います。
――『神』ではアンナ・マリアとイスラム教徒の夫との激しい対立が描かれ、夫が壁にかかった十字架を外していったり、アンナ・マリアが眠っている夫に聖水をかけたりする嫌がらせの応酬が滑稽さをもたらします。宗教を皮肉に描こうというような意図があったのですか?
ザイドル いいえ、宗教を皮肉に表現しようということは思っていませんでした。 登場人物はそれぞれ感情と人生哲学を持つシリアスな人物であり、私が見せたかったのは個人の欲や対人関係から生まれる不条理と滑稽さです。
――主人公たちは身体にコンプレックスを持っていながら、服装に気を遣う女性らしさが感じられてチャーミングでした。『神』で布教活動をするアンナ・マリアでさえ個性的な髪形や服装をしていて見ていて楽しかった部分ですが、それぞれの衣装で表現したかったことはありますか?
ザイドル 「服装が人を作る」ということわざがありますが、どんな衣装もキャラクターの性格付けの一部です。アンナ・マリアのフォーマルなヘアスタイルは、彼女に高貴な雰囲気を与えると同時に、彼女が自らに課している規律の象徴でもあるのです。
――『希望』では『愛』のテレサの娘のメラニーが参加するダイエット・キャンプが舞台となります。参加者の少女たちは教官たちの目を盗んでセックス談義に花を咲かせますが、そんな中で家族の話も出てきて、親が離婚しているという子供が多いのが分かります。テレサとメラニーの母娘がお互いをかけがえなく想い合っているのもここで分かります。家族愛というものも監督にとっての重要なテーマなのでしょうか?
ザイドル 多くの子供やティーンエイジャーが肥満に悩んでいるという事実を調べていくと、すぐに家庭環境が大きく影響していることに気付くでしょう。私たちも映画の準備のためにダイエット・キャンプに参加している少女少年をたくさん取材したのですが、そこには母親も父親も不在の家で多くの時間を孤独に過ごす子供や、愛情に飢える一人っ子がたくさんいました。愛の欠如は私がすべての映画で繰り返し描いていることだと思います。
――『希望』でメラニーは年上の医師に初恋をしますが、それも父親の愛の渇望から生まれたものということでしょうか?
『パラダイス3部作:希望』ザイドル メラニーの純粋な愛情をそのようにももちろん解釈できますが、私たちが脚本を書いていたとき、そういうことは意図していませんでした。むしろロリータをテーマにし、タブー視される大人と子供の間の愛や性欲をリアルに描きたかったのです。大人と子供が愛し合い欲望を持つということは実際にあり得ることであるばかりか、家庭内での性的虐待は現実的な問題にもなっていることです。
――メラニーが求める恋も、他の2作品の主人公同様手に入れることはできませんが、この結末には他の作品よりもあたたかいものを感じます。『希望』というタイトルは監督自身が若者に希望を持って生きてもらいたいという願いを込めて付けたのでしょうか?
ザイドル 『愛』、『神』、『希望』という3部作のタイトルは作品が完成してから思い付きました。その3つの言葉はそれぞれ3本の作品のどれにも当てはまるものだと思います。『愛』の主人公のテレサにも、『神』のアンナ・マリアにも、彼女たちの体験を通して得る希望があります。でも大人たちよりも若者にとって希望の可能性がより高いのはもちろん事実です。
――日本での公開について何か思うことはあるでしょうか? 日本もセックスについては抑圧があると思います。男性のためのセックス産業は栄えていますが、基本的に性の問題は覆い隠すべきものだと考えられています。この作品を観て性の問題の切実さや解放された女性の美しさを感じ取る人もいると思いますが、拒絶反応を示す人も多いと思います。
ザイドル どんな社会にも独自のタブーがあり、抑圧があります。 第三者の目で見て、日本ではそれがとても偏ったものであるように思います。例えば、ヌードやセックスの表現に対する日本国家の検閲は西欧諸国と比べて非常に厳しい一方で、日本には西欧諸国と比べて信じられないほど多くの性風俗店とポルノ商品があります。写真や映像などのポルノ商品の量と内容は、性的な堕落のレベルを示すばかりか、社会の内側の状態も非常に正確に洞察させるものです。 『パラダイス』3部作を含めた私の映画は、観客一人一人を自らと向き合わせることでしょう。もちろん拒絶することもできます。でもそれを受け入れるならば、あなたは心の深淵を直視し洞察することができるでしょう。
――ぜひ日本でこの作品が多くの方に観ていただけることを、そして近い将来監督に来日していただけることを心から願っています。どうもありがとうございました。
( 2014年2月 メール・インタビュー 取材:深谷直子 )
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監督:ウルリヒ・ザイドル 2012年/オーストリア・ドイツ・フランス/カラー/1:1.85/DCP
『パラダイス:愛』2012年カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品
(原題PARADISE: Love/120分/出演:マルガレーテ・ティーゼル、ピーター・カズング)
『パラダイス:神』2012年ヴェネチア国際映画祭審査員特別賞
(原題PARADISE: Faith/113分/出演:マリア・ホーフステッター、ナビル・サレー)
『パラダイス:希望』2013年ベルリン国際映画祭コンペティション部門正式出品
(原題:PARADISE: Hope/91分/出演:メラニー・レンツ、ジュセフ・ロレンツ)
提供:キングレコード 配給:ユーロスペース 宣伝:テレザ+ユーロスペース
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