今週の一本

ゴーストライター

( 2010 / 仏・独・英 / ロマン・ポランスキー )
古戦場のポランスキーは昭和のHERO

若木 康輔

『ゴーストライター』1久しぶりに、INTROさんに原稿を書かせてもらいます(『無常素描』に関しては経緯が違うため個人的には別)。本サイトで休止中の連載があるのに、その主な理由である仕事がまだ終わっていないのに。基本的には、よくない、もうしわけないことです。
6月に『ゴーストライター』という映画を試写で拝見したのです。通のみなさんの今夏の話題はこれで持ちきりだろう、僕などが何か言う必要は皆無と考えていました。ところがその、アレね、現時点ではバチバチに盛り上がっているわけではないみたい。シネフィルの次のトレンド・ターゲットはロマン・ポランスキーだ! と、ならないところがまたこの人らしい……。母性本能に似た甘酸っぱい疼きを覚え、発作的に始めてしまいました。要するにこれは、提灯記事です。映画評ではできるだけやらずに済ませたかったヨイショ原稿を、ポランスキー先生のためなら喜んで書きます。

イギリス元首相の自叙伝のための聞き書きと構成=ゴーストを依頼されたライターが、政治陰謀の面倒に巻き込まれます。面白かった。で、それ以外に言うべきことはほとんどありません。『ゴーストライター』はそういう映画です。
食い足りなさを覚える人は多いでしょう。サスペンスだけでなく、社会や人間心理への考察、はたまた反戦・文明批判メッセージのようなオマケをもれなく付けてもらわないと、どうも落ち着きが悪い。安心して評価できない。僕自身も見終ってすぐはそう感じ、「これは単なるサスペンスではなく……」というルーティン誉めの蔓延のせいで、感覚が鈍らされているなあ、などと考えさせられました。
しかし、あくまでロマン・ポランスキーの新作として考えれば、単なるサスペンスなのは当たり前だしそれで充分じゃないか、とも言えるのです。相変わらず昔と同じような話を撮っていて、お元気そうで何より。ならではの語り口に新作でまた触れることができて良かった。ありがとうございました。今は素直にそういう気持ちです。歌舞伎や落語に造詣の深い人はよく、「私は先代(をリアルタイムで見るの)に間に合っています」という言い方をしますけれど、まあ、アレに近い。ポランスキーを「平成の映画ファンがまだ間に合う昭和の名人」と芸能的に捉え、その芸風について改めて確認させてもらったほうが、『ゴーストライター』への興味につながるのではないかと思います。ガイド風に平易に書くと、以下のようになります。

『ゴーストライター』2なにを語るかより、どう語るかが大事なひと。巧みな押し引きで笑わせ怖がらせ、お客が満腹になりかけたあたりで、さっとオチに入る。あー面白かったネ、と喜んでお帰りになって頂ければそれで良しとする噺家的スタンスが基本だが、その話術にはどうしても本人の素地が出る。多分に過酷な生まれ育ち(戦時中のユダヤ人狩りで一家離散)と波乱の人生(美人妻をカルト教団に殺されたり、少女レイプの罪でアメリカから逃げたり)に決定付けられたであろう過敏な屈折が、怪異譚で登場人物の被害妄想や不安を描くときに異様な迫力を生む。大きくはアルフレッド・ヒッチコックに連なる芸風で、加えてさらに神経症的。ポーランドでの短編時代から既に会得していたシャープでドライなテンポと、ネチャッと粘りつくような画面の澱み、この相反する要素の同居が無二の個性となっており、新作『ゴーストライター』においても(絶頂期に比べればやや淡いものの)独特の雰囲気は健在。

『ゴーストライター』に似ている過去の自作はなんだろう。すぐに『吸血鬼』(67)、『ローズマリーの赤ちゃん』(68)、『チャイナタウン』(74)といった代表作のタイトルが浮かびます。見事にネチャッとした曲者映画揃い。作品を全部は見ていませんから(よくそれでこんな原稿を書いてるもんだ)、他にもあるでしょう。 そういえば、僕が初めて新作として見たのは9年振りの日本公開、本格カムバック作として話題を呼んだ、やはり主人公が知らない土地で事件に巻き込まれる『フランティック』(88)。当時は、アレ、こんなものかな……と思いました。スキャンダルで一度は表舞台から消えた伝説の監督。そんな危険で血まみれのイメージがかなり独り歩きしていたぶん、ふつうに良く出来たサスペンス映画なので、やや肩透かしでした。そういうシレッとした冷たいとぼけ方を、『戦場のピアニスト』(02)で「感動の巨匠」にイメチェンした後も『ゴーストライター』でまた繰り返しているのが、妙におかしいです。『フランティック』は当時のハリウッドのトッブスターであるハリソン・フォードが主演で、見ていてなんともいえん居心地の悪さが印象的でした。『ゴーストライター』も、ユアン・マクレガー(ゴーストライター役)にピアース・ブロスナン(元首相役)ですからヘンさでは負けていません。オビ=ワンと007が、ポランスキーのグルーミーな世界で共演。どっちも別にかっこ良くないのがミソで、スターで映画を見るタイブの女性にはどうでしょうか。興味深いものなのか、それとも、ガッカリしちゃうのかな。

『ゴーストライター』3『ゴーストライター』と過去の代表作に共通するのは、主人公が禁忌の異世界に足を踏み込んで出られなくなる、地獄めぐりの構造です。吸血伯爵の城がある村(死者の土地)、不気味な隣人の住むアパート(悪魔の根拠地)、ロサンゼルスの政界疑獄(実社会では記録されない奈落)。そして『ゴーストライター』の、政治謀略。
映画によってプロデューサーや原作者、脚本家の顔ぶれは違いますから、話のルックスやまとめ方はそれぞれ別。その過程を描くときに必ず滲み出る執着めいたものが、やはりポランスキー映画のポイントということになります。CIAの黒い影だなんていくらなんでも今どき……と思わせる『ゴーストライター』ですが、この人にとっては、見えないところで蠢く得体の知れない気配に囲まれた人間の生理、暗くてだるい焦りさえネッチリと描ければ、CIAだろうと悪魔だろうと『反撥』(65)のような性的オブセッションだろうと、別に正体はなんでもいいようです。『戦場のピアニスト』も一般には自身の幼少体験と真摯に向き合ったとされ、過去のスキャンダルを帳消しにしてお釣りが出るほどの栄光をもたらしましたが、僕はあまりそういう気がしなかった。あの映画の主人公は大人で、実際のポランスキー少年とは経験が違うからです。もっと楽天的な作家ならとっくの昔にホントに自伝的な作品をものしている。死んでも描きたくない実体験がいつまでも付きまとうから、人さまの原作を通して、嘘で済む世界=映画にその恐怖をぶつけている。そう感じます。

三つ子の魂百まで。これから赴く場所に明らかに危険な匂いを嗅いでいるのに行ってしまう、止せばいいと分かっているのについ首を突っ込んでしまう。北野武『ソナチネ』(94)のセリフを借りれば、探偵も若妻も作家も、「死ぬのが怖い怖いと思ってると、死にたくなっちゃうんだよ」。
ポランスキーを怖い話のうまい芸人として紹介したくなる発想のベースには、どこかで北野武の映画と似ている、という昔からの直感があります。キタノ映画は同時にフェリーニ的でありホークス的であり、何よりATG的でありと多彩な顔を持っていますから、ポランスキー自身もよく自作に出ている点、突発的な暴力描写と不安の密接な結びつきなどだけですぐに直結はできません。原作に拠る・拠らないでは正反対ですし。しかし、『タンスと二人の男』(58)を見て『あの夏、いちばん静かな海』(91)の脇役二人組みたいだと思い、逆に『アキレスと亀』(09)のラストには、あ、これは『テナント/恐怖を借りた男』(76/未公開・ビデオ)だ、となりました。僕の場合、やたらに両者相互の連想率が高いのです。

『ゴーストライター』4他にも精神的に似ていると感じるのは、M・ナイト・シャマランとパク・チャヌク。独自の被害妄想的作風をしつこく推し進めた余りに躓き、近年すっかり(あれだけ持ち上げた)映画マスコミからそっぽを向かれている辺りが、ポランスキーの不遇時代とそっくりでそそられます。それでこそ後継者のスケールにふさわしい、と言いたくなります。これはさすがに偶然でしょうけど、『ゴーストライター』に主要な役で出ている女優オリヴィア・ウィリアムズは、『シックス・センス』(99)でブルース・ウィリスの恋人役だったひとでした。でも、シャマランの『ハプニング』(08)、チャヌクの『渇き』(09)。このケチのついた2本を〈ポスト・ポランスキー〉の斬り口で捉え直してみれば、単純に失敗作と片付けるには惜しい、ネチャッとした何かを見出せるのは確かです。
そうそう、神代辰巳の『青春の蹉跌』(74)にだって、ショーケン=萩原健一と神代が『水の中のナイフ』(62)をやろうと相談して生まれた場面があって……、などと興に乗ると止まらなくなりますね。影響云々の話はこれぐらいにしておきます。僕もこの原稿を、小林信彦「世界の喜劇人」のポランスキーについて書かれた章(第3部第4章「恐怖と予感の喜劇」)のトリビュート・カバーにするつもりだったのに、結果、どこがじゃ、というぐらい似ても似つかないベクトルのものになりました。自分で言わなければ誰も気づかないでしょう。影響なんてそんなもんです。

いろいろ書きましたが、つまるところはポランスキー先生の新作『ゴーストライター』、よろしくお願いします、ということで。「伝説の現在に瞠目せよ」とか「映画的とは何かを解する者ならば何をおいても劇場に駆けつけねばならない」とか、ああいう立派で強い口調は似合わず、かえって艶消しになるひとです。気軽に接して頂ければ。 今回は、“ゴースト”に遭うのではなく、“ゴースト”のほうが表に名前が出ている人間たちの秘密に引きずり込まれる趣向です。三文ライターとしては、無署名の仕事をしているからといって実存不安の象徴みたいな取り扱われ方は大げさだなあ、と見始めた時は思っていたのですが、ポランスキーの場合、生きている人間のほうがよほど怖い、と言わんばかりの不信感が根っこにありますから、単純な工夫のようでやはりどこか粘つく転倒が次第に顕れます。そこら辺りが見どころと言えましょうか。

それにしても、と、ふと考えます。この世はなべて血の海である、と描き続けてきたヨーロッパの故郷喪失者(精神的な意味で)は一体、どんな宗教観を抱えているものなのでしょうか。本人は無神論者だと公言しているようですが、私には神はいないと答えるに至るまでには、焼けつくような自問自答の繰り返しがあったと思うのです。

(2011.8.2)

ゴーストライター 2010年 仏・独・英
出演:ユアン・マクレガー、ピアース・ブロスナン、キム・キャトラル、オリヴィア・ウィリアムズ、
トム・ウィルキンソン、ティモシー・ハットン、ロバート・パフ、ジェームズ・ベルーシ、イーライ・ウォラック
監督:ロマン・ポランスキー 脚本:ロバート・ハリス、ロマン・ポランスキー
音楽:アレクサンドル・デスプラ 原作:ロバート・ハリス「ゴーストライター」(講談社文庫刊)
原題:THE GHOST WRITER/2010年/仏・独・英/128分/ドルビーDTS/シネマスコープ/カラー/35㎜
(c)2009 R.P. FILMS – FRANCE 2 CINÉMA – ELFTE BABELSBERG FILM GmbH – RUNTEAM III LTD
公式

8月27日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町&渋谷ほか全国公開!

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  • 監督:ロマン・ポランスキー
  • 出演:ピーター・コヨーテ, エマニュエル・セニエ, ヒュー・グラント, クリスティン・スコット・トーマス, ヴィクター・バナルジー
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2011/08/04/14:03 | BBS | トラックバック (7)
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