映画祭情報&レポート
第11回東京フィルメックスレポート【1/2】
老人たちの夢

深谷 直子

閉会式、コンペティション審査委員長のウルリッヒ・グレゴール氏は、受賞作発表に先がけてのスピーチで「作品同士が呼応しあうような、語り合うような構成になっていた」とラインナップを称賛した。個々の作品を見ると監督自身のパーソナルな世界を描くものが目立ち、例年以上に個性的で手強いラインナップだったと思う。その一方で鑑賞を重ねるうちに既視感のような不思議な感覚を何度も覚え、映画祭全体がひとつの環を形作るような気がしていたのでその言葉には多いに頷いた。
映画というのは異なる才能のコラボレーションで作られる芸術だが、完成した作品同士を有機的に繋ぎ合わせるプログラムもまた大きな世界を形作るものだ。それは映画祭の重要な存在意義のひとつであろうが、今年のフィルメックスでは本当に見事に機能していたと思う。監督が映画を撮る姿勢や現代社会の問題というのは通い合うものなのだ、と映画を集中的に見ることの大切さを教えてもらえるプログラムだった。

『ブンミおじさんの森』 アピチャッポン・ウィーラセタクン監督 特別招待作品
2011年3月15日(土)シネマライズ他全国順次ロードショー

『ブンミおじさんの森』今年のフィルメックスの要となったのは、何と言ってもコンペ部門審査員も務めたアピチャッポン・ウィーラセタクン監督であり、オープニングで上映された彼の新作『ブンミおじさんの森』だろう。第1回からフィルメックスが追い続けている常連監督が、今年はカンヌ映画祭パルム・ドール受賞作を引っ提げてやってきた。フィルメックスの潮流が世界の潮流と重なった、と言うこともでき、とすれば今年ラインナップされた作品が互いにリンクし合うように感じられた理由はそこにもあるのかもしれない。でも何よりもこの映画が様々に描く共存やコラボレーションのイメージが、映画祭全体を包み込んで方向付けをしたように思う。
東北タイの山間で農園を営む初老のブンミおじさんは、腎臓の病で余命いくばくもないことを悟り、静かに死への準備を整える。心を開放させた彼の元を次々に訪れるのは異界の者たち……。死んだ妻の幽霊や、ずっと消息を絶っていて今は猿の精霊に姿を変えた息子。さらに前世の王女の記憶が甦り、彼女の物語も挿入されてくる。
生と死、現実と幻想、人間と動物、過去と未来……。境界が曖昧になった空間をブンミおじさんと一緒に彷徨い、森の発する狂おしいノイズに身を任せていると、まわりの空気中にも自分の身体の中にも粒子のような無数の命が存在し、繋がり合っていることに想いを馳せずにはいられなくなる。カンヌの審査委員長だったティム・バートンはこの作品を「見たことのない手法で撮られたファンタジー」と称えたそうだが、アーティストでもあるアピチャッポン監督が自身の内的宇宙を美しく形象化していくその手腕はまったく見事なものだ。東洋のエキセントリックさにとどまらない、独特の美意識による映画的魅力に満ちている。
老いと死を描き生命の神秘を様々に探る本作は、死にゆく者・死んでしまった者への静謐な想いや悼みにも溢れているが、より鮮やかなのは生の無限の可能性のイメージだ。魑魅魍魎が蠢くこの世界で、世界や他者と繋がって前へ進もうとする限り、人は変身・成長することができる。足の不自由なジェンが、山道をはるばる歩いて辿り着いた農園で舐めた蜂蜜の天にも昇る美味しさ。共産主義の弾圧に反発して猿として生きることにした息子。愛されない悲しみに絶望する王女がナマズと交わって授かるハイブリッドな生命……。生への執着と、自然と共存するために自分を変えようとする柔軟さという現代人が見失いがちなものが生々しく描かれており、根源的でスリリングな世界観に陶酔させられるのだ。

アピチャッポン・ウィーラセタクン監督
アピチャッポン・ウィーラセタクン監督
アピチャッポン監督は東京都現代美術館で開催中の「トランスフォーメーション」展にも参加しており、フィルメックス開幕の前日に映画祭との共同企画でトークショーを行っていた。彼が一貫して作品のコンセプトとして表現し続けるのは、人間がいかに自然に頼って生きているか、ということ。『ブリスフリー・ユアーズ』、『トロピカル・マラディ』という過去の映画作品との関連性のほか、『ブンミおじさんの森』の原型となった「プリミティブ」プロジェクトについても大いに語ってくれ、とても興味深かった。
生まれ育った東北タイの歴史を記録したいと考えた彼は、共産主義者の拠点であったナブアという村に滞在し、若者たちだけと交流して、一緒に宇宙船を作ってショートフィルムを撮ったり、子供たちのために光のショーを行いインスタレーションとして発表したりしたそう。村の一員としてすっかり同化し、眼差しの交換を図る彼の作品は、鋭い探究心を持ちつつも風通しよくとても優しい。
フィルメックスでの上映後のQ&Aでも、キャストについてのお話が印象的だった。プロではない一般の人をキャスティングして自分にない強烈な個性との交流を求める中、家族のように接して作品のレギュラーとなっている俳優もいる。義妹ジェンを演じたジェンチラー・ポンパスもそのひとりで、この作品の前に事故に遭って脚に大けがを負ったのだが、不自由な身体でも甲斐甲斐しく働く等身大の姿をカメラは映し出していく。「私の映画は彼女の人生の記録でもあるのです」と言うとおり、個人の変容と、コラボレーションが生み出す新しい世界への飽くなき興味が感じられた。

『独身男』 ハオ・ジェ監督 コンペティション部門審査員特別賞受賞

『独身男』中国の山村に暮らす独身のまま年をとってしまった男たちの性の問題をドキュメンタリー・タッチで描いた作品……、と作品解説で予備知識を仕入れていても、字面だけではこのとんでもなさは想像できなかった。皺だらけの爺さまたちが女の尻を追い回すあけすけな描写に、最初はかなり呆気にとられた。しかし性の問題は誰にでも付きまとうことで、女性が少ない土地の独身男たちにとっては本当に切実なものなのだ。本作がデビュー作となるハオ・ジェ監督は生まれ故郷の隣人たちの姿を深い敬愛をこめて描き、ユーモアに包みながらもしたたかに村に現存する問題を突き付けてくる。
そもそも農村部で顕著な中国の嫁不足問題は、30年に及ぶ一人っ子政策の弊害だ。劇中の祭りの場面で、独身男たちはステージの歌手に「もっとエロいのを!」と囃し立てながら春歌をリクエストする。子供もいるのに教育上よろしくないなと気を揉みつつも、居合わせる老若男女があまりにも明るく笑いながら聴いているものだから何だか微笑ましく思えてきてしまう。だが独身男を励ますこんな春歌がごくありふれたもので、ラジオ番組まで組まれていることが分かってくると、国中に蔓延する根深い問題であることを思い知らされるのだ。アピチャッポン監督は政府による共産主義の弾圧のせいで男がいなくなった村を描いたが、この作品も身勝手な政策によって人の生態バランスが崩れていくという恐ろしい事態を描いていると言える。
北京電影学院で学んだ20代の監督は、問題の根源を探らせるきっかけを植えつつも、視線はあくまでも村と独身男たちだけに向けている。村での人間模様は大らかに見えても決してきれいごとではない。不倫、売春、人身売買。近代化された社会から見たらそう名付けられ非難される行為が、半分公然とまかり通っている。でも素直な欲望の発露が果たして罪なのだろうか……? 都会に行けば性欲を処理してくれる商売はあるが、彼らがほしいのは身近な人のぬくもりなのだ。涙ぐましい苦労をしてパートナーを共有し合う彼らがすごく愛しく感じられる。幸福の価値観は人によってそれぞれだ。世間から見たらいびつだろうと、その中で折り合いを付け、飄々とたくましく暮らす独身男たちを、ハオ監督は練られた脚本と洗練されたカメラワークで魅力的に見せる。素人の役者たちも自身に近い役を誇りを持って演じ、自然で素晴らしかった。

ハオ・ジェ監督
ハオ・ジェ監督
受賞後のスピーチでは、今作は長編第1作目であり、足りない部分がたくさんあると言って信じられない面持ちのハオ監督だったが、「いいところがあるとすれば、出演した村人たちとそれぞれの役割を担いつつ、いい映画、いい作品を作れたことです」と胸を張った。
また、この素晴らしい脚本は自分の両親との3人で書いたそう。若い監督がよく老人たちの生態をリサーチしたなあと感心していたのだが、ここにもコラボレーションの力が働いていたわけだ。お父上は残念なことに映画の準備中に亡くなったそうだが、ずっと見守ってくれているのを感じているとのことで、「お父さん、あなたの息子は大丈夫です。お父さん、一緒に頑張っていきましょう!」と締めくくって会場を感動で包んだ。

『独身男』への授賞については審査委員のアピチャッポン監督の強い推薦があったということに大いに納得した。作風はまったく異なるが、生まれた土地への愛着、住人とのコラボレーション、鋭い風刺と、共通する符号が数多い。
一方この作品を貧しく閉鎖的なコミュニティでの歪んだ性の問題を描くものとして見れば、チャン・チョルス監督の凄惨な復讐劇『ビー・デビル』と表裏一体の関係にあると言えるだろう。さらに『ビー・デビル』は、イ・チャンドン監督によるカンヌ映画祭脚本賞受賞作の『詩』と同じ韓国での学生による集団性暴行事件をベースにした作品であった。
高齢化が進む日本にも貧しく孤独な老人たちが多く暮らす。彼らとヘルパーたちの交流を描いて観客賞を受賞した想田和弘監督の『Peace』では、他人に迷惑をかけていると言って長寿を恥じる老人の姿に衝撃を受ける。未開の土地に住んでいるはずのブンミおじさんや独身男たちのほうがよほど幸福そうだ。文明の発達は、果たして人を豊かにするのだろうか……? ドキュメンタリーの面白さに満ちた優れた作品だが、映画祭でほかの作品と影響し合うことでより問題が浮き彫りになった。

レポート1レポート2

第11回東京フィルメックス (2010/11/20~28) 公式
『ブンミおじさんの森』( アピチャッポン・ウィーラセタクン監督 / タイ、イギリス、フランス、ドイツ、スペイン / 2010 / 114分 )
『独身男』( ハオ・ジェ監督 / 中国 / 2010 / 94分 )

2010/12/31/15:23 | トラックバック (0)
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