乳母車(1956年・日活) | |
■スタッフ 監督:田坂具隆 原作:石坂洋次郎 脚色:沢村勉 |
■キャスト 宇野重吉 山根寿子 芦川いづみ 新珠三千代 石原裕次郎 ほか |
■あらすじ 父に愛人(新珠三千代)が知ることを知った娘(芦川いづみ)は、弟(石原裕次郎) からその経緯を知らされる。愛人には赤ん坊までいた。怒った娘は赤ん坊ごとその乳母車を奪い……。 |
今回から芦川いづみの特集。とてもうれしい。私、槇原啓二のプロフィールにあるとおり、芦川いづみは最愛の女優だ。
さて、『乳母車』。これは『陽のあたる坂道』(58年・田坂監督)『若い川の流れ』(59年・田坂監督)『あじさいの歌』(60年・
滝沢英輔監督)『あいつと私』(61年・中平康監督)と続く、一連の石坂洋次郎原作・石原裕次郎共演の「アプレ男女の溌剌と歪んだ関係」
もの。したがって本作を論じるに当たってはそれらと比較並行するのが妥当だろうが、何分全部見返す余裕がない(『陽のあたる坂道』
は214分もの大作)。そこで今回は本作に限り、芦川いづみと石原裕次郎の印象を中心に述べてみたい。あしからず。
本作の映画史的な意味は、「俳優・石原裕次郎」を誕生させたことだろう。『太陽の季節』(56年・古川卓巳監督)『狂った果実』(同年・
中原監督)に続く主演3作目だが、前2作の太陽族映画で固定されつつあった「反逆のヒーロー」のイメージを転換し、
育ちの良いちょっとイケズな好青年を見事に演じきった。このような役柄が一番地に近いと本人も言う。久品仏の閑静な住宅街を、
乳母車を押して進む裕次郎。なかなか貴重なシーンだ。花屋でアルバイトをしているのも洒落ている。以後彼は、
作品によって硬軟自在に演じ分ける大人の俳優に育っていく。
余談だが、今、大人の男のファッション誌『LEON』が売れに売れているという。同誌が標榜するのが「ちょいワル不良」。そこに登場する
「ちょい不良」のイケメンモデルたちに憧れ、20代後半から40代前半のヒラリーマンたちが雑誌を買い漁っているようだが、彼ら『LEON』
の読者たちはおそらく裕次郎を知らないのだろう。『LEON』を読むか裕次郎を見るか。私なら迷わず後者を取る。同じ「ちょい不良」でも、
どうせ真似るのなら、つまらないイケメンモデルたちよりも「男の中の男」チャンユーのほうが断然本格的だ。
そこで芦川いづみ。本作では、
父親宇野重吉の2号新珠三千代と母親山根寿子の女性としての自立を裕次郎とともに介添えする狂言回し的な役柄。
全編抑制の利いた演技でまずまずの迫真。「戦後のお嬢様はこうあるべき」とでも言わんばかりの溌剌とした淑女ぶり。以後、
石坂原作の一連のシリーズで二人はこの役柄を使いこなす。『陽のあたる坂道』のように北原三枝が入れば、芦川の溌剌ぶりは若干薄まるのだが。
とにかく、石坂が描くアプレな女性像に芦川はぴったりとはまったのだろう。ただし、石坂の出世作『若い人』の映画化(62年・西河克巳監督)
では、ヒロインには吉永小百合が選ばれた。『若い人』は、アプレはアプレでも第一次大戦のアプレ(こっちが本来の意味なのだが)。
だから吉永というわけではないだろう。映画の順番と原作の順番が一致していないので、その時期には日活は吉永を押したかったのだろう。
ちなみに、吉川は芦川の十歳年下。いずれ機会があれば二人の比較論みたいなのをやってみたい。
映画のクライマックスで、裕次郎と芦川が「赤ちゃん大会」なるものに新珠の赤ちゃんを参加させる。これは赤ちゃんの体格や表情と健康状態、
最後にはハイハイ競争で優秀な赤ちゃんを選別させるもの。「森永製菓主催」と画面で見える。
さながら新自由主義の今日を先取りするような弱肉強食教育を連想させるが、当時実際に行われていたのだろうか? 興味深い。
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