眠れる美女
2007年12月15日(土)よりユーロスペースにてロードショー、
他全国順次公開
川端康成の
禁断のデカダンス文学をドイツ人監督が格調高く映画化
ベルリンの街の一角にひっそりと建つその館は、何もかもが謎めいていた。信用のおける年老いた顧客だけが出入りを許されるこの秘密の空間では、まるで死んだように眠っている美しい娘とベッドで一夜を共にすることができるのだ。友人からこの館の存在を教えられた孤独な事業家エドモンドは、眠れる美女たちの虜となり、夢の中であやされるかのような陶酔の日々を過ごすのだが……。
文豪、川端康成の晩年の代表作であり、三島由紀夫が「熟れすぎた果実の腐臭に似た芳香を放つデカダンス文学の逸品」と絶賛した『眠れる美女』。この異端的な傑作小説が、ドイツのヴァディム・グロウナ監督の手によって格調高く映画化された。舞台を現代のベルリンに置き換え、新たに創造した登場人物や独自の解釈を付け加えながらも、原作のエッセンスがしっかりと息づく文芸ロマンに仕上げている。『善き人のためのソナタ』『ドレスデン、運命の日』『素粒子』『厨房で逢いましょう』『4分間のピアニスト』など、多様な秀作を次々と世に送り出しているドイツ映画界から、新たに届いた必見の話題作といえよう。
観る者を瞬く間に映画へと引き込むのは、秘密の館が提供するセクシュアルな悦楽の特異さである。プロの娼婦が男性をもてなす通常のそれとはまったく違い、ここでは深い眠りに落ちたままの娘が一糸纏わぬ姿で差し出される。特殊な麻酔のようなもので眠らされているらしい娘たちは、顧客がその場にいるうちは絶対に目を覚ますことがない。館を運営するマダムは「悪いおふざけはなさらないでください」「娘を起こそうなどとなさらないように」などと幾つかの注意事項を述べ、夜が明けると朝食を用意し、顧客を館から送り出していく。「娘たちは目を覚ましたとき、何も知りません。誰が自分のそばにいたのかも。ですから、ご心配はいりません」。いったい、このマダムは何者なのか。なぜ、この館は老年客だけを招き入れるのか。時折、真夜中にやってくる男たちが、館から車で運び出す荷物の中身は何なのか。そしてマダムは、どのようにして娘たちをここに連れてきて眠らせているのか。さまざまなミステリーを提示するこの映画は、妖しいエロティシズムを濃密に匂い立たせつつ、犯罪スリラーめいた危うい緊迫感をはらんで進行していく。
経験豊かな娘、見習いの娘、情熱的な娘……。主人公エドモンドは館を訪れるごとに新たな“眠れる美女”と出会い、ふくよかで瑞々しい肉体の温もりやそこから放たれる甘美な匂いに胸を高鳴らせ、官能の渦に溺れていく。このめくるめく非日常的なエロス体験は彼の内に眠っていた情熱を激しくかき立てる一方、事故で他界した妻と娘、そして優しかった母親や若かりし頃の初恋の記憶までも呼び覚ます。エドモンドが秘密の館を訪れる5つの夜の出来事を通して、人間の性、孤独、老い、死といった根源的なテーマを浮かび上がらせる映像世界からひとときも目が離せない。原作小説にはない荘厳かつ神秘的なラスト・シーンも、本作の大きな見どころとなる。
監督、製作、脚本、主演を兼任し、このセンセーショナルな企画に挑んだヴァディム・グロウナは、俳優として40年以上も活躍しているベテランで、最近では『4分間のピアニスト』に出演。監督としてもカンヌ国際映画祭カメラドールの受賞経験をもち、数多くの映画、TV作品を演出してきた鬼才である。 『フラミンゴの季節』の監督でもあるシーロ・カペラッリが撮影を担当した映像美も忘れがたい。鉛色の空にカラスが舞う不吉なショットで“死の影”を表現し、ヨーロッパ的な退廃美に満ちた秘密の館のシーンでは流麗な移動撮影を披露。そして都市開発によって目覚ましく変貌を遂げ、新旧さまざまな建築物が混在する現代のベルリンを街並みを、老境の主人公の内面に寄り添うようにして切り取ってみせた情景描写には、昨今の他のドイツ映画には見られない深い陰影が宿っている。
また、ある思惑を胸に秘めて主人公を館へと誘う友人コギを演じるのは、ドイツ語圏の国際的な名優マクシミリアン・シェル。さらに、顧客に心を許そうとしない厳格なマダムに扮して圧倒的な存在感を放つ舞台女優アンゲラ・ヴィンクラーなど、実力派が脇を固めている。
エドモンドはすでに老齢に差し掛かった事業家である。15年前、妻と娘を自動車事故で亡くしてから、夜の帳が下りると絶望感に包まれ、待つ人の無い家には滅多に帰らなくなっていた。空いていた高速道路で、娘を乗せた妻はなぜ運転を誤り橋から峡谷に落ちたのか。離婚話でお互いが貶めあっていた時期に、エドモンドを苦しめたくて自殺したのかもしれないと自らに苛まれている。その様子を見ていた友人のコーギが、君にぴったりだとある館(メゾン)に行く事を勧める。老齢の男性が通うその館は、深く眠らされた一糸も纏わぬ美少女がベッドに横たわり、お客と一夜を共にする。何をされたのかも、誰が傍らにいたのかも、眠り続ける少女たちには解らない。
初めてその館を訪れた夜。お客と少女の世話をする上品でミステリアスなマダムに案内され、エドモンドは部屋へ入った。日本風の屏風とガウン、照明で飾られた部屋の奥に、天上から吊り下げられた黒いレースのカーテンに囲われた、鮮やかなピンクのサテンで覆われた大きなベットがあり、そこには白い肌を透かせた美少女が横たわっていた。服を脱ぎ少女に寄り添うとまるで動き出しそうな温かみを感じるが、彼女は乱暴に扱っても目を覚まさなかった。この少女からは離乳前の子供の匂いがしている。乳の匂いが、60年以上前の母の匂いを思い起こさせた。そんな昔の事を覚えているのだろうか……、少女の香りに包まれたまま、エドモンドは眠りに就く。
2週間後、少女を午後11時までに眠らせておく、というマダムの言葉に従い、エドモンドは時間通りに館を訪れた。今夜の娘は美人で経験豊かだというが、何を意味するのかエドモンドには解らない。少女は深く眠ったままである。しかしなぜかこの少女とは、眠ったままでも通じ合い、愛し合っているような気持ちになる。すっかりこの館の虜になった彼は、規則に反して少女が目覚めるのを見たいと思い、街で出会ったら声を懸けたいと言い出すが……。
監督・製作・脚本・主演:ヴァディム・グロウナ
この映画は何を描いているのか。はかなさ、追憶、嘆き、罪悪感、孤独、性と、死、エロティシズム、臨終―これらが映画『眠れる美女』の主題です。
「老人は死の隣人である」
初めてこの川端の作品を読んだとき、これほど美しいまでに風変わりでメランコリックな物語があるだろうか、と驚きました。
記録によると1920年代から30年のベルリンにはこのような館が実在したとあり、同じくプラハ、パリ、ウィーンでも確認されています。それで私は、これは日本固有の話でなく、ヨーロッパでも有り得た物語だと確信したのです。
川端からは眠れる美女達、マダム、江口(映画ではエドモンド)だけを引用しました。そして、物語を膨らませて続きを描き、2,3人の登場人物を追加して小説全体をミステリアスに包む「スリラーの要素」を強調しました。映画はエドモンドの過去はもはや江口のそれではなく、私の経験にもとづいた、厳然たるヨーロッパ人の記憶となりました。
性的冒険への息苦しいまでの希求をと、死への切望、死んだ妻と娘の悲痛な思い出、眠れる美女達の温もり、マダムとその背景にある組織「救世主」の謎、それらがエドモンドの不眠症を加速させ、夜を徘徊させ、迷わせるのです。エドモンドは自責の念に駆られ、帰依を切望し、人生最後に愛情だけを残して、失意と共に死んで行きますが、彼は神によって救われるのです。
1941年生まれ、ハンブルグで育つ。ハンブルグ・ステージ・スクール時代、俳優・監督・脚本家として多才に活躍。1961年グスタフ・グリュンドゲンズによるハンブルグ・シャウシュピールハウスへのスカウトをきっかけに、ドイツで最も人気のあるTVドラマ/映画俳優となる。国際的な場での活躍も多彩で、サム・ペキンパー監督の『戦争のはらわた』(76)やクロード・シャブロル監督の『クリシーの静かな日々』(90)等、多くの作品に出演している。2000年には、オスカー・レーラー監督作品『壁のあと』(99/日本テレビ放映)で、ドイツ映画批評家協会賞の助演男優賞にノミネートされた実力派で、近年では『4分間のピアニスト』(06)などにも出演している。
また、監督としても成功しており、テレビは30作以上、映画は8作を手がけた。1981年デビュー作『デスペラード・シティ』(日本未公開)でカンヌ国際映画祭カメラ・ドールを受賞し、その他多数の栄誉に輝いた。ベルリン国際映画祭では、『ナッシング・レフト・トゥー・ルーズ』(83)と『ライジング・トゥー・ザ・ベイト』(92)の、2作品がそれぞれ選外佳作に選ばれ、1989年には審査員も務めた。
マクシミリアン・シェルは、世界で最も成功したドイツ語圏の俳優・監督の一人。1961年、無秩序な戦争犯罪を描いた『ニュールンベルグ裁判』で被告の弁護人という難しい役に取り組みアカデミー主演男優賞を獲得。合計6度ノミネートされたほか、ゴールデン・グローブ賞は2度受賞している。ヴァディム・グロウナとはペキンパー監督の『戦争のはらわた』で出会って以来の友人。
アンゲラ・ヴィンクラーは、ドイツの伝説的舞台女優で、ヨーロッパの名立たる演出家達、ペーター・ツァデックやリュック・ボンディーやクラウス=ミヒャエル・グリューバー等と仕事をし、100本以上の舞台に出演した。22本の出演映画の多くは大きな成功を収め、その中にはアンゲラ・ヴィンクラーがドイツ映画賞を受賞した『カタリーナ・ブルームの失われた名誉』(75/シュレンドルフ/トロッタ)や、アカデミー賞で最優秀外国語映画賞を受賞し、カンヌ国際映画祭のパルムドール受賞作品『ブリキの太鼓』(79/シュレンドルフ)等がある。ヴァディム・グロウナとは、1984年の『イーディスの日記』(日本未公開)で共演、作品の重要人物を演じている。
ビロル・ユーネルは、最近のドイツ映画界で輝く存在である。『愛より強く』(ヨーロッパ映画賞・ベルリン映画祭金熊賞・世界30地域で上映・興行収益10万ユーロ以上)の大成功の後、トニー・ガトリフ監督の新作『トランシルヴァニア』で主要な役を演じ、ヴァディム・グロウナ監督の次作品『ヒーローズ』では主演予定である。2004年、ビロルは「ドイツ映画賞」を受賞し、「ヨーロッパ映画賞」の主演男優賞にノミネートされた。
キャスト
エドモンド : ヴァディム・グロウナ
マダム : アンゲラ・ヴィンクラー
コーギ : マクシミリアン・シェル
ゴルド : ビロル・ユーネル
秘書 : モナ・グラス
メイド : マリーナ・ヴァイス
バラード歌手 : ベンヤミン・チャブック
牧師 : ペーター・ルッパ
スタッフ
原作:川端康成「眠れる美女」(新潮文庫刊)
監督・脚本 : ヴァディム・グロウナ
製作 : ヴァディム・グロウナ / レイモンド・タラバイ
撮影監督 : シーロ・カペラッリ
美術 : ペーター・ヴェーバー
衣装 : ルーツィェ・ベイツ
メイク : イェカタリーナ・エルテル
音響 : トーマス・クノップ
脚色 : チャーリー・レーツィン
音楽 : ニコラウス・グロウナ / ジギー・ミュラー
(c)2005 Atossa Film All Rights Reserved
2005年/ドイツ/英題:HOUSE OF SLEEPING BEAUTIES/スコープ/ドルビーSR/103分/R-18
提供:ツイン/ワコー 配給:ワコー/ツイン 配給協力:グアパ・グアポ
公式HP:http://www.nemurerubijo.jp/
2007年12月15日(土)よりユーロスペースにてロードショー、
他全国順次公開
主なキャスト / スタッフ
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