インタビュー
大森一樹監督

大森 一樹 (映画監督)

映画「世界のどこにでもある、場所」について

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2011年2月26日(土)より、シネマート新宿、ヒューマントラスト渋谷、シネマスコーレ、シネマまえばしにてロードショー、他全国順次公開

『ヒポクラテスたち』など医療をテーマとした作品や『大失恋。』など群像劇の名手として知られる大森一樹監督が、現代日本に広がる心の病に斬り込んだ。新作『世界のどこにでもある、場所』は神経科のデイケアが行われている遊園地と動物園を舞台に、心に傷を抱えた老若男女が繰り広げる笑いあり、涙あり、歌あり、アクションあり、ロマンスありのエンタテインメント群像劇。群像劇の魅力、アフレコのことなどを中心に大森監督にお話をうかがった。話題は元ネタの『まぼろしの市街戦』にとどまらずロバート・アルトマン監督作品、韓国映画にまで及び、監督が何よりもまず映画好きであることが言葉の端々から伝わってきた。(取材:夏目深雪

大森一樹 (脚本・監督)
1952年、大阪市生まれ。77年に『オレンジロード急行』で脚本家の登竜門・城戸賞を受賞し、翌年、劇場用映画監督デビュー。続いて自らの医学生時代の体験をもとにした『ヒポクラテスたち』(80)でキネマ旬報、報知映画賞など数々の映画賞に輝く。86年、斉藤由貴主演『恋する女たち』で文化庁優秀映画賞、日本アカデミー賞優秀脚本賞・優秀監督賞を受賞。その他、村上春樹原作の『風の歌を聴け』(81)、吉川晃司主演3部作『すかんぴんウォーク』(84)、『ユー・ガッタ・チャンス』(85)、『テイク・イット・イージー』(86)、東宝創立60周年記念作品『津軽百年食堂』(11年春公開予定)など、怪獣映画から文芸もの、スター大作まで、良質なエンタテインメント映画作りの第一人者として活躍し続けている。

――この映画はフィリップ・ド・ブロカの『まぼろしの市街戦』(66)にインスパイアされ作られています。どうして現代の日本を舞台にした『まぼろしの市街戦』をやろうと思ったんでしょうか。

大森一樹監督2大森 いや単にね、好きだったってことです。『まぼろしの市街戦』と『冒険者たち』(ロベール・アンリコ、67)が公開当時からとても好きで、ただ『冒険者たち』は結構色々なところでやってるんですよね。『まぼろしの市街戦』はやってないので、やろうかと。

――現代の日本に置き換える際に、ご苦労も多かったのではないかと思いますが。

大森 そもそも無理がありますよね。あの映画はまず戦争があって、ドイツ軍が来るっていうんで村の人が逃げてしまう。そして忘れられた人たちが、精神病院の鍵を開けて出てきて街を占拠して楽しむという話です。今日本では戦争もないし、そういったシチュエーションが作りにくい。

――精神的に問題を抱えた方たちということと、祝祭というか、1日その場所で楽しむという設定は同じです。

大森 韓国映画で『トンマッコルへようこそ』(バク・カンヒョン、05)という映画がありますが、あれを観た時、『まぼろしの市街戦』を観ているのではないかと思いました。韓国の村に韓国と北朝鮮の兵士、米軍が鉢合わせしてしまうという話なんですが、一つの場所に様々な人たちが集まってしまうというところが同じです。グランドホテル形式といいますがね。

――群像劇ということですよね。この作品は、一応の主人公らしき人物はいるものの、様々な問題を抱えた人々に次々と焦点が移り、話が広がっていきます。その中で現代の姿が見えてくる重層性が見事な映画です。群像劇というとロバート・アルトマン監督などアメリカ映画に多い印象を受けますが、大森監督も群像劇にこだわりがあるようにお見受けしますが。

大森 確かにアルトマンの『ショート・カッツ』(94)や『今宵、フィッツジェラルド劇場で』(06)なんかの影響は強いと思いますね。やっぱり映画の一つの形式としてあるんですよね。

――ただ多数の人物を扱うということで難しい点も多いのではないかと思いますが。人数が二倍になることで、かかる時間や難しさは二倍以上になるのでは。

大森 まず俳優のスケジュールを合わせるのが大変です。『大失恋。』(95)の時も有名な俳優さんが出ているので、苦労しましたね。今回は解決策として、劇団SET(スーパー・エキセントリック・シアター)を丸抱えにしてやりました。そのおかげで順撮りに近い形で撮影もできていますし。

――脚本執筆よりも実際の撮影の方のご苦労が多かったということでしょうか。脚本執筆も整合性など大変そうに思えますが…。時間はどの位かかったんでしょうか。

大森一樹監督3大森 10年かかっています。もちろん10年ずっとやっていたわけではなく、実際の執筆時間は一ヶ月、直しに一ヶ月くらいですかね。あーだこーだとやるのが楽しかったですけどね。直しの段階ではそれぞれのキャラクターの話を変えていくだけでなく、人物設定そのものも変えたりしました。最初の稿から残っているのは先生と医者と軍事おたくくらいで、あとの人たちは変わっています。忘れた頃に『ショート・カッツ』や『今宵、フィッツジェラルド劇場で』を観て、思い出して引っ張りだしてきたりして。

――歌が入るのは最初の脚本段階から?

大森 製作会社が決まって、「にほんのうた」()という企画と組み合わせてできないかという話になり、それから歌は入れていきました。最初からマーチバンドと真ん中あたりで歌うというのはありましたけど。歌ありアクションあり恋ありというのは映画の基本ですしね。

――撮影で苦労したのはどんな点だったんでしょう。

大森 撮影期間が10日で、舞台が動物園と遊園地、彼らだけで一般客はいないという設定です。普通週一回休園日があるので、その日に撮っていけばいいと思いますが、そうすると10週間かかってしまい、制作費も膨れ上がってしまう。なるたけお客さんが少ない遊園地を選んで、開園している時も撮りました。ちょうど5月から6月にかけてやっていたんですが、幼稚園の遠足のコースになっていて、それにぶつかってしまって(笑)。映画は彼らしかいないように見えていると思いますが、裏では人をどけたり苦労しています。

――もう一つ面白いと思ったのが音の使い方で、アフレコが多用されています。同時録音が当たり前になっても、1960年代の若松孝二監督のピンク映画や大島渚監督の映画など一部の映画でアフレコが使われていましたが、今の映画ではなかなか見かけません。やはりアフレコにこだわりがあるのでしょうか?

大森 そうですね。僕はシンクロで録っても時々わざとアフレコをやります。現場の音が使えても台詞を変えてみたり、繋いでみてやっぱりこっちの台詞の方がいいなとか。俳優さんはびっくりしますけどね。

――音と映像が一致しないというのは、作品の「誰がまともで、誰がおかしいのか?」というテーマとも合っていると思います。現実とフィクションの壁があやふやになる瞬間でもあります。

大森一樹監督4大森 それが狙いというわけでもないですけどね。一度シンクロで録ったものを、さらに変えようということです。過去の作品でも何度かやっていますが、今回人が多かった分、多かったというのはありますね。俳優さんにまた来てもらって、1日がかりで直したり。もっと面白くしたいというのが狙いです。 今はコンピューターで口を合わせたりするので、アフレコでもアフレコとわからなかったりするんですよ。僕はそこまでしなくてもいい、間違いを直しているんじゃないんで、面白かったらそれでいいということです。字余りがあったりね。そういうアナログな感覚がありますね。

――昨年PFFで黒沢清監督が大島渚監督の『日本春歌考』(67)について講義を行った際にも、アフレコについて「映画の音が撮影という行為に束縛されない、別のものとして作り上げる実験」「撮影時のリアリズムから解放され、新たに再構築していく、映画の未知の可能性を開発していく」行為だと話していらっしゃいました。

大森 再構築というのはありますね。一度撮った映画をもう一度やり直せる。アナログな感覚が大島さんや若松さんのあの時代の感覚に似ているのかもしれません。

――俳優さんたちの面構えも印象に残りました。みな一筋縄ではいかないというか、素直に「こういう人だ」と決めてスッと入っていきにくい外見であるような気がします。

大森 この映画で初めて見る俳優さんが多いのが大きいんじゃないんですかね。韓国映画がそうですよね。いい人か悪い人か分からない。日本映画観てると大体分かるんですよ(笑)。

――(笑)そうですね。キャスティングである程度予想ついたりしますね。演じているのは俳優さんと、SETの劇団員の方々ですが、演技指導などはどういった感じだったんでしょうか? やっぱり両者の違いはありますよね。

大森 大雑把に言うと、映画の俳優さんは映りを大事にして、演劇の俳優さんは台詞を大事にするという違いがありますね。劇団の方々は台詞はとってもいいんだけど、フレームの外に出ちゃってますよ(笑)、みたいなことはありました。見てて面白かったですけどね。

――最後にこの作品、もう少し広げて群像劇の魅力を教えていただけますか。

大森 映画一本引っ張っていける俳優で引っ張っていくというのももちろんあると思うんですけど、そうではなくて大勢で映画を引っ張っていく面白さがあると思います。スポーツでいうとテニスではなく、サッカー。集団で球を廻す、その球廻しが面白いとか、俳優以外の要素が出てくる。人と人との関係性の面白さがあるので、俳優一人ひとりを見ているのではなく、映画全体を見ていないと分からない。

――ラストが私はとても好きで、単純に「泣ける」とかそういうことでは全くないんですが、後を引くと言いますか、後からじわじわと来るものがありました。

大森 自分が教えてる学生なんかにも映画の感想を聞くと、登場人物に感情移入できたとかできなかったとかすぐ言うんだけど、そういう映画もあるけど、そうではなくて映画全体を俯瞰して観る、そこから生まれる何かもあるんじゃないかと。一人ひとりの台詞が大事なんじゃなくて、台詞以外の見えないものの大切さにメッセージがあるんじゃないかと思います。登場人物が主役ではなく映画が主役というかね。

――笑いありアクションありのエンタテインメントでありながら、現代社会を体感させ、ほろ苦いラストが胸に刺さる映画らしさがつまった作品だと思います。今日はどうもありがとうございました。

(2011年1月31日 東銀座・ADKアーツにて) 取材:夏目深雪

「にほんのうた」とは
坂本龍一氏と氏が主宰しているCOMMMONSが中心になって「にほんのうた」CDを4枚目を発売。日本の唱歌、童謡と呼ばれる曲を現代のアーティストが アレンジして自らが歌っている。レコード会社や組織の枠をすべて取り払って、歌いたいアーティストを募り、坂本氏がすべてプロデュースして制作された。

「にほんのうた」実行委員会とは
このCDをもとにADKアーツが映像作家、絵本作家等に依頼しショートムービーを作成し、子供たちに提供するプロジェクトを発足させ、広く古き良き楽曲を子供たちに伝えようと結成された。

CD「にほんのうた 第一集~四集」発売中 ■ 総合監修:坂本龍一 ■ 発売:commmons
にほんのうた 第一集』『にほんのうた 第ニ集』『にほんのうた 第三集』『にほんのうた 第四集

DVD「にほんのうたフィルム」発売中 / ■発売:(株)ADK Arts 詳しい情報・注文は公式サイトから
■監督:犬童一心/山村浩二/唯野未歩子/山下敦弘/よしながこうたく/瀬田なつき/佐藤佐吉/石井英統/江口カン/辻川幸一郎/小林聖太郎/手塚眞/伊勢谷友介/朝倉真愛/宮本敬文/若木信吾/藤井春日/牧鉄馬
世界のどこにでもある、場所 日本/2011年/カラー/HD CAM/16:9/STEREO/97分
脚本・監督:大森一樹
出演:熊倉功、丸山優子、坂田鉄平、松村真知子、大関真、大竹浩一、柳田衣里佳、
野添義弘、佐原健二、水野久美 ほか
音楽:かしぶち哲郎 演奏:ムーンライダーズ、国立オペラ・カンパニー 青いサカナ団、モルダウ・ミュージック
挿入曲・エンディングテーマ:アルバム「にほんのうた」(commmons)より
企画・製作・制作プロダクション:ADKアーツ 制作協力:劇団スーパー・エキセントリック・シアター
配給:グアパ・グアポ (c)2011ADKアーツ
公式

2011年2月26日(土)より、シネマート新宿、ヒューマントラスト渋谷、
シネマスコーレ、シネマまえばしにてロードショー、他全国順次公開

「さよなら」の女たち [DVD]
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  • 監督:大森一樹
  • 出演:斉藤由貴, 古村比呂, 朝加真由美, 竹内力, 山田辰夫
  • 発売日:2006-11-23
  • おすすめ度:おすすめ度4.5
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風の歌を聴け [DVD]
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  • 監督:大森一樹
  • 出演:小林薫, 真行寺君枝, 巻上公一, 坂田明, 古尾谷雅人
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2011/02/25/15:48 | トラックバック (0)
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