知と愛の出発(1958年・日活) | |
■スタッフ 監督:斎藤武市 原作:中村八朗 脚本:植草圭之助 撮影:姫田真佐久 |
■キャスト 芦川いづみ 宇野重吉 亀谷雅敬 川地民夫 永田靖 ほか |
のっけから湖水の雄大な景観に圧倒される。日活シネスコープ(コニカラー)による立体感。おそらく東北のどこか(猪苗代湖と磐梯山)
だと思ってみていたら諏訪湖だった。これには仰天。何しろ、私事で恐縮だが、私は一昨年にこの地域に足かけ半年間暮らしていたので、
諏訪湖の景観には格別な思い入れがある。なるほど、湖畔の情緒溢れる街並みは甲州街道宿場町の名残だろう。しかし、
見ていくうちに違和感を覚える。のっけのシーンなど、
ヒロインの芦川いづみと川地民夫とのシーンは諏訪湖とは別の湖で撮られているのではないか?
シーンでは雪景色の印象的な単峰が湖水に迫ってくるが、諏訪湖は一応諏訪盆地にあるので地理的にそれは有り難い。そこで調べてみると、
どうやら野尻湖のようだ。
さて本作は、芦川いづみと川地民夫の「セブン・オクロックコンビ」(『陽のあたる坂道』での共演に由来)を中心に、
襟を正したくとも正せない男女の腰の引けた欲望を描きながら純愛路線に着地するメロドラマで、いわば「陽射しの弱い太陽族」映画。
高校の同級生恵美(白木マリ)の同性愛を拒む桃子(芦川いづみ)は、同じく同級生の靖(川地民夫)と純愛を貫こうとする。
父子家庭で貧しくて大学進学をあきらめ、自暴自棄になる桃子。東大進学のための勉強に専念し、桃子から気持ちが離れていく靖。
恵美の家庭教師で若手医師の三樹に誘惑される桃子。恵美の継母と三又をかけようとする三樹(小高雄二)。
そんな三樹を正当防衛で刺してしまう桃子。死んでしまいたい桃子。
当時の世相を知るのに興味深い描写がいくつか。川地の父親永田靖が、芦川の父親宇野重吉が教師だと聞いて「けっ、日教組か!」と毒吐く。
川地の家は地元の名家。今日なおしこりを残す、保守層と日教組とのつば競り合いをかいま見る。
中原早苗がレイプをされ、それが翌日の新聞に被害者の彼女の実名・顔写真入りで報道される。同じように芦川と小高との傷害事件も彼女が
「嫉妬に狂った小鬼」のように報道される。これが当時の実際なら、とんでもない報道被害・人権侵害だ。
恐ろしいことに二谷英明の記者が差し出した名刺に「朝日新聞社」とある。おそらくそれが実際だったのだろう。
桶川ストーカー事件に見られるように、50年後の今日でも大差はない。映画は時代を映す鏡なのだ。
もう一つ、レイプ被害に遭って心神喪失で入院している中原の病院に、急性盲腸炎で芦川が担ぎ込まれる。手術に当たって輸血が必要となり、
取り急ぎ中原から輸血してもらえと。このシーンはちょっと唐突過ぎるのだが、そこで芦川が叫ぶ、
「私、彼女の血はイヤ! 絶対にイヤ!」
レイプされた彼女の血は汚らわしい。私は純血を守りたいというのだ。友人同士にしてこの言いぐさ。身の毛のよだつ被害者差別だ。結局、
芦川は見舞いに飛び込んできた川地の血をもらったことを知り、彼との恋仲を修復する。おめでたいと言えばおめでたいが、
これでは亡くなった中原があまりにも不憫だ。『氷点』(山本薩夫監督・66年大映)の若尾文子にも見られるように、
戦後が進んでも日本人の血縁信仰というのは不幸なまでの根強さだ。
クライマックスは芦川と川地が車山に登る。夜中に諏訪湖を出て明け方までに到達する距離ではないが、霧ヶ峰の眺望はまさに絶景。
八島湿原に今なお残る鎌ヶ池ヒュッテらしき小屋が見える。青春の雄叫びを上げる二人。
30歳にして二十代前半の彼女と同じ場所で似たようなことをした当時の自分を思い出してちょっと胸が熱くなった。恐縮です。
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